31 戦い<後半>
お兄様の剣が、今度は水を帯びる。まったく、重力に反して水が剣に纏わり付いていた。しかも、その水に初級魔法『雷鳴』を通すことによってパチッパチッと黄色い火花が散っていた。
ユアンの方はというと、振られたその剣を捌く。飛び散った飛沫さえも電流を帯びているのだから、当たったら隙を生むと言うのにユアンは飛沫さえも剣で受け止め、まさかのお兄様の方にピッと飛ばした。お兄様は華麗に最小限の動きで避け、後ろに倒れ込み――ユアンの足をザッと斬った――と同時に、ユアンがお兄様の左腕をさっと斬る。
「あの人達は…なんなんですか!」
怒ったようにリーダーが叫ぶ。ま、実際には怒ったわけじゃないんだけどね。そのくらいの声量じゃないと、ガキンガキンと剣がぶつかり合う音で聞こえなかっただけだし。
「剣士と魔法使い」
私はしかし、そのままの声量で言う。当然リーダーは聞こえなかったようで、まだ何か言っていたけれど、私はそっちに気を取られる余裕はなかった。
どちらかが死にそうになれば、ストップを入れなければならない。それ以前に、二人の足と腕から滴る血は私の心臓をバクバクと鳴らせていた。
ドクッ…
視界に赤いものが映る度、私の心臓が早鐘を打つ。
平気、大丈夫、頑張れ、抑えれる。
そして。
何故かお兄様の方の怪我は治っていた。これも狼男の新陳代謝なのか。だとしたら、ユアンが不利――うお!?ユアンも治ってる!?
「どうして治ってるの!」
赤い血が、視界に映らなくなった。床にある赤い染みは、私の心を動かさない。心の底にある、『床など舐めてたまるか!』の精神が働いているらしい。
ユアンが攻める。しかもお兄様も攻める。首に二人の剣が当たりそうになって、両者共に首を僅かにずらす事によって避けた。次はユアンが防御に回った。お兄様の、今度は炎を纏った剣がユアンの頬を掠る。その瞬間、ユアンの頬に紫色の物体が一瞬見えた。それは幻覚か否か、区別がつかないほどのわずかな時間ではあったけれど、私の中の記憶を呼び覚ました。
あれ…私がお湯の中で見た魔力だ。そっか、魔力を集中させて、治癒機能を高めてるんだ…すごい。何がって、その発想が。なるほどね。でもあれの欠点は、体の内側は治せないって事だね。体内の魔力循環が滞る原因になっちゃうし。うーん、すごい。
ダン!
バシュッ!
ガキン!ガン!
擬音で表しても、激しい戦いなのは分かる。最早目で追えないほど、二人の動きは早くなっていった。しかも訓練場がサウナみたいに暑くなってきた。これ、動いてる二人は相当暑いよねえ。
「涼しき雪よ、我が熱を冷まし給え。風雪」
半径一メートルの範囲内に氷魔法の『風雪』を調整しながら発生させ、涼しくした。つまりリーダーもまあまあ涼しい。生憎ながら、ここ全体を冷やせるほど上手く調整は出来ないんだなぁ。
ユアンが攻める。その攻めた剣が、お兄様の肩に当たった。ザシュッ、とお兄様の肩が切り裂かれる。痛そ、あ、治った。早いなあ、狼男。このままじゃどっちがばてるかの勝負だよ。不毛な争いだ。
お兄様の剣が、今度は土に固められた。土なんて生易しいもんじゃない、ブロック塀を固めて剣に装着している感じだ。ゴツゴツしてるわけじゃない。元の形の剣が石になった形だ。あれは斬ると言うより殴るに適した武器だな。ユアンはそれを見て一瞬ポカンとした後、クスッと笑った。
「すごいですね、魔力消費量が半端ではないでしょう」
聴力を強化した私の耳には、ユアンのそんな声が聞こえてきた。いつもの皮肉というより、ただ素直に感心してると言った感じだ。ユアンはそれをまともに受けると剣が折れると判断したのか、剣を鞘に納めた。正しい判断だけど、あれじゃずっとお兄様のターンにならない?お兄様もズルいな。ま、そのズルさを最大限利用しないと真剣勝負にならないんだけど。
ズルいって言うのは、負けた人が負け惜しみに言う言葉だからね。ズルいの差を技量で埋めろってんだ。
「魔力消費量なんて、僕のいつも使う量に値しないほど小さいさ」
「いつもどのような訓練をされているのか、知りたいです、ね!」
ユアンの長い脚がお兄様の方へ行き、お兄様は石の剣で防御するかと思いきや重い剣を持ったままジャンプして躱した。そして、振られたユアンの足に向かって剣を振り下ろす(容赦ない)。ユアンはそのまま進行方向を変えてお兄様の手に向けて蹴り上げると(どうしてあんな技が出来るんだ)、お兄様は剣を軸にして空中でバク転(何あれ体操選手?)、そこから剣を持ったまま床に着地(この間わずか一秒)。
今度は、ユアンがバックステップで下がって壁際まで移動する。そこを狙って、お兄様が一気に距離を詰めた。グサ、と壁に剣が刺さる。あれが人体に刺さったらと思うと、恐ろしい。
振られた拳に、今度はお兄様がバックステップ。ユアンが出す蹴りや拳を、余裕で躱していくお兄様。剣で殴ればいいのにと思わなくもないけど、あれで殴ると多分動きに隙が出来る。大きい分だけね。だから、あれを振るにはそれなりの時間が必要だ。そこまで考えてる。
そして、ユアンがダンと床を踏んだ時、床が思いっきり凹んだ。ところどころもう凹んじゃってるんだけど、その凹みは一段と目立っていた。
あの二人が私に同時にかかってきたら、私殺されると思うんだよねー。
今度はユアンが、予想外の行動に出た。剣の石を壊しにかかったのだ。蹴りで。当然それはお兄様が少し剣を動かす事によって回避し、ユアンはそのまま足を元に戻す――と思いきや、その足を地面に着くとそのままもう片方の足を蹴り出した。
さすがのお兄様も回避不能と見たのか、剣で受け止めた。その蹴りだけで、パラパラと石が少しだけど崩れた。
「…人間業じゃない」
「同感」
ほんの一瞬だけ止んだ攻撃の合間に、リーダーと言葉を交わす。厳密にいうと、狼男と剣の一族だけどね。ちなみに言うと私は吸血鬼だしね。
その一瞬はすぐに終わり、ざっと二人が駆けだした。うっ、見えない。
二人が出した蹴りは、交差してそのまま距離を詰めた。ユアンが手刀を落とす。お兄様が剣を振るってユアンの首を落としに――って殺しちゃだめだって言ったじゃん!
「お兄様殺さないで!」
「了!」
りょ、了って…。
若干苦笑いしながら、お兄様は剣を振るった。その剣はユアンが咄嗟に頭をガードした腕に直撃したけど、ユアンはにやっと笑ってからその剣を蹴りあげる。ユアンが、何故か行き過ぎた足をパッと戻す。
ん、おかしいな、今の動き。
ガラン
石というか岩が訓練場の一か所にばら撒かれる。
それが、お兄様の狙いだったらしい。
お兄様はそこを足場にして一気に跳んだ。足場がかなり高い分、天井に付きそうな勢いだ。実際、くるっと頭を下に向けたお兄様は天井を蹴ってすんごい勢いでユアンに向かって突進した。ユアンも、お兄様も、剣を抜く。
この時ばかりは困惑しかなかったけれど、後から聞いた話では、お兄様は石を剣に見立てて創造したのだとか。だとすると、さっきユアンが足が行き過ぎてバランスを崩していた原因が分かる。お兄様はあの瞬間、石の強度を弱め、壊れた瞬間もう一度固めたのだ。
天井から降りてくるお兄様の剣と、ユアンの剣とが先っぽからぶつかり合う。そして、剣同士がピシッと音を立て――
「魔王様!」
リーダーの叫びでハッとした。そして、叫ぶ。
「そこまで!」
全力で『風来』を発動して、二人を分けさせる。この勝負、実は本当に少しの間なのだ。…本当に、十分くらいの。それだけであの神業が見られただけで嬉しい。
「…どうして止めたの、ミルヴィア?まだ決着が」
「あのままだと、確実に剣が折れて殴り合いです。殴り合いは許可しません。お兄様が有利になるからです」
ユアンは剣の一族なのに対し、お兄様は肉弾戦をもっとも得意とする狼男。どう考えても力の差が大きすぎる。これはもうズルいとかの範囲内ではなく、フィールドが違う。お兄様は剣が苦手だから魔法をよしとした。それで互角。肉弾戦だと、お兄様が有利すぎる。場合によっては、ユアンが大怪我を負いかねない。
「あのままでも平気でしたのに」
「だめ。ユアンが怪我したら許さない」
「…」
ユアンが、少し驚いたような目で私を見た。私はその目を睨む。
何、文句ある。私は平和主義なだけだよ。ユアンが好きなわけじゃないんだから。
「なら、従いましょう」
ギリギリで折れなかった剣を、二人が鞘に納める。
「それで、どうするの?」
お兄様から問われる。あ、どうしよう。
「え、あ、うーん…じゃ、ユアン、明日は我慢してよ…また一緒に出掛けるからさ」
「いいですよ。その条件なら、呑みましょう。その時にカーティス様が居てはだめですからね」
「はいはい」
…。
なんだろう、さり気なく『二人だけで』と言われた気が…ま、いいんだけどさ。
「エリアスとも出かけてみたいかな」
「お断りだ」
背後から聞こえた鋭い声に、思わず振り返る。エリアスが、訓練場の床、天井、壁を睨み付けていた。
凹み、ところによって突き破られた床、木材が折られている天井、思いっきり吹き抜けのように穴が開いている壁。
どこを見ても、取る行動は一つしかなかった。
「お前ら…」
「ごめんなさいです!」
今までで最速で頭を下げた。リーダーが驚いてるみたいだったけれど、気にしない。
「…弁償、大銀貨五枚」
「ど、どうか寛大な処置を…」
「大銀貨四枚+小銀貨九枚+大銅貨九枚。これは譲れない」
「ごめんなさい謝りますから許してくださいっ!」
この後どんなに謝っても、大銀貨四枚+小銀貨九枚+大銅貨九枚の弁償は少なくならなかった。
閲覧ありがとうございます。
岩で剣の刃の部分を造り、持ち手の部分を造るのは、魔法を極めれば誰で出来ます。ただし、乱石の数百倍の魔力を要する魔法です。
次回、エリアスが家に来ます。




