23 誘拐
私は護送という名目の元、エリアスに監視されながら帰る事になった。院長はにったり笑いながら許可を出した。キモ、……なんでもない。
エリアスも、なんだ、イケメンだったし?すごく注目されたけどね?ヒソヒソ声で、「この前の人と違うじゃない。あの子なんなの?」とか聞こえたけどね?
あーっ、もう嫌だ。どうしてこう、悪目立ちするイケメンばっかりなんだ。決めたぞ。私は『普通だけど少しカッコイイ系男子』と将来結婚する事に決める。コナー君じゃないよ。コナー君は友達よ。
「エリアス、目立ってる」
「お前だろ」
「エリアスだよ。鬱陶しい。どうして付いて来たの」
「お前みたいな子供が一人でいると、誘拐される」
「何それ。ここに来る途中、たくさん子供いたけど?」
「訂正しよう。お前みたいな身形の良い子供が一人でいると、誘拐される」
「ははは…私ってそんな身形のいい方なのかなぁ」
「当たり前だろう」
「どうして?ほら、私、普通の格好」
私は両手を広げて、自分の格好を見せた。普通の服、普通の帽子。これの何が問題なわけ?
「肌だな」
「肌?」
「ああ。肌が白い。普通の家に住んでる子供は、もっと日焼けしてるからな。誘拐犯がターゲットを絞るのは、大体肌の色だ」
「白い…かな」
普通だと思うけど。前世と何も変わらないこの体、全然何にも、目と髪の色以外変わってないのに。
んー、でも肌の色となると、変装しづらい。どうしよう…いや、いっか。どうせ誰と出かけるにも目立つ奴らばっかなんだし。無駄か。ユアン変装しても目立つし。エリアスは変装なんてしないし。お兄様…は、公爵家の息子なんだから有名人だろうし。
考えているうちに、路地に入った。狭い、静かな路地。前にも来た事がある。ユアンと盗賊に襲われたところかな。
この前の盗賊は居ないと思う。あそこを切り抜けたなら別だけど、相当固く拘束してあったし。
「ミルヴィア」
「はい?」
名前を呼ばれて振り向く。今こそこの体にこの名前で慣れたけれど、まだ前の名前が消えてるわけじゃない。
ふと、三百四号室で見た本の内容を思い出して不安になる。
「何か考え事があるのなら、この路地を抜けてからにした方が良いぞ」
「どうして?私、結構強いよ」
「俺より弱いくせに、良く言うな」
「それは、だって、五さ――」
ふっと口を噤む。何かがそうさせたように、そこから先は口の中で消えて行った。
「――まだ、強くなれる」
年齢を言い訳にする事は許されない。魔王は強い。魔族で一番。魔王は魔王、すべてより強い。例え勇者だろうと、打ち負かす。そうだ、勇者だ。
「絶対、勝つ」
この自覚を早くに抱いた分だけ、勝てる。自覚のあるものが、自覚のない者を負かす。なんとなくだけど、そう思ってた。
「何に対して勝つと意気込んでいるのかは分からないが、勇者に対してなら難しいかもな」
「どうして」
今までの人と言い分がまったく違う。目を瞬いて、首を傾げる。
「今代の勇者は規格外だからだ」
「剣術が?だったらバリアで守ればいいじゃない」
「無理だ。万智鶴様の剣だぞ?」
「…神剣はバリアじゃ守れませんか」
「ああ。それに、勇者の剣術がすごいわけじゃない」
「じゃ、何がすごいの」
剣術がすごいんじゃない。だったら魔法、と言いたいけれど、トィーチさんから聞いてる勇者の髪色は白だった。魔法じゃない。
だったら、何なの。
「師匠がすごい」
「…はあ!?」
勇者がすごいんじゃなくて!?どうして師匠!いや分かるよ?師匠がすごいと弟子もすごくなるって…分かる…けど…。
「勇者って師匠、嫌いなんでしょ?」
「あの師匠――デリックの本性を知らないからだ」
「本性って?」
エリアスが、ちらりと私に視線を送り、デリックさんの本性について語った。
「魔王が打ち負けた時、デリックは魔族領の四分の三を破壊した」
「……今、何て?聞き間違いじゃなければ、四分の三を破壊したとか」
「そうだ。破壊した。神剣でもなければ腕の立つ職人が造った剣でもない、ただの市販の剣で、魔族領の四分の三を破壊した」
「…」
そりゃ、その人に、一度本気で斬りかかられれば処刑しようとか思わないし、弱いって蔑んだりしないか。私、勇者嫌いなんだよなあ。敵対関係だからじゃなくて、そういう自分が強いと思って驕る奴大嫌い。前世から。前世の、銀行強盗を見た時から。
「じゃあ、もっともっと、訓練してやる」
辺りの魔力が濃密になる。エリアスが空中で何かを掴み、口に含んだ。
…何やってんの?
「魔力は血に流れている。それでも、術者の感情の高ぶりに応じて流れ出る。勿体ないから、食べているところだ」
「…美味しいですか」
「美味い。さすがは赤魔石の魔力だ」
「普通、食べれるものなの?」
「霊魂族の特権だ」
「ふーん。種族って色々ズルいよね」
「そして、その種族のズルいところを丸々コピーする吸血鬼が一番ズルい」
「うん、知ってる」
ズルいよねー。しかも固有魔法たくさんあるし。なんだっけ、『吸血』『眷属』『変身』『五感強化』。使ってみたいな。よし。
「エリアス」
「なんだ」
つくづく面倒くさいみたいに言わないでほしい。傷付くじゃないか。物理的にじゃなくて精神的に死んじゃう。孤独を極めちゃう。悲しいからやめてくれい。
「今から、吸血鬼の固有魔法使うから」
「は?どれを」
「『五感強化』。今の状態じゃ、これくらいしか鍛えられないもん」
「やめとけ。死ぬぞ」
「死ぬ?」
不吉な単語に、思わず反応してしまう。死なないって分かってても、やっぱり死は嫌だ。どうしてと聞かれると、「一度体験した」からと答える他ない。…違う。一度、「死んでしまう人を見た」から…かな。あの女の人のイメージが、未だに目に焼き付いてるというか。
「死ぬ。冗談でも比喩でもなく。不言魔法を上手く使えるようになってからにしろ」
「何それ、酷いなぁ」
私は、振り返ると同時にそこらの砂粒をエリアスに向けて投げつけた。丁寧に、砂の、少しとがってるところをエリアスの方に合わせて。エリアスは腕の一振りで薙ぎ払うとはいかなかった。
すぐに次の一撃。薙ぎ払われても、そこから立て直して再度攻撃。最後は、エリアスがバリアで弾くしかなくなった。
「私、こんなに器用なのに」
「…はあ…」
うわっ、面倒くさそう!酷い!ちょっと見せつけたかっただけなのに――
「嫌なの!行かないの!いっ、きゃああああ!」
瞬時、私が反応した。私の危険信号がちかちか光ってる。
「エリアス」
「行くのか?」
「行くよ」
「俺も見逃せるものじゃないが…仕方ないんだ」
「仕方ないって何!」
本当は今すぐ駆け出したいのに、時間を稼ぐようなエリアスの言い方に苛々する。対してエリアスは困ったような表情をして説明する。
「あのな…この国は、奴隷も居る」
「!」
グワッと、私の中で何かが膨らんだ。奴隷。私の住んでいた日本では、有り得なかった文化。
「ミルヴィア」
「…何。さっさと話、進めてよ」
「だが、その魔力を」
「仕舞わないよ?早く進めて」
エリアスが、焦燥感を漂わせながら説明を始める。何だかんだ言って、助けたいの?どっちなの?
意味もないのに苛々する。早くしろと、間に合わないと、私の危険信号がちかちかの速度を早めてる。
「奴隷文化があるんだ。今の悲鳴は多分、誘拐だ。仕方ない事なんだ。もし、魔族じゃなかったり、亜人族だったりすると、強制的にそうなったりもする。多分今のは、奴隷市の者だ。仕方ない。この国じゃ、仕方ない事なんだ」
「そう、思ってる?」
「思っている」
ここで、私はエリアスを見限った。
「じゃあ、勝手にしてれば」
「は、待て!」
悲鳴が聞こえた方向に駆けだそうとすれば、エリアスが私の服の首根っこを掴んで止める。
「何?」
「危ないだろ!お前は今、正真正銘の魔王なんだぞ!」
「……そうだよね。危ないよね」
エリアスが一瞬、ほっとしたような顔になる。そして、私は五感強化をかけた。
聞こえる。エリアスの息遣いが、空気が流れる音が。
見える。エリアスの腕の震えが、腕のわずかな指の動きが。
匂う。エリアスの綺麗な匂いが、向こうからする汗の匂いが。
味がする。緊張して乾いた口の中の味が、砂利に混じった土の味が。
感じる。肌を打つ空気の波動を、髪を靡かせる風を。
すごい。分かる。全部、いつもよりも分かる。
「…ミルヴィア?」
「エリアス」
私は空中で一回転すると同時に、エリアスの頭を蹴り飛ばした。エリアスは衝撃を受け流したけれど、それでも手は放した。そこで、着地。
っ!足、痺れ…っ!…あ、そうか、これが弱点か。感覚強化をしてるんだから、そりゃあ、衝撃も大きくなるよね。
「ミルヴィア!?」
「ごめんね、エリアス」
帽子を外す。しゅるっ、と髪ゴムを解く。漆黒の髪の毛が、私の肩に流れる。クリアになった視界に、さらに『視界良好』をオンにして視えるようにする。魔力を全身に帯びる。風が吹く。風をすべて弾く。一切無駄な物を受ける気はない。後ろから伸びてくるエリアスの手を、空気で感知して横にずれて躱す。エリアスが息を呑む。
「ここ、私の国だから」
そう。
日本人が「私の国の文化は」とか言うのとは違う。
例え、八歳まで魔王としての権限が認められなくとも。
例え、今の私が五歳でも。
「正真正銘、私の国。私の国は」
さっき伸びてきたエリアスの腕を殴る。当たる寸前にバリアを張って、衝撃をバリアで吸収する。エリアスが痛さに顔をしかめたのが分かった。
「私が正す。奴隷制度は、正す」
いきなり禁止は難しい。だったらせめて、誘拐はやめさせる。
「エリアス」
私は無表情で、エリアスに視線を送る。
「一介の医師が、国の方針に口出しするな。異議があるなら、去れ。奴隷は奴隷市でいくらでも漁ればいい」
「…!」
エリアスは、奴隷制度に賛成とは言わないまでも、反対ではない。
なら、要らない。
もちろん、将来イエスマンだけを集める気はない。でも今は。
今だけは、邪魔だ。
「大人しくしててよ」
この時、魔王として私の能力は覚醒していた。だから、私よりも強いエリアスの動きを封じられた。
「ぐっ…行くな、絶対強い」
「私は魔王だよ?一番強いのが、魔王」
私より強い人は居ないんだからね。
私は強化をかけた足で走り出す。風の痛さも、バリアで軽減。そして、見えた。銀髪の女の子が、ガタイの良い男性二人組に連れ去られそうになっているところが。私は迷いなく、乱石を発動。これはもう完璧だった。私は男性にだけ当たるように石を投げた。
ゴツン、と男の頭に石が当たってこちらを向く。
女の子は、私よりも背が低い。三、四歳だと思う。私よりは弱い。けれど強い。ただしどこか、変。何か、足りないところがありそうな面影だった。
「いってぇな!なんだお前!」
「魔王」
「はあ!?」
「魔王だ。私は魔王。その子を離せ」
「アホ抜かせ!お前みてぇなチビッ子が魔王だぁ?笑わせんなよ!」
「この、魔力と、髪と、目を見ても?」
魔力解放で怯えさせる。無表情で。
それでも、男達は良く知らないらしい。はあ?と言いながら女の子を見た。
チ、怯えて逃げてくれたら危害を加えずに済んだのに。
「こいつの知り合いなわけ?」
「違う。でも、魔王だ」
「証拠がねえんだよ、しょーこ!分かる?おいお前、早いうちこいつも捕まえちまえ」
最後の方はすごく小さな声で言っていたけど、今だけ聴力が強化されてるおかげで聴こえた。
「させない」
魔力を結集。周りの空気をかき混ぜる。女の子を中心に設定、女の子に当てないように慎重に。女の子は驚いたようにこちらを見ているけど、今は無視。魔力を含んだ風の渦を男たちに充てる。
グオオ、と私の意思で動く竜巻が発生。女の子は巻き込まれない。
男の一人――喋っていた方が吹き飛ぶ。気にしない。ただ、怪我は困るので柔らかい土で受け止める。
ナイフが飛んでくる。武器屋で売ってる投げナイフだ。それを指一本で弾く。今は、どんな攻撃も避けられる。
空気の震え、地面の揺れ。
人の匂い、鉄の匂い。
私の魔力の味、男達の魔力の味。うん、確かに、私の方が美味しい。
一頻り味わった後、もう一人の方を向く――あれ?
「居ない、わっ!?」
後ろの気配に気が付いた時は、ナイフが振られた時だった。紙一重で避けて、服が裂ける。痛みは感じないけれど、大きな空気の揺れが今は痛い。これ、結構弱点多いかも。
もう、目の前に男は居なかった。
「後ろなの!」
女の子の声。咄嗟に後ろを見てバリアを張る。
さっき服が裂けた事で分かった事。目視で何が起きているのか確認出来ない限り、バリアは張れない。晴れても、せいぜいナイフの勢いを落すくらいしか出来ない。
ったく…メリットもデメリットもあるとか…そんな上手くはいかないって分かってても、イラつく。
「左からきて、次に上から、一歩後ろに下がってから体勢を整えるつもりなの!」
なんでこの子そんな事分かるのよ!?
それでも女の子の声に従いながら左を意識しながら右に避け、上から降ってきたナイフを蹴り飛ばす。一歩後ろに下がる………事はさせず、瞬時に男の足を蹴り飛ばす。
痛い!
男の足を蹴り飛ばした時の痛さが数倍になって伝わってくる。でも、接近戦じゃ殴る蹴る以外にやる事がない。魔法の構築にはまあまあ時間がかかる。それはたった0.5秒だとしても、接近戦じゃ大きなデメリットになる。
「だ、誰か来たの!気を付けるの!」
「誰かって!?」
「眼鏡の男の人なの!」
眼鏡の男?
気を取られた隙に、ナイフが振られる。マズイ。バリアが張れない。体勢が崩れた。このままじゃ、やられ――
グンッ!
私の腕が引かれて、ナイフが地面に突き刺さる。そのナイフに戦慄していると、上から声が降りかかってきた。
「馬鹿か!俺の動きを封じたから、援護まで時間がかかっただろうが!」
「え、エリアス…」
「いいからあいつの介抱してろ!」
と、そういわれると同時に。
投げられた。
ひゃ、落ちる!
五感強化をオフにして受け身を取る。痛い!この固い地面にナイフが突き刺さるとか、あのナイフどんだけ頑丈なの…あ、あのナイフもう使えないや。
刃が折れて、エリアスと素手の勝負になっていた。介抱しろと言われても、この状況じゃ気になって出来ない。
「あの人、大丈夫なの?」
「さあ」
「さあって、仲間なら知っておくべきなの。あの人、魔力は多いけど筋肉少ないし、とても肉弾戦が得意とは思えないの」
「…あなた、何者なの?」
「私なの?」
女の子はニッコリ笑った。
銀色の髪の毛。銀色の目。白い肌。白い、レースのような一枚しか来ていない服。
「私は、銀狐。狐族・銀狐種・ラーン」
「銀狐…」
それは、先代魔王が討伐を命じた。
それは、世の中に一匹しかいない。
そんな銀狐が、私の目の前にいた。
「助けてくれてありがとうなの――魔王さん」
女の子…銀狐は、私の胸元を指差した。
そこには、裂けた服の間からギリギリ見える、赤魔石が微かな日を受けて光っていた。
閲覧ありがとうございます。
ミルヴィアは魔法は得意ですがその分接近戦は苦手です。
次回、エリアスの戦いとその後です。




