2 両親からのお願い
フムフム。
軽い水を出して弄んでみようかな。ああでもここじゃあ濡れちゃうから無理か。庭もあるっぽいから、後でお兄様に頼んで庭に連れて行ってもらおう。
コンコン
「はい」
「魔王様、お時間です。奥様がお呼びでございますよ」
「はい、今行きます」
来た。傲慢なお母様。いよいよか!
私は部屋を出ると、メイドさんに案内されるまま進んで行った連れて行かれたのは、応接間。何故に。
中に入ると、頬が赤い女性。目はつり上がって、性格の悪さを表しているように思える。そして、その横の椅子に偉そうにドカッと座っているのはお父様かな? 金色の髪は短く切ってあって、髭も生やしている。
両方、どうしてあんなイケメンお兄様が生まれたんだと思うほど大した美形じゃない。
ちょっと待て、じゃ、私の顏は?
「よく来たわね!まあ、とても可愛らしいわ!そう思いませんこと?」
「ああ」
お母様の声はかん高い。お父様の声は不機嫌が滲み出るようにゆっくりとした低い声。
お兄様から聞かされた悪人って言う評価の先入観もあるのかもだけど、性格悪そうな声。この媚を売るような声嫌いだな。
「お名前は?」
「ミルヴィア」
敬語を使うに値しない。そう判断して、バッサリと言い切る。タメ口も使いたくないから、なんかすごい偉そうになるけど気にしない。これも魔王っぽくていいんじゃない?
お母様はこういう言い方に慣れていないのか、眉を寄せた。器が小さいね。
「そう、ミルヴィアちゃん。じゃあ、聞くわね。何かしてほしい事はある?」
「は?」
「……ミルヴィアちゃん、魔王様なのよね? そうでしょ?」
「はあ」
分かったぞ?
これは、今のうちに媚を売っといて魔王になった時贔屓してもらおうという事だね。
残念、私は清廉潔白な日本人。不正と賄賂が大嫌い。
「ね? してほしい事は?」
「ない」
「そう言わずに」
「しつこい」
「いいのよ、母娘なんだから遠慮しないで?」
「ないって」
「ねえ……」
ああ、しつこい。うるさい。ちょっと黙っててもらえないかな?
「聖なる水よ、乾いた大地を潤し給え。水乱」
片手をあげて唱える。水が床から吹き出してきた。バシャバシャと水がところどころに打ち付けられる。これは、農家の人が水を撒くために使う水魔法。お母様とお父様が逃げ惑っている。
頑張って制御して本には水が掛からないようにしてます。大丈夫。
「お、奥様、旦那様、落ち着いて下さいませ!」
メイドさんがいくら叫んでも、聞かない。ただただ、逃げ惑う二人。
「きゃあ!」
「止めろ!止めるんだ!」
「停止」
水は止み、そこらへんは水浸しになった。私は、また片手をあげる。
「濡れた大地に渇きを齎し、水乱を鎮め給え。乾きの風」
ふわりと水が渇いて行く。呆然としているお父様とお母様。
滑稽だなー。ごめんなさいね、お二人さん。試してみたかったのもあるし。
「しつこい、と、一度言ったはず。それでもやめなかったのは、そっち」
「ごめんなさい、ミルヴィアちゃん。私達は、あなたが少しでも快適なように、こちらからあなたにお願いをしたかっただけなのよ?」
「お願い」
「そうよ。お願い、新しく王族という地位を作ってちょうだい。その一家が魔王を引き継ぐ仕組みにして! お願いよ、可愛いミルヴィアちゃ……」
ここまで欲深いのか。
うるさい。そんな目で私を見るな。
あいつらを思い出して、吐き気がする。
「騒々しい空気を鎮めよ。沈黙」
一応これ、風魔法って事になってる。便利な物があるもんだ。聖魔法の本に簡単な呪文は全部書いてあったから、憶えてきた。自慢じゃないけど、記憶力だけはいいんだ。前、本に出てきた登場人物百五十七人を全員憶えた事がある。
「魔王は実力者。そこまで魔王の家族になりたいか」
「え、ええ、そう、そうよ! お願いよ、私はあなたのお母様で…」
「うるさい。黙れ。自分の利益しか顧みないか、母上。見損なった。私の親ならばもっとマシだと思っていたのに」
前世の、お母さんとお父さんの方が、ずっとマシ、ううん、良かった。あっちでは、すごく優しい二人だったのに。
目の前に居るのは、欲に塗れた顔をした両親。汚らわしい。そんな感想しか抱けない。この二人になら、感情操作を使ってもいいんじゃないだろうか。この欲を払拭したい。拭い去ってほしい。こんなのが私の親なんて。
「ミルヴィア、父親命令だ」
「父親命令がそんな事か。ああ、もう嫌になった。もう私を呼び出すな。魔王命令だ」
「ミルヴィア!」
この声は!
振り返ってみると、お兄様。目を見開いて息が上がっている。駆けつけて来たのだろうか。
「ミルヴィア、何を」
「お兄様、止めないで下さい。あなたのご両親に心苦しいですが、もうこんな真似は御免です。あなたのご両親なのです、見逃すという選択肢もあったのに」
水を乾かした後に決まった。あそこで大人しく引き下がってくれていれば。
嫌なんだよ。あなたみたいな人は。銀行強盗を思い出す。無抵抗の人達を撃った、あいつらを。こういう奴が、いるから、世はいつだって争いごとが絶えない。
「カーティス!兄だろう!こいつを説得するんだ!」
「ですが、ミルヴィアは聞きませんよ」
「口答えする気か!?」
「…………」
お兄様は一瞬苦しそうな顔をしてから、私の方に歩いてきた。
「何があったか知らない。でも、お願いだから願いを聞いてほしい」
「お兄様、お兄様のお言葉でも許諾できません。あの人達のお願いは、魔王を代々家系にしてくれという物だったのです。これは、ずっと続いてきた実力者が魔王になるという伝統を破りかねません」
「…」
お兄様は知っていたのか、黙っている。私は何も言わないままお兄様を見つめる。
親の特権は、子供にだけ発動されるんだよね。お兄様もそれに縛られてる感じがする。そんな物に縛られてちゃあ、自由にできないよ。
「お兄様、私は妹として、お兄様の言う事は聞くつもりです」
「!」
「本当に、お母様のお願いを聞いてほしいですか?」
「僕は……」
「お兄様」
お兄様が…私の尊敬するお兄様が言うなら、仕方ない。そういう活動をする素振りだけでも見せておこう。
「いい」
「え」
「カーティス! いい加減に!」
「お兄様、いいですか?」
「いいんだ、ミルヴィア。ありがとう」
意外。だって、親の言う事聞かされてる感満載だった。なのに、いいよと言ってくれた。とても、嬉しい。
「さすがです、お兄様。私が尊敬しただけの事はあります」
「いや……魔王、だからね。巻き込むわけにいかないんだ」
巻き込む?
何の話だろう。裏がある感じかな?
「お兄様がこう言っているから、見逃す。もし、またそんなお願いをして来ようものならお兄様に逆らったとして容赦はしない」
二人がコクコク頷いている。
これで、私はお兄様優先だと分かってもらえたはず。何か巻き込むとか言ってたし、お兄様に負担かけるような事しないで頂けると助かる。
「カーティス、裏切るのか!?」
「父さん、すみませんが、もう何も言わないでください。ミルヴィアは言う事を聞くような子じゃありませんよ」
「カーティス、お前」
「あなた、もういいわ。後でまた私がミルヴィアちゃんに話すから。カーティス、ミルヴィアちゃんを連れて行きなさい」
「あなたが来ても、部屋の扉は開かない」
私はバッサリ切り捨てると、お兄様に連れられるまま部屋を出た。お兄様は俯いたまま青い顔をしている。
「お兄様、大丈夫ですか?」
「ああ、うん」
「お兄様、お父様と何かあったのですか?」
「ああ、うん」
「お兄様?」
「ああ、うん」
「お兄様、今日、お風呂ご一緒してよろしいですか?」
「ああ、うん…え!?」
お兄様が俯いていた顔を上げて驚く。
からかい甲斐のある人って、どの世界にも居るのね。いつも冷静なお兄様がそんな反応すると、ハマっちゃうぞ。
「ミルヴィア、からかったんだね」
「だってお兄様、変な返事しかしないんですもん。それで、お兄様、お父様と何かあったんですか?」
「……その前に」
いきなり、私の体のバランスが崩れる。お兄様が私の手を引いていた。踏ん張りきれなかった。お兄様の胸に倒れこんで、見上げた時の笑っていない、端整な顔を見て思わずドキッとする。
「父さんに、あんな口を利いちゃだめだよ」
「……嫌です。私はあの人に敬語やタメ口を利くつもりにはなれません」
「ミルヴィア」
「お兄様は、私に不本意な事をしろと言うんですか?」
逆に抱き着いて、上目使い。お兄様が言葉に詰まったのが分かった。
案外純情?
「だけど」
「私は怒られたってへっちゃらです。お兄様、大丈夫ですから。私、詠唱はいくつか覚えましたし。何かあっても対抗できます」
「本当に?」
「はい!」
お兄様はようやく私を放してくれた。私は手のひらをお兄様に向ける。
「猛る地獄の炎よ、かの者を喰らい尽くせ。獄炎」
私が詠唱すると、炎が渦を巻いてお兄様に襲い掛かって行く。お兄様は素早く反応した。
「我は精霊と契約せし者なり、炎から身を守りたまえ――防炎壁」
綺麗な、海みたいな青色のバリアがお兄様の前に立ちはだかり、一瞬で炎を無効化してしまった。
うー、強い。詠唱したのは私に教えるためかな。悔しい…。
「ミルヴィア」
「お兄様は強いですね」
「ミルヴィアはもっと強くなれるんだよ。僕が強いのは、単純に生きている年月が違うからだ」
「なら、いつかお兄様に攻撃を当てて見せます」
「怖いな」
お兄様が笑って茶化す。
冗談じゃないですよ。本気ですからね。
そう思いながら、炎が防がれた原因を考える。
詠唱させてしまうほどの隙があれば、勇者には勝てない。討ち取られるのは勘弁だから、そこらへんもキチンとしとかないとね。あと、獄炎の威力もさほど強くはなかったか。調整も出来るようになりたいな。逆に威力を弱めたりもしたい。そういう場合どうすればいいんだろう。獄炎以外のを使えばいいのか。でもな、威力を調整するだけだし。どうするんだ?
「炎の威力を調節する場合はどうするんですか?」
「不言魔法を使えるなら、イメージで。使えないなら、詠唱を少し変える」
「詠唱を変える?」
「自分がイメージしやすいように」
「じゃ」
私はもう一度、お兄様と距離をあけて手のひらを向ける。
「猛る地獄の炎よ、大きな炎となって彼の者を燃やし包み給え!豪獄炎!」
う、うわっ!
手のひらが熱い!
さっきとは比べ物にならないほど大きな炎がお兄様に向かっていく。
この詠唱は豪炎との合体技。ちょっと混ぜたら威力が『獄炎+豪炎』の威力に上がった。
「ッ!」
お兄様は後ろに飛び退くと、不言魔法?でバリアを張った。念には念を入れたのか、さっきよりバリアの壁が厚い。
私も負けていられない。バリアを突破すべく手に力を込めてみる。
ぐ…キツイ。
「流れる水よ、聖なる水よ、我は精霊と契約せし者なり!聖水流!」
バッシャ!
「~っ!お兄様!冷たいです!」
「あ、ごめん」
お兄様も相当慌ててたらしい。まさか火を消しちゃうとは。
でも、詠唱の使い方は分かった。これで応用が可能になった!
よし、この調子でどんどんできることを増やしていこう。
閲覧ありがとうございます。
すごい勢いでブックマークが付いて驚いています。
自分の作品を読んでくれる人が居るのは、なんとも言えない嬉しさがありますね。
今回は魔法回でした。他にもたくさん魔法があります。ちなみに、獄炎はミルヴィアが憶えている詠唱の中では一番威力が高い魔法です。