25 待ち時間の読書
帰ったら、まず破れた服を着替えた。その後ユアンの小言を聞き流し、お兄様の部屋に行って一夜を明かす。そして、朝…だった。
お兄様に腕輪を渡して、ご飯をあげて、ご飯を下げて。
そこまでして、お兄様は今日一日は回復に専念してもらう事にした。もちろん、お兄様は強く抗議してたけど。
「仕事があるんだよ、ミルヴィア」
「そんな事言われても、無理ですよ」
「頼むから、部屋から出して」
「自分一人で歩けない体で何言ってるんですか、その腕輪のおかげで時間経過で元に戻るんです。一日くらい我慢してくれないと」
それに、銀狐が来るのに、お兄様が居るとちょいとまずい。
「でも、もう二日も政務を投げ出してしまったんだよ。これ以上放っておくと後が怖い」
「じゃあ、ユアンを付けますから」
「ミルヴィア様?」
呼んでおいたユアンが引き攣ったような声を出す。お兄様はユアンを一瞥して、一言。
「断固、拒否する」
思わず吹き出す。ユアン、エリアスからも嫌われてたし、どんだけ嫌な奴なんだ。可哀想に…ちょっと哀れだわ。
「ミルヴィア様、私に切ない思いをさせるために呼んだのですか?」
「あれ、切ないんだ」
意外。全然気にしなそうなのに。
「それは…私も人なので」
「剣、!?」
「お黙りください」
剣の一族って人間なんだ、と言おうとしたところで、ユアンに口を塞がれた。お兄様が嫌悪しかない目でこちらを見てくる。
「…」
無言で、ユアンの手を離させる。
聞かれたくない…?お兄様は、ユアンが剣の一族だと、知らないの?
「ユアン、後で話があるの」
「ええ、いいですよ」
ユアンはにっこり笑いながら言った。私はそれを見てからお兄様に笑顔を向ける。とりあえず、まあ、お兄様に安静にしてもらうのが一番だね。
「お兄様、今日は静かにここに居て下さい」
「でも、政務が」
「お願い、ね?」
笑顔。魔力開放。手を合わせて、お願い。お兄様はこちらを見ながら目を細めた。
「どこで教わったのかな?」
「お兄様とユアンですね」
魔力開放はお兄様が怖いと教えてくれた。笑顔の覇気はユアンが、一昨日思う存分見せてくれた。ああ、怖かった。もしあそこで私が吸血鬼になってなかったら、ユアンに斬られてたかもなぁ…。
「分かったよ、降参。明日は一緒に出掛けてね?」
「え、どうしてですか」
「んー?君達がトィートラッセに二人で出掛けた時、約束したはずだけど?」
「あ…そういえば」
『二人で』のところを強調しながら、ユアンが言った。そんな約束も、したような気がしないでもない。そうかあ、お兄様とお出掛けかあ。
「じゃ、お兄様、変装して下さいね!」
「分かったよ」
「ではお兄様、失礼します。無断で腕輪を外したら、怒りますからね?」
「分かった、分かった」
お兄様の部屋から失礼して、三百四号室に向かう。その理由は、狐族討伐の事を記したものがあるかもしれないからだ。実は、実際起きた事が書かれいている本が集まっている本棚には全く手を付けていなかった。
あるかどうかも分からないんだからゆっくりでいいでしょ。…あるだろうけどね。何せ、種族簿の中に『魔王が直々に討伐を指示した元狐族』って書かれてたくらいなんだから。
だけど今日はあの銀狐ちゃんの訪問があるかもしれないし、完璧に把握は出来ないと思っておいた方がいいかな。銀狐のお兄ちゃんって、やっぱり、金狐か。
三百四号室に着けば、ユアンは椅子の後ろに立ったまま動かない。足が疲れないのかとか心配になるけど、まあ大丈夫だろと本棚から本を取り出す。ハズレだと分かればすぐに仕舞う。
ハズレ、ハズレ、ハズレ、ハズレ、ハズレ、ハズレ、ハズレ、ハズレ、ハズレ、ハズレ、ハズレ。
ああああー、ない!
自棄になって本棚の一番上(私が届く範囲の一番上。一番上の段じゃないよ)から本を引っ張り出してみる。
お、重い!?
「おっと、大丈夫です、か…」
ユアンが助けてくれたけど、ユアンが表紙を見て凍りつく。笑顔も消えていた。見てみれば、『狩り』とある。なるほど、たくさんの種族狩りの中で、〇〇族、みたいな感じで紹介してるのか。物語っぽくて読みやすいな。
「ミルヴィア様、それは…」
「ん?ああ、これね、実はエリアスと帰る途中、銀狐の女の子に会ってね」
「そうですか…それで、どうしてこれを?」
「今日来るかもなんだー」
「…!」
ユアンの顔が強張ってる。どうしたんだろ。
「ユアン、どうしたの」
「いえ…何でもありません。座って読んでくださいね」
無理やりともとれる微笑を浮かべ、ユアンが私をそっと下ろす。あれ…?珍しい。いつもだったらそのまま椅子まで運びそうなのに…。
そう思いながら椅子に座り、本を開く。
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その狩りが行われると民間の間に広まった時、嘘だろと思うものが半分、良かったと思うものが半分だった。何故なら、狐族は人族にまったくと言っていいほど貢献して来なかった。それなのに、農民が育てた野菜をもらうのだ。その代わり、大地の恵みを与えると言う事だった。
そして、その恵みは人族にとって何の役にも立たないものだった。本当に恵みを与えてくれているのかも分からない。そのままでも雨は降る。日差しはある。狐族が貢献しているという考えがある者は居なかった。
準備期間中、狐族がこちらの動きに気付く事はなかった。興味が無かったのだろう。
狐族狩りが開始されるまで残り五日というところで、狐族が祀り移動という行動をし始めた。それは、狐族が崇める神を別の者に変える行事だ。習わしがあるので、それに沿って行事を進める。その儀式を穢してはいけない。しかし無防備になるその日を好機と見て、人族は狐族を狩り始めた。
先陣を切って飛び出したのは、第一軍。その後の負担を減らそうと言う事だった。
しかし、全滅。
狐族は、儀式を穢された。だから、最初から本気でかかったのだ。後続の軍も、指揮を執るはずだった一軍が居なくなり、列が乱れた。
そして、一瞬で、五分の四を潰された。
最早勝ち目はないと魔王が判断しかけた時、一族が動いた。魔王直々の頼みだからと言う事もあるのだろう、ともかく一族が動き、事態は急変した。
狐族は全滅、軍は多少の被害を負ったけれども、魔王は国の持つ軍すべてを向かわせたわけでも無い。
人族の被害は、明らかに少なかった。
おそらく、もう狐族に生き残りはないだろう。
(「狩り・狐族」より抜粋)
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その、一族の名前は書かれていなかった。だけど、ユアンの反応を見たら分かる。
じゃあ、ユアンは会わせない方がいいかな?だけど、うーん…もしあの子が味方してくれるなら、どうせいつかは会うし。手札は全部見せて、うん、そっちの方がいい。騙されたと解釈されても心外だし。
「読み終わりましたか?」
「うん…その一族が、どの一族なのかは分からなかったけどね。ところでユアン、あなたところどころで嫌われてるみたいなんだけど、どうして?」
「私に言われましても」
ユアンが笑顔を浮かべた。いつも胡散臭いその笑顔が、今日ばかりは確実に妖しい。
「その笑顔を止めたら、ちょっとは好かれるんじゃない?」
嫌味を言うと、ユアンはにっこりと笑ったまま答えなかった。変える気はない、と。なんとまあ、主の言葉に無視とは。せめて何かしら言えばいいのに。
まあ、ユアンが狐族狩りに一役かっていようとどうだろうと、信頼を取り消すつもりはないけど。
そう思いながら、頭をかく。あーっ、こっちは因縁とか多いな!前世じゃ無縁だったんだけどな…いや、そうでもないのか?私が憶えてないだけなのか?こういうのって、やった側は憶えて無くてもやられた側は憶えてるって言うし。あぁ、怖い怖い。私はせいぜい恨まれないようにしようかね。
「ところでミルヴィア様、その、狐の方はいつ来るのですか?」
「狐の方…いや、あってるんだけど。いつだろう。分からない。もしかしたら、来ないかもしれないし。何かお兄ちゃん?が居るらしくてね、聞いてからって言ってたから」
「お兄ちゃん…」
「金狐かな。銀狐の女の子だし」
「いえ、おそらく」
コンコン
「はーい」
「ミルヴィア様」
入って来たのはエレナさんで、蒼白な顔をしている。首を傾げると、カタカタ震えながら背後を指差した。
「なんなの、この部屋は。本ばっかりなの」
背後から、銀色の髪をした女の子が、顔を出した。その髪の中に、銀色の耳が見える。
…なんて言うの、この場合。狐耳?
「本当だ。俺を呼ぶのに読書をして待つとは、いい度胸だな」
「…あれ?」
更に顔を出したのは、グレート黒の縞々の模様の耳。同じく縞々の、長いしゅるっとした尻尾。
うん、確かに、金狐が兄妹って言うのは私の想像だ。想像だけど…さ。
「猫…」
狐のお兄ちゃんが猫って、どうなのよ?
閲覧ありがとうございます。
狐族狩りについては、次回も少し言及していきます。
次回、猫君が俺様です。




