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21 取引


「へえ、じゃあコナー君は田舎から出てきたんだ」

「うん。あそこは人間が全くいない土地でね、こっち来てからの人間の評価に驚いた」

「え、どんな感じ?」


 今、コナー君からコナー君の事を聞いてる。思いっきり、ユアンは蚊帳の外。それでも文句を言わず、重圧を含む眼力でコナー君を見てる。やめてやれ。さっきからちょくちょく震えてるんだぞこの子。八歳だぞ。ユアンが何歳かは知らないけど、絶対年下でしょ。


「えっとね、『人間は好きじゃない。でも手は出さない。ただし、勇者以外が魔王様に手出しした場合』――」

「ば、場合?」

「分からない。そのおじさん、手に持ってた木の実を粉々に砕いちゃった」

「ナニソレコワイ」


 魔王様って無条件で慕われるのかなぁ。

 ん?

 と言うか、えっと、魔王は一人。それで、魔王が魔王城に住むまで八年。

 つまり、八年間、魔王不在の状況になるって事?


「ねえ、魔王が居ない八年ってどうなるの?」

「さあ…僕も詳しくは」

「魔王様が居ない八年間は、副官・大公が魔王様の代わりを務めます。もちろん、魔王様よりも信頼はありませんが、副官の方はかなり人気のようですよ」

「そうなんだ」

「特に女性から」

「イケメンなのね」


 暗にユアンがカッコイイと言ってるのが見え見えだった。ユアンは気に障るようだったけど、(図々しい)それを聞いたコナー君が思案顔になる。


「僕が知ってる副官様の容姿は、眼鏡をかけた銀髪の男性だったと思うよ?今は魔王城に居なくてどこかで何かをしてるとか」

「どこかで何か」


 どこだろう。会えるのかな。会ってみたい。私の副官…気になる。いずれ相棒になるんだろうし、きっと……強い。

 自然、笑みが浮かぶのが分かった。


「ミルヴィア様」

「分かってるよ」


 口元を押さえる。高揚する気分も抑え付けて、目の前で笑うコナー君にいつもの笑顔を向けた。

 やっぱり、うん、私のこの顔、怖いよね。以前お兄様の笑顔を引き攣った笑いにさせた前科がある。何か悲しいけど。


「副官の人は庭が好きなんだって」

「庭が?」

「それだけは知ってるよ。赤いピッドブレアより、青いタンドブレアの方が好きなんだって」

「タンドブレア」

「そう」


 コナー君は柔らかく笑った。素晴らしい!癒しだわ!


「タンドブレアってね、茎が緑色で、花弁が中心に向かって色が薄くなってるんだ。すごく綺麗なんだよ。小さ目だけど、摘んだ時の呪いが無いので有名なんだ」

「呪い」

「うん、呪い」

「呪いって?」

「え?呪いって、呪いだよ」

「呪いって、解けない呪い?」

「ううん、一時的な災害みたいなものだから」

「…」


 ますます分からん。

 花が呪いって、何それ。呪いって感情が形になったものなんじゃ――あ、そうか。花は命を詰まれた。それが形となって呪いになるんだ。でも命はすぐ消えるから、一時的とか。うーん、これも調べないと。


「だけど、この庭じゃタンドブレアは無いんだよ」

「どうして!?」

 

 身を乗り出した私にたじろぎながら、コナー君が答える。


「だ、だって、ラッドミストが荒らしていって、しかももう添え木が無いから、再生出来なくて」

「忘れてたあああぁぁ!」


 私の大声が地下室に響いた。コナー君が反射的に耳を塞いでいる。ユアンが片目を瞑って煩そうにしていた。

 だってしょうがないじゃん。忘れてたんだもの。


「コナー君、手入れ、終わったの?」

「終わったけど」

「じゃ、お兄様のタフィツトに行こう」

「え、いいよ、後でで」


 遠慮するコナー君の手を掴む。


「何言ってるの!」

「み、ミルヴィア?」

「私が忘れるでしょ!」

「そっち!?」

「はい、GO!」


 無理やり立ち上がらせて、地下室の階段を駆け上がる。『視界良好』のおかげで足元が見えるから走りやすい。

 しかも息切れしない。すごい。魔王の力か吸血鬼の力か。どっちでもいいんだけど、とりあえずユアンは付いて来てる。と言うか、ユアンは息切れもしてなければもっと早く走れそうだ。ただ、コナー君は良く付いて来てると言いたいほど懸命に付いて来てる。フリスビーを追いかける子犬みたい。まあ、子犬より息は切れてるし苦しそうだけど。


「み、ミルヴィ、休も、僕、む、無理、」

「じゃあちょっと我慢ね」

「だか、がま、できな――ひっ!?」


 後ろを振り向いた勢いで、全身に筋力強化をかけてコナー君をお姫様抱っこ。

 想像してみてください。

 五歳の女の子が、八歳の男の子をお姫様抱っこしている光景を。これ、なんとも――


「異様ですね」

「ユアンが抱えてくれてもいいよ」

「主が頑張ってるので、支えさせて頂きます」


 トン、とユアンが私の背中を押した。まさにばびゅんと言うような勢いで、私の体が長い渡り廊下を渡り終える。

 すごい!コレ便利!

 しばらくすると、ユアンも追い付いた。騎士ってこんなに体力あるの?魔王に勝るほど?なんか悔しい。


 タフィツトからお兄様の執務室に着くと、さすがにお兄様にお姫様抱っこを見せるわけにいかないので下ろす。コンコン、といい音を立ててノックした。私もユアンも息切れしてないけど、しがみ付いてただけのはずのコナー君は激しく息切れをしていた。はあはあと目を見開いたまま左胸を押さえている。


「はい――ミルヴィア!」

「お兄様」


 出てきたお兄様は、私を見て目を見開き、コナー君を見て驚愕に顔を引き攣らせ、ユアンを見て不快そうに眉を寄せた。


「どういう面々?」

「お兄様、簡単な用事です。花が折れた時用の添え木を用意してくれないですか」

「はあ?」


 唐突な私の言葉に、お兄様は口を開けて間抜けな声を上げた。そんな驚かなくても。


「添え木が無いみたいなんです」

「うん…でもね、ミルヴィア、コナー。母さんと父さんが望んでないんだ。あの二人は、新しい庭師を雇いたがっていて…」

「いつでもお父様がお父様がって…お兄様、お父様達に何か引け目でもあるんですか」


 ズバリと言った私に、お兄様はぐっと詰まった。

 前、不承不承と言った様子で私に魔王を家系制にするよう頼んだ。それは、お父様に言われたから。そして今も、そう言って断った。なら、お父様達が原因としか思えない。

 ちょっとズルいけど、付け込ませてもらおうかな、癒し、違った、コナー君のために。


「ユアン、コナー君と向こうで待っててくれる」


 さすがに、使用人にこの会話を聞かせるわけにいかない。

 十三日で芽生えた貴族意識に、おとなしく従う。

 

 ひょい、と息切れしているコナー君をユアンが担ぎ上げる。


「仰せのままに、ミルヴィア様」


 ユアンがタンと音を立てると、姿が見えなくなる。目を瞬き、お兄様に向き直る。

 さあ、正念場だよ?


「お兄様、言いたくないならいいですよ。でも、私の癒しを邪魔しないでください」

「い、癒し?」


 真剣な表情で頷くと、お兄様は首を傾げた。私はお兄様の表情を観察しながら言葉を続ける。


「お兄様、私がお嫌いですか?」

「まさか…ミルヴィアは好きだよ。でもね、」

「お父様とお母様以外の理由は」

「…」

「無いんですね?」

「けれど、どちらにしろこの家の主は父さんなんだ。あの二人が絶対なんだよ」

「そんなの私に関係ありません。八歳で家を出ますから」

「ミルヴィアはそうだろうけど…」

「お兄様も出ればいいじゃありませんか。晴れて自由の身ですよ。冒険者をやるでも、吟遊詩人になるでもいいんですよ」


 吟遊詩人が居るのかどうかは知らんけど。

 

「そんなの…!」

 

 お兄様は拳を握り、一瞬耐えたけれど爆発したように叫んだ。

 

「僕はずっと!ここに!居なきゃいけないんだ!」


 声を荒げたお兄様に、目を細める。お兄様ははっとしたように目を開くと、ドアにもたれかかるようにしながら片手で目を覆った。


「ごめん…」

「ここに居なきゃいけない、とは?」

「何でもないんだ、忘れて」

「お兄様」

「…」

「人の記憶は、消せません」

「消せるよ」

「?」

「僕、だって」

「お兄様だって?」


 お兄様は息が詰まったようにしてから、息を吐くように言った。

 

「忘れさせたことが、あるんだから」

「…何をとは聞きません。では、お兄様」


 私は、お兄様に一歩近付いた。お兄様の、目を覆っている手を握って下におろす。

 お兄様の目は絶望に暗くなっていて、私さえ、お兄様の目に映っていなかった。


「取引しましょう」

「……え……?」


 お兄様が、少しだけ目に光を宿して聞き返してきた。目はすごく印象的な青色、の、はずなのに。

 今の目は、すごく濁って、希望を無くして、絶望に支配されて。

 こう言っては怒られる。

 知っていても、言葉が零れる。


「奇麗…」


 哀愁に浸るようなその瞳は、私を惹き付けた。


「今この場で、あなたの悲しみを癒しましょう」

「…」

「その代わり、お父様に内緒で添え木を」

「悲しみを…癒す」

「魔王の特権です。将来、あなたを魔王城で雇うと約束しましょう」

「!」

 

 お兄様の顔に、わずかに希望が灯る。でも、その火も誰かに吹き消されたように、消えてしまった。


「だめだよ。それまで、あと三年もある」

「そうです――三年です」

「うん」

「それまで、私が、あなたの側に」

「ミルヴィア?」

「一時だけ、あなたの悲しみを深淵の底に沈めましょう。いつか浮き上がって来ても…一時だけでも。癒しを取り戻し、静かに眠ってください」

「眠る…」


 お兄様の言葉は、まるで眠りと言う言葉そのものを忘れてしまったかのように浮いていた。

 そういえば、夢魔って寝なくていいんだっけ。生まれつきだから、寝なくていい体質なのかも。でもなあ、どちらにしろ狼男でもあるんだし、昼でも夜でも眠らないと。

 

「汝、深き眠りに誘われ、おとなしくその眠りに誘われよう。静かな眠りは汝を癒し、確固たる安らぎの証拠を得るであろう」

 

 静かな声。眠りに(いざな)う、睡魔のようにゆったりとした声。

 

「ミルヴィ、ア…」

「お兄様」

 

 ドサッ…


「安らぐ眠りを、あなたに」


 お兄様は、私の腕の中に倒れた。私はそれを、傷付いた小動物を見るように、慈しむように見ていた。

閲覧ありがとうございます。

補足するまでもないとは思いますが、一応補足しておくと、ミルヴィアの使った魔法は真読魔法。魔王の特権、です。

次回、お兄様目線での本編になります。

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