30 戦い <前編>
あのままだと本当に殺し合いにまで達しそうだったので、私が戦いの条件を提示した。
一、何があっても殺さない事。
一、試合の終りは私が止めた場合のみの事。
一、その時は必ず手を止める事。
一、一撃必殺の技は使ってもよいが、死なせない程度に加減し、もしくは急所に当たらないようにする事。
この四つを守ってね、と固く言いつけてから、城下町の一般開放されていない訓練場にやってきた。本当なら兵士の訓練に使うらしいけど、この時期は使っていない。城下町を歩くのは絶対嫌だったので、路地裏を通って来た。
来る途中の二人の雰囲気ときたら、虫一匹二人の殺気が撒き散らされる圏内に入らないくらいだった。
こんな静かな路地裏、初めてだよ。虫がぶんぶん飛んでたり、するんだけどなあ普通。
「お兄様、本当に殺しませんよね」
「殺さないよ?半殺しにするだけ」
「ユアン、殺さないよね」
「殺しませんよ?痛めつけるだけです」
二人とも、その半殺しと痛めつけが殺す寸前になる気がするのですが、気のせいでしょうか。
訓練場に着く。ドーム型の、綺麗な訓練場だった。入り口に番兵が二人いる。
「ここを使いたい」
お兄様とユアンが無言の圧力を私にかけてくるので、渋々出て行って番兵に伝える。番兵は私を見た後、しゃがんで言った。
「ごめんね嬢ちゃん。今日は使えない日なんだ。明日なら使えるから、明日来てくれないかな?」
うわ、優しっ!なんかすっごい偉そうに上から目線~とか想像してたのに。どうしよう、押し切るのが申し訳なくなってくる。
「ミルヴィア様、(魔王としての特権を)使わないのですか?ならば、ここでやる(戦う)しか」
「私は魔王だ。頼むから使わせてくれ」
「魔王?嬢ちゃんが?」
髭面の男性は、困惑したようにもう一人を見た。私は胸元を探って見せようかと考えるけれど、ボタンの無い服なので見せるとしたら捲るしかない。悪いけどそれが出来るほど、私は大胆じゃなかった。
「証拠はあるのかな?」
「赤魔石を本当なら見せたいけれど、見ての通り、今の格好はボタンが無い。悪いが、信じてもらうしかないんだ」
「うーん…でも困るな」
どーしたら信じてもらえるんだろ。えっと…うー。
「しょうがないか」
本当なら周りの人に見られるような真似はしたくなかったんだけど、ユアンとお兄様に私を囲ってもらって周りからは見えないようにする。そうしてから、私は帽子を脱いだ。
はらりと落ちる黒い髪。番兵達は目を見開いた。そして、すぐに立って片手を胸に当てる敬礼の姿勢を取った。
「失礼しました、魔王様!」
魔王が黒髪って事は伝わってるのね…。良かった。これでだめなら服切り裂くところだった。
「私がここに来た事は直属の上司に以外言わないように」
「はっ!」
すれ違いざま、ポン、と腕を叩いてから進む。
誰にも言うなって言われても困るだろうしね。見たところ羊皮紙とかがあって、そこに来た人の名前を記すみたいだし。
心なしか震えてる。あれ、私まだ五歳なんだけど…あ、でも後三年経ったらもう魔王の政務に就くんだっけ?なら、今の内から怖いのかな。だとしたらちょっと寂しい。
もう一度帽子を被り直して、訓練場に入った。
訓練場に入ると当たり前だけど広くて、千人は余裕で入れて尚且つ剣を振るえるくらいだった。床は木製で打ち身をとっても痛くない、柔らかい素材だった。これなら、床に打ち付けられても打撲で済みそうかな。打撲も十分致命傷に陥る可能性があるけど、まあ、治癒魔法を使えば何とか…?
治癒魔法で直せる範囲内に戦ってほしいもんだけどね。魔法は火傷したり溺れたり、捻挫したり骨折したりの技もあるし、剣に至っては左胸一突きすれば即死だもん。お兄様が安易に急所を突かせたりはしないと思うし、ユアンも私の命令は絶対、なところあるし。
「ミルヴィア様!」
「ふぇ?っくあ!」
浴びせられた大量の水に、顔を擦りながら目を瞬く。お兄様?違う、お兄様はやらない。だったらどうして?誰が?何を?
「そこの子供、悪いが退いてくれ。俺らはここで剣技の手合せをするんでな」
「…あ、そうですか」
思わず敬語になる。入って来た男達は全員剣士のようだった。でも、一人のリーダーっぽい男がまだ水弾を浮かべている辺りこいつが放った弾だろう。チッ、厄介な。絶対ユアンもお兄様も、この訓練場半分で済むような戦いはしないと思う。あーっ、どうしよ。
「すみません、この二人が戦うので、ちょっと待っててくれませんか」
「…どうしてだ?ここは共同だろう」
「今日は一般開放されていないはずです!」
「だったらお前らだって居るのおかしいだろ?良いじゃないか、半分だけだ」
「…」
それはその通りなんだけど…二人は何故か殺気を抑えているし。当たり前か、人前じゃやらないよね。…やらないよね?
「わ、私は魔王だからいいんだ」
私が言うと、リーダーがぷっと吹き出した。
「わはははは!まさか、お前が、魔王!?信じられないな!」
デスヨネー!
「でも、本当の事なんだ。見たいのならば、見せるぞ」
「何をだ?」
「証を、だ」
帽子を取る。だけど、男達は「ふーん珍しいなー」くらいの目で見ている。
こーいーつらー!知らんのか!魔王は黒髪なんだぞ、すごいんだぞ!
とか言うと勇者の二の舞なので、はあと息を吐いてもう一度帽子を被る。
「ところで、お前達、どこから入って来たんだ?」
「裏口だ。どうせお前らもだろ。ここの番兵、銀貨を握らせたって開けてくれない。鍵くらいなら氷魔法を利用して開けられない事もないからな」
「犯罪だ!」
「お前らも同罪だ」
聞く気が無いな、こいつら!
「じゃあ見せる!」
腰の短剣を抜くと、男が少しの警戒を見せる。私がそのまま服を破こうと自分の服に刃を当てると、何やってるんだと言う目になった。
「ミルヴィア様」
スッと、ユアンの手が入って止める。いつの間にか、短剣を奪われていた。
油断ならないな!これ以上にどうしろってんだ!
「だめですよ」
「だけどユアン」
「まあ、巻き込まれる覚悟があるのなら、手合せ程度していてもいいのではありませんか?」
「そ、」
んな事したら冗談抜きで死ぬよ、この人。多分普通の人の精神だったら、あの殺気に中てられただけで死ぬよ。死ぬ。やめて。もう一度言うね、死んじゃうからやめて。
「えー、あー、この人強いから、本当、巻き込まれたくなかったら出て行くか私の隣での観戦をお勧めする。ちなみに私とすごく離れていたらこの二人躊躇なく踏み潰す」
「ふ、踏み潰す」
「そう。言葉の綾じゃない。足蹴にされて命を絶たれる」
「死など怖いものか」
「怖い怖くない感じる前に死んじゃう」
「…嘘だろう」
無表情で真剣で、この三人を殺したくないがために頑張って説得する私に、さすがの男性の怖気づいた。今だ、と一気にたたみかける。
「そう。例を挙げるならば、この二人の殺気は路地裏の虫を圏内に入れないくらい」
「はあ!?」
「コイツの殺気は魔王でも怖がる。その場合の魔王は私だと解釈してもらわなくても結構」
「は…」
三人の顔が青ざめて行く。ってか、その後ろの二人さっきから喋ってないけど良いの?ねえ、リーダー二ばっかり頼ってたら、リーダーが居なくなったときにおろおろしちゃうんだから。独自性を見に付けなさい。
「お兄様の笑顔は怖い。とにかく怖い。例を挙げるまでもなく怖い」
「ミルヴィア…僕でも傷付くような事言わないでよ」
「だって」
三人は、くるっと内側を囲むように輪になると、何やら話し始めた。
始めるまでにまさか二つの交渉をはさむとは。っあーあ、今はコナー君じゃなくてエリアスに会いたいや。あの人が常識人だからかな。ああ、うーん、笑顔で脅す二人とは違って、エリアスは睨みそう。コナー君は…想像できない。狐ちゃんは無表情、少年は狂気の笑み?
私は多分無表情。
「分かった。ただ、観戦させてくれ。その二人の戦いを見てみたい」
「…よし、ならあの隅っこに私と居ろ」
「は、そこじゃ何も見えな」
「私は見える」
『五感強化』を使えばね。あと『視界良好』もオンにすれば結構な視力になるし…あれ、そういえばお兄様からもらった固有魔法ってまだ使った事なかった気がする。
なんだろ、『満月変身』と『魅惑』?『魅惑』はとにかく、『満月変身』ってなんっにも役立たないよね、私吸血鬼だし。『魅惑』か。ちょっと使ってみよう。
『魅惑』、オン。
お兄様達から離れた。訓練場の角に行く。下っ端二人が端に、リーダーが真ん中、その左隣に私が座った。
ごめん、実験台にして。
「あの…」
ちょっとだけ上目づかいで、さっきのリーダーを見つめる。こういうの得意じゃないと言うかぶりっ子っぽくて嫌いなんだけど、リーダーは頬を真っ赤に染めるとパッと顔を逸らした。
あ、あれ、効果覿め、
ガンッ!
いきなりお兄様改め鬼のチョップが脳天に喰らわされる。マジ!?お兄様が怒ってる!?ってか一瞬でどうやってここまで来たの!?
「ミルヴィア!それを簡単に使うな!馬鹿!」
「ご、ごめんなさ」
「今すぐ真読魔法で戻せ!」
「はい…」
落ち込んだ。
ものすごく落ち込んだ。
あの温厚なお兄様が怒るなんて。だって狼男の効力で薄れてるからこんな簡単だと思わなかったんだもん…ごめんなさい…。
「魅惑に惑わされしその心、今こそ静かなる落ち着きを取り戻せ」
リーダーの顔が元に戻り、こっちを向く。しかし、申し訳なさそうにシュンとする私を見たとたん、今度は激昂に頬が染まった。
怒られる…!
「お前、何をしている!この方にどうしてそのような仕打ちを喰らわすか!」
え、あれ。もしかしてお兄様に向かって怒ってる?
そう思ってお兄様の方を向くと、あーあと言わんばかりの表情でこちらを見ていた。
「ほら、ミルヴィア」
「え」
「めんどくさいから使わないでね、本当に」
私の肩に、ポンと手が置かれる。そのまま、ギリギリと手に力が込められる。
痛い!痛い痛い痛い痛い痛い!
「わかりましたゆるしてください!」
「お前、魔王様に!」
いつの間にか私が魔王だと信じていたリーダーが、お兄様に向かって手を振った。それを、お兄様は易々と手で受け止める。お兄様は細身だし、筋力があるようにはあんまり見えないんだけど、筋骨隆々の男の手を離すことなく受け止めた。
…なんも言えない。
「分かった?ミルヴィア」
「わ、分かりました…」
お兄様、本当に『魅惑』使われたくないんだなあ…気を付けなきゃ。お兄様の言う事だけは聞く。
よし、優先順位!
一位、お兄様
二位、エリアス
この他の人の言う事は聞かない、決定!ユアンでも、聞くには聞くけど聞くだけね。
「お兄様、そろそろ始めましょう。長くなりました」
「そうだね」
お兄様は立ち上がると、ユアンと向き合った。一応、お兄様も剣を持ってる。剣に魔法を帯びさせるのだ。傍から見れば、お兄様がズルいように見えるけれど…ユアンが魔法を使う人より十分強い事は、知ってる。本気で戦っているところを見た事があるわけじゃないけれど、分かる。ユアンは、強いって。
ユアンも剣を構えていた。いつもの剣だ。それが、天井近くにある窓から差し込む日の明かりを受けてギラリと光っている。その輝きは、いつもより殺気を纏って物騒に見えた。
両者、余裕のある笑みを浮かべている。すう、と私は息を吸う。
「始め!」
ガキン!
とたん、二人の剣が交わる。私が息を吸った音でも聞こえていたのか、二人は私の声が発されてすぐに剣を振った気がする。
「先手は取られなかったね」
「初めてですよ、こんなのは」
余裕の言葉を交わしながら、二人は距離を取って剣を振る。ガキン、と剣が当たる音が響く。
すご…。
『五感強化』をオフにしてしまいたいほど、二人の戦いは迫力があった。『五感強化』を使わないリーダーにも、この戦いが尋常でない事は肌で感じてるだろう。目を見開いて、一瞬一瞬の動きを見逃さないようにしている。
二人が剣を振るうたび、空気が震える。
二人が剣を振るうたび、耳を劈く音がする。
二人が剣を振るうたび、肌を波打つ空気で気絶しそうになる。
うあ…これ、私、無理かもしれない。怖いじゃなくて、恐ろしい。震える。
お兄様が剣に炎を纏わせる。ユアンがそれを積極的に受け止めにかかる。お兄様の右腕に剣が刺さり、血がポタッと滴った。理性を総動員させてその血を無視する。
「すごいですね、受け止めるとは」
「僕だって、負けてられないからね!」
信じられる?
これ、ユアンが明日一緒に付いて来るかどうかだけの勝負なんだよ?
閲覧ありがとうございます。
長くなったので、前編後編に分けました。ミルヴィアの『魅惑』は多分、真読魔法も相俟ってお兄様以上という事はないでしょうけれど、本物の夢魔と互角です。
次回は後編になります。




