28 約束破りと約束と
二人が帰った後、私は三百四号室で本を読んでいた。ユアンは本を読んでいたわけじゃない。どっちかって言うと本を読んでる私を見てるって感じ。鬱陶しいとは思わないけど、何だか痒い。
それにしても、無種族狩りって結構な規模に及んだんだなあ。狐ちゃんは話したがらなかったし、あんまり触れない方がいいのかも。後でお兄様に聞こう。ユアンに聞くのは、なんか、嫌味っぽいし。ユアンに対して気を使うのは、好きじゃないけどしょうがないか。気を使うって事自体、私得意じゃないんだよな。私、気ぃ使いすぎて友達になりにくいタイプだし。
「聞きたいのではないのですか?」
「え、何が」
「私の一族の事について」
これは…読まれてるって事でいいのかな?でも、『私の一族』についてって、無種族狩りとはちょっと違うよね。どうしたものか。
「聞きたいけど、聞かない」
「どうしてです?」
ユアンはさっき、終始面白がるような態度を崩さなかった。逆に、それが二人の神経を逆撫でした可能性もあるけど、ユアン、全然嫌そうじゃないんだよね。本棚で私が本を引っ張り出した時はあんなに狼狽えてたのに、今は違う。なんていうか、無理してる気がしてならない。
「ユアン、嫌でしょ?」
「主に聞かれれば、何であろうと答えるのが普通です」
「…騎士の誇りか。剣の一族にも、そういうのあるんだね」
「いえ、両親は」
そこで、ユアンは思いとどまったようにニッコリと笑って誤魔化した。なに、こいつ。それが、その、誤魔化すような、綺麗な笑顔が、腹立たしい。
「騎士とはそういうものです」
「そう」
私は珍しくユアンに無表情でそう言うと、本に視線を戻した。本に視線を戻す際に視界の端に見えた、ユアンの申し訳なさそうな顔の事なんて考えない。
「私の一族は、本当に無種族狩りに参加したのでしょうか」
唐突に聞こえたユアンの小さな独り言を、そのまま受け取って返事をしようとして――思い止まった。そして、すうっと息を吸う。
「うるさいうるさいうるさいうるさい!こういうシリアス展開一番嫌い!」
「は!?」
「私は本来シリアスとは無縁の生活を送るべき人種なの!」
「吸血鬼は人ではありませんよね!?」
「ああーっ!とにかくいいの!そーいう風に過去語るとか、絶対止めてよね!らしくない!」
「らしく?」
「ユアンはそのままチャラチャラしてればいいの!」
「私そんなにチャラチャラしていますか!?」
もういい!つまらない!シリアス嫌い!大っ嫌い!
本を投げて、耳を塞ぐ。前を睨み付けて、全身に力を込める。
「み、ミルヴィア様…?」
「フーッ、フーッ!」
「猫みたいですが…」
「うう…」
行きすぎて、シリアスどころかヒステリー染みてしまった。いけないいけない。これは良くない兆候だな。ヒステリーに行ってしまうと、二度と戻れないと聞いた事が無いようなあるような無いような。
「どっちでもいいんだって、そんな事。私は魔王だし、いつか教えてもらえるでしょ、副官辺りに」
「そうですか?大公でもいいのでは?」
「今まで大公に対する良い見解を聞いた事が無い。最早会いたくない」
「そこまで言いますか」
生理的に受け付けにくいだのなんだの言ってた人が良く言うわ。あれ、結構辛辣だったんじゃない?
余談だけど、『辛辣』って、書き方を変えて『辛らつ』って書くと緊張感薄れるよね。
「ですが実力があるのは確かなようですし、どちらにしろ会うとかと――副官の方が先に会うとは思いますが」
「何それ、勘?」
「似たようなものです」
似たような…って、何それ。勘の似たようなものって何だ。
とにかく、私は強引に(強引というよりほぼ話の路線を壊して)一族の話を止めた。さっき言った通り、シリアスは嫌いだからね。いつか副官に教えてもらえばいいでしょ。それまで待てなければ、エリアス辺りに聞けば…
「…」
私、いつの間にエリアスを信用しているんだろう。
軽く頭を抱えたくなってくる。私、いつからユアンとエリアスを信用してるんだっけ。というか、エリアスは最初っから無条件で信じてるような。
「エリアスの評価高い…」
一時は見限ったんだけど。奴隷、もとい家政婦だからしょうがないか。
「エリアス様ですか?」
「うん…知ってるでしょ、昨日の夜会ったあの医者」
そう。
昨日、誘拐犯を倒して、放置した後、帰るまでに少々の時間を要し、結局屋敷に帰ったのは夜になってしまった。その時、ユアンはエリアスと会っているのだ。会って、少し話した。二人はお互いが嫌いみたいだったけど、私としては、お兄様・ユアン・エリアスの三人は相性いいと思うんだよなあ…戦いにおいてだよ。あとの部分は、全員違うから。
お兄様、優しいシスコンじゃん?
ユアン、ドSの腹黒でしょ?
エリアス、クールなお兄ちゃんだし。お兄様じゃなくて、お兄ちゃんってトコがポイント。
「エリアス様は…あまり気が合う方じゃありませんね」
「それどころか、密着する面積が少なすぎて悲しい」
ユアンが三角なら、エリアスは丸だ。触れるっちゃあ触れるけど、絶対避ける、みたいなね。
「お兄様とユアンは?どうなの?」
「カーティス様は、私の事を好きではないようですし」
「それを言ったら、ユアン、結構皆から嫌われてるよね」
「そうでもありませんが?女性からは好かれていると自負しているのですが」
「おそらく、そういったところが男性から嫌われる大きな要因だと思うのですが」
こいつ、本当にその顔を利用するのに躊躇いが無い。悪いとは思わないのかね。
「そんなだと、本命の女性が出来た時に本気にしてもらえなくなるよ?そういうの、一番まずいパターンなんだからね」
「私は結婚はしませんよ」
「え!どうして!?ていうか、結婚しないつもりで女性を誑かしてるなら私も嫌うけど!」
「いえ…何だか、あの二人が帰った辺りから急に私に対して冷たくありません?」
親のしたことに対して子供に責任はないのでしょう、と。
ユアンは、私に自分の言った事を分からせるように、ゆっくりと言った。
「とにかく…魔王の側近は結婚厳禁が基本ルールです」
「誰も私に近寄らなくなるよ」
「どちらにしろ、種族は同じ種族で結婚するのが普通ですからね、私は結婚できません」
「ふーん…」
それは悲しいね。いっそ無種族と結婚すれば?
「なので、副官は結婚しません」
「へえ。しないんだ。じゃ、結婚式とかは私、一生経験しないんだあ」
「いえ、魔王は結婚してもいいのですよ?」
「え」
「魔王が結婚すれば、周りの結婚も許諾されます」
「もしかして、私、誰でもいいから結婚した方がいいのかな?その方が迷惑かけずに済むのかな?」
必然的にそう聞こえてくる。その場合、出会いが必要だけど、魔王に出会いとか無いでしょ。ラブコメだったら、勇者と結婚でもしそうなもんだけど…絶対嫌だ。嫌だ。私の勘が拒否する。勇者は碌な奴じゃないと私の勘が言っている。
「その場合、大体が副官か側近の騎士、軍隊の隊長などと結婚するのが普通だね」
聞き慣れた声。私はユアンに目配せする。私は笑顔を引き攣らせて、ユアンは笑顔に呆れを滲ませて、扉のを方を見る。
「邪魔するよ」
「…全然邪魔じゃないのですが、お兄様、約束を破るのは褒められたものじゃないですよ」
「そうだね、今朝、約束したばかりだものね。でも、ミルヴィア?」
ゴウッと、部屋の温度が冷蔵庫の中くらいに一瞬で凍りつく。お兄様が目を細めて笑っただけだ。それだけだ。腕を組んで、開いた扉に半身を預けて、こちらを向いたまま、ただ笑ってるだけ。
こ、怖…。
反射的に、私は立ち上がってしまった。立ち上がって、一歩下がる。ユアンも、主が立ったのだから立たないわけに行かない。立って、私の後ろで楽しそうな雰囲気を崩さない。今ばかりは、それが苛立たしいったらない!
「誰が、ここに、客を、勝手に、招いたのかな?」
「そ、れは」
笑顔なのに。
なんで皆笑顔で脅迫のスキルを取得してるんでしょうか。
「聞いてみれば、生き残った狐族の少女と猫族の少年だとか」
「!」
ちょっと覚めた感じがした。
お兄様が、狐族を、猫族を、無種族と称さなかったから。少し、意外だった。エリアスだったら無種族と迷いなく言いそうだけど。そして、二人を怒らせそうだけど。
「だけど」
コツッ
お兄様が、一歩一歩歩く。まるで、私に恐怖を教え込ませるように。
「どんな種族であろうと」
コツッ
「勝手に家に上がらせた挙句」
コツッ
「こんなに部屋を散らかして」
コツッ
「お仕置きが必要かな?」
コツッ
たった五歩で、私の目の前まで来た。散らかして、というのは、間違いなく、散乱している木の破片や本の事を言っている。椅子は補修の魔法で直したし、本も戻したつもりだけど、やっぱり隠せないところもある。床が傷付いてたり、椅子が少し欠けてたり(破片が粉砕して、直すに直せなかった)、本がクシャッとなっちゃったり。読書家の私としても、本がああなってるのはイラッとするけど、あれが自分の起こした炎のせいで巻き上がった風のせいだと思えばスルーしたくなってしまう。
「お仕置きとは、具体的には…?」
「そうだね、僕が疲れるまで乱石を剣で防ぎきるとか、そこらへんの山を五十周するとか、あるいはそうだな、ユアンとどれだけ傷付いても治癒魔法なしで剣の稽古とか……どれもお気に召さなければ、エリアスと一晩過ごすって言うのでもいいけど?」
「どうしてその対象がエリアスなのかが分かりません!」
「あれ、タイプじゃない?」
「タ、イプ…じゃ、ありません!」
マズイ。
一瞬迷ってしまった。
元々、エリアスだけじゃなく皆カッコイイから、とか、いつもなら軽口を叩ける間なんだけど、今はそうもいかない。
お兄様の発する冷気が冷蔵庫を超えて冷凍庫になってきている気がする。
「どれがいいかな」
「そこはどうか土下座で勘弁してもらえませんでしょうか」
「それで済む問題かな?前も言ったと思うけど、ここは爺様の部屋だよ」
「う…ど、どうすれば」
「さあね?自分で考えてみれば?」
お兄様、ドS属性追加ですか!?私の救いはエリアスとコナー君だけなのですか!?
「誰にでも助けを求めていいよ」
「だ、誰…って、言われ、ても」
「例えばユアン、例えばエリアス、例えばコナー」
「この場にはユアンしかいません。そして、ユアンに助けを求めるのは私のプライドが傷付けられるのでやりたくないリスト堂々のNo.1です」
「何気にミルヴィア様が一番ひどいですね」
「そうかなあ。事実を言ってるだけだけどなあ」
私が酷いのは認めるけどね。意識してるし。目には目を、歯には歯を、ドSにはドSを、だよ。
「それで――どうする?」
「明日一日、お出かけで手を打ちましょう」
「偉そうだね」
「こういう時は虚勢を張るとなんとなく大丈夫な気がしてきます」
「大丈夫じゃ、無いかもよ?」
お兄様の目が、悪戯っぽく光ってユアンを見る。あ、これ、私、無事じゃすまないかも。
「ユアン、今ならこの子、好きにしていいけど」
「え!?」
「では遠慮なく」
「は!?」
瞬間、カクン、と膝が曲がった。首根っこを指先で軽く突かれただけなんだけど。
なにこれ、剣の一族って武道一家なの!?
視界が揺れ、尻餅をつきそうになったところを、ユアンが支えた。というより、抱き上げた。いい加減飽きたんだけどね…お姫様抱っこ。
「そーれで?我が妹をどうするつもり?」
「別に何も。ただ寝室までお運びするだけです」
「それも十分勘弁してほしいんだけどね!」
「今日はエリアス様が門の前を通ります。そこを狙って通ってもいいですね!」
「お願い!やめて!」
「エリアス様の前ではいい顔をしたいですか」
「違う!違うけど、嫌!やめてって、放して!うーっ!うーっ!」
「今度は犬みたいですよ。先ほどは猫みたいでしたのに」
「うるさいっ!抜け出して、」
「許さないよ?」
そんな…優しい柔らかな殺意が滲む笑顔で言われても怖いです、お兄様。
「ユアン、お願いだから何か別の」
「では、虎の月の舞踏会で、踊っていただけますか?」
「は…私とユアンじゃ身長的に見合わないと思うんだけど」
「そうですね。なら誰とも踊らないで頂ければ」
「…?」
その要求、簡単じゃない?簡単すぎて怖いんだけど。
「四時間、コナー様とも、踊ってはだめですよ」
「えー…コナー君は例外で」
「だめです」
コナー君と少年くらいしか背丈が合う男の子が居ない。皆カッコいいのに、勿体ない。
「お兄様、それはいいんですか?」
「いいよ。今した約束だからね。ただし、魔王の発表パーティーも兼ねてる。ずっと二人っきりとは行かないからね、ユアン?」
「それはもう重々承知です」
うーん。
やっぱり、コナー君とは踊りたいんだけどなあ…例外的な事、起こってくれないかな?
閲覧ありがとうございます。
全員笑顔で脅迫のスキルを取得しています。ミルヴィアも取得してますが、ユアンとお兄様の前では使えません。
次回、癒し再びです。




