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22 聖ランディッド病院2

 お兄様は眠った後、私がこそこそと寝室に運んでおいた。ユアンに道を聞いて、私の鋭い方向感覚によって迷う事はなかった。

 どう運んだかは、この際勘弁してほしい。



 私は、ベッドに運んだお兄様の体に手を翳す。

 確か、青白い光あれも多分、魔力の検査だった。擽られるみたいなあの感じを強くしたのが、あの寝台だったと思う。

 私は青白い光をイメージして、血液と一緒に巡る魔力を感じ取る。

 …あった、え!?

 

 反射的に、翳していた手を遠ざける。

 お兄様の魔力は、これでもかと言うほど滞っていた。ところどころで詰まっている。解そうにも、その数が多すぎて埒が明かない。

 どうしようこれ。てか、なんでこんなに滞ってるの?これ、尋常じゃないよ…。


 そう考えていたら、お兄様がゆっくり目を開けた。


「お兄様、お目覚めですか?」


 お兄様はゆっくり瞬きした後、ふうっと息を吐いた。なんとも言い難い綺麗さだな。元々イケメンなのに、弱ってたら優しくしたくなっちゃう。


「疲れた…まだ寝たい」

「どうぞ、お兄様」


 お兄様の目に手を乗せ、目を閉じさせる。優しい魔王も、悪くないでしょ?


「もう一度、安らぎを」


 今度こそ、深く心地好い眠りにつけるように。

 私は、少しだけ使えるようになった眠りへの真読魔法。それを、不言魔法でやってのけた。

 

 お兄様が一度目覚めて、また眠った時――そこから完全に覚醒するまで、実は丸一日眠っていたのだ。

 私はその間に、エリアスに会いに行く事にした。お兄様のために。強いお兄様が弱体化中なんて耐えられない! 

 

 ユアンはコナー君の面倒を見てるので、その隙に屋敷を出た。叱られる?そんなの覚悟の上。エリアスに会いに行くためには…じゃなくって、お兄様のためなら、叱られる事くらい!

 私は普通の格好に着替え、屋敷を出ていた。幼女一人だから目立つには目立つけど、髪の毛は結って見えなくなってるし、魔王だと気付く人はいない。それによく見てみれば、私ほど小さくはないけど、幼女が一人でお使い…なんてよくある事らしい。そこらにたくさん人が居た。子供は家業を継ぐのが一般的なので、当たり前と言えば当たり前だけどね。


 前は馬車だったから道は曖昧。ただし!私は方角を聞いただけでタフィツトを探し当てたという功績がある!自分の力を過信しすぎるのは良くないけど、これくらいなら大丈夫、なはず!


 冒険者ギルドの前を通り過ぎるところで、いい匂いがした。そちらを見てみると、どうやら野菜の串焼きを売ってる様子。私はふらふらとそちらに近付くと、ください、と言って小銅貨一枚を出した。台が高いので出しづらい。

 この小銅貨、三百四号室の本の間に挟まってたラッキーアイテム。串焼き屋のおじさんはこんな子供がかいに来たことに驚いたのか、銅貨をしばらく見つめていたが、すぐに串焼き一本を渡してくれた。暑いから気を付けてね、の言葉付きで。


 頬張ると、熱々の串焼きからじゅわりと肉汁が溢れて美味しい。あそこは美味しいな、今度また買いに行こう。小銅貨一枚でこれは美味い!


 美味しい串焼きを目いっぱい味わった後、私は病院目指して一直線。他に美味しそうなお店があっても立ち寄らない。何故って?私、実はもう無一文!


 全部ぺろりと食べ終えて、ふと周りを見ながら歩いていると、面白い人がたくさんいる。

 猫耳、犬耳、しっぽを生やしてたり。ちっさい男の子が体と同じくらいの桶を片手で持ってたり。あれ、どういう原理なの。あと、ちらちら光る玉が浮いてたり。

 

 うーん、こうやって見てみると、人族の方も見たいかも。魔族と変わらないのかなぁ。それとも、やっぱり犬耳とかは居ないか。どこから人族でどこから魔族なのかも調べたい。亜人族は魔族と統合されてるらしいし。でも、人族の方に行くとなると目の色と髪の色が目立つんだよね。ずっと帽子かぶってるわけにもいかないよなぁ。髪色を変える魔導具とか無いのかな。今度お兄様とトィートラッセに行きたい。

 それまでにお兄様には回復してほしいけど…うーん、でも、魔力循環がなあ…ああじゃちょっと厳しいかも。


「…ミルヴィア?」


 ハッとして前を見てみると、茶色い髪の毛、濃い緑色の目、そして眼鏡をかけたエリアスが立っていた。

 …あれ、いつの間にここに来てたんだ?

 私の方向感覚、鋭すぎるでしょ…。


「どうしてここに居るんだ」

「魔王様にそういう口を利くのって、エリアスだけだよ」

「何の用だ?また病気か」


 エリアスの目が一瞬、お医者さんの目になる。私は正直に首を振った。

 

「なら、悪いが俺は忙しい。出てってくれ」

「厳しいなぁ」


 私はふわふわした笑顔を浮かべながら、聖ランディッド病院に迷いなく入って行く。

 エリアスはあれだ、従兄のお兄ちゃんだ。お兄ちゃんみたいだけど少し甘えられる、みたいな。なんでだろうな、エリアスは私より強い。強いはずなのに、私よりも下な気がしてならない。魔王として、身内以外に屈したくないのかな?

 エリアスは不快そうに眉を寄せ、持っていた問診票を私に突き付けた。それはすごく分厚く、エリアスの医者としての忙しさが窺える。


「俺はこれだけの患者を待たせている。私用に時間を割いてる暇はない」

「じゃ、待ってるよ」

「邪魔だ」


 冷たく、邪険に言い放つ。私は、エリアスがカツカツ靴音を響かせながら歩いているのに付いて行った。

 帰る気はない。エリアスがどう思おうと、私はエリアスに聞きたい事がある。お兄様の事と、人狼の事。エリアスはなんでも知ってる、と、思う。と言うよりかは、魔王にこんな口利くんだから知ってるんだろうなー、みたいな。

 

 私が付いて行くのを、エリアスは咎めなかった。話しかけなければいいらしい。

 迂闊だな、エリアス。私はその好機を逃す女じゃないぜ!

 エリアスが咎めないのを良い事に、私はエリアスに付き纏った。


 書類整理をしてる間も、院長と話してるところも。さすがに診察中は、診察室の前で待ってたけど。

 

 患者さんは診察室から出てくると、私をちらりと見てから愛想よくエリアスに手を振った。エリアスは無表情のまま軽く頭を下げる。患者さんの頬に薄らと赤みが差した。


「エリアス、あの患者さんって」

「何の用もないのに来る馬鹿だ」

「馬鹿って…恋する乙女になんてこと」

「お前は魔王なのにこんなところで油売ってていいのか?」

「うん。暇だし」

「俺は暇じゃない」

「知ってるよー」

「……」


 エリアスが不言魔法で私の周りに炎を出現させた。周りに人はいない。


「魔法タイプなんだ」

「剣は重くて持てない」

「だろーねー」


 私は一瞬で炎を蹴散らすと、エリアスの腕を持った。


「こんな細腕じゃあ、ね?」

「…」


 本気を出さないから、普通に抜けられるんだよー。もっと本気だそうねー。

 

「そういうお前は持てるのか」

「もちろん。長剣は無理だけど、短剣くらいなら」

「俺だって短剣なら持てる」

「五歳児と比べてもね。ユアンと戦ったら負けるかもよ」

「…」


 エリアスがあからさまに顔をしかめた。うん?もしかして、ユアンってそんなに不評?ユアンってそんな嫌われてるの?


「ユアンの事嫌い?」

「大っ嫌いだ。あの笑顔を見てると苛々する」

「それは少し分かる」

「忙しいのに、そんなくだらない話題で時間をかけさせるなよ…」

 

 エリアスは、こめかみを押さえてため息を吐いた。そんなに疲れてるのか…じゃ、ちょいと恩を売っときますか。


「彼の者の疲れを取り除き、彼の心に束の間の平穏を」


 ぱあっと音がして、エリアスが目を見開いた。こちらを見てきたので、ニッコリと笑っておく。


「さあ、お話聞かせてよ」

「…真読魔法」

「まあね、魔王の特権だよね。私、魔王だし――吸血鬼だし」

「…吸血鬼か。そうだったな」

「?」


 どうして、そんな事を言うんだろう?


「俺の種族は、霊魂族・使役種・ピングだぞ?」


 私が考えていると、エリアスがにやりと笑った。

 

「霊魂族!」


 霊魂を操る、霊魂族の使役種!


「…お願いがあります」

「なんだ?」

「血をください!」


 って私なんてお願いをしてるんだ!?いや、違う。決して欲望に飲まれたわけでは…いや…だって、霊魂を操る『操霊』…絶対欲しい!


「疲れを取った恩返しに――か?」

「うっ!痛いところを!」

「どうする?」


 エリアスが、カリ、と自分の首筋に爪を立てる。じわ、と赤い血が、滴った。それが妙に綺麗な仕草で、うっとりする。それより一歩遅れて、赤い血が滴るという事実が、私の頭を支配した。

 

 ドクン


 心臓が鳴る。血を欲して訴える。


「俺はいくら血を飲まれても吸血鬼にはならないぞ」

「…ぐ…だめ、お兄様の事、聞くから…!」

「お前の兄さん?」


 エリアスが白い光を傷口に当てると、傷は一瞬で塞がった。

 あ、心音が落ち着いた。安心した半分、なんか残念、じゃなくて!お兄様の事を聞くんでしょ、ミルヴィア!しっかりしなさい!


「お兄様の魔力が滞ってる。どうにかしたい」

「…話を聞こう」


 お兄様を買ってくれてるのかな?ま、どっちでもいいか。

 私とエリアスは、診察室に『使用中』の札をかけて診察室で向かい合う。


「最近、忙しくて寝てなかったみたいなんだけど、関係ある?」

「大有りだな。魔力は、ずっと寝ないと停滞する」

「どうして?」

「疲れと眠気が、魔力で疲れを取ろうと心臓に魔力を集めようとする。そうなると、一方的に流れられて魔力は滞る」

「な、なるほど…?」


 分かるような、分からないような、一週まわって分からない理論。エリアスは混乱する私に気付くと、更に説明を続けた。


「川は、一方通行だろう?」

「そりゃ、うん」

「魔力も一緒だ。川が町に流れようとすれば、危険だと防波堤が防ぐ。それが原因で、魔力は滞る」

「ふむ」

 

 つまり、一気に流れるのは危険だから、体がそれを防ごうとして詰まる――と。

 うん、決めた。

 私、やっぱりちゃんと寝よう。


「で、それを促すには?」

「ミーツの薬だな。調節するから」

「そっか。で、それいくら?」

「大銅貨四枚」


 つまり…


「よーんせーんえーん!」

「はあ?」

「高い!ぼったくり!」

「失礼な!あれの調合は難しいんだ!そうホイホイやれるか!」


 エリアスが初めて声を荒げた。そ、そんな怒んなくても。怖くはないけど、たじろぐじゃん。怖くはないけど。


「えー、じゃあどうすればいい?」

「その腕輪だな」

 

 エリアスが腕輪を指差した。私は驚いて目を見開く。この腕輪が使えるって事じゃなくて、この腕輪が魔力循環を促すものだと気付いたエリアスに。


「どうして…」

「魔女文字の『=Åζ∑』が書かれてるのは、大体魔力循環を促すものだ。興奮状態でも死ななかったのは、それのおかげだろう」

「…」


 無言で頷く。この人、本当に博識だ。


「それを渡してやることだ」

「分かった、そうする。ありがとう」


 私は、お礼を言って立ち会がった。扉に手を付く。

 

「その前に」


 扉に電撃が走り、すぐに手を離す。すぐに離したけれど、付いてきた電気がピリッと私の手に走る。

 うわ…捕まる前に早く出たかったのに。


「俺が送る」

「だよね…」

「当たり前だ。魔王を普通に歩かせられると思うか」

「うん、だよね…」


 私は、さっきのエリアスと似たため息を吐いた。

閲覧ありがとうございます。

仕事の時は『私』で、私用の時は『俺』。それがエリアスの一人称です。

次回、誘拐です。

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