199 まともな伯爵家
王都に行くまで数日かかった。宿に泊まって、また出発、という旅路だったのでそれほど苦労はなかった。
狐ちゃんなんかは馬車があることに本気で感謝していて、お嬢様やその御付きを邪険にしたりしなかった。エリアスは相変わらずぞんざいに接するし、少年はツンケンしてるし、ユアンは分かりやすく壁を作ってる。アルトはいないものとして扱われていて、ちょい可哀想。
アルトは私といつも同じ部屋で寝てる。その時に食事もさせてあげてるので、今のところ不満は無さそう。アルトには移動中に障害避けの招福をかけてもらってるから、お礼も言われず目立たない割には重要な役割を果たしてる。
そして数日で仕入れた情報によれば、お嬢様は伯爵家の令嬢で、とある一件で遠出していたと。何の用があってあんな辺境に行ってたんだか。あまり突っ込んだ事情までは聞いてない。
ああ、あと何より重要なことがあるんだ。
毎日可視化にトレーニングに尽力していると、糸光の可視化の固定が可能になった。送る魔力の調整によって、見える糸光が代わる。私の周りにあったり、空気に漂ってたり、他人の周りをたゆったっていたり。今のところ私の周りで固定してる。
使いどころが多そうだから、重宝してるんだよねー。
まだ一回しか使ったことないのに、そんな気がする。
と、まあ、あれやこれありまして、特に問題もなく王都のお嬢様宅へ到着しましたよっと。
いやあ、大きいお屋敷だねえ。
お兄様のお屋敷ほどじゃなくても、大きい。あえて言うなら色合いもシンプルで、さっぱりしているイメージだ。ごたごたとした装飾がない代わりに、大きな銅像が一つ置いてあったり、高価な物が点在している感じ。権力の意思表示にはあまり積極的じゃないと見える。
馬車が門をくぐったところで、馬車から降りた。
「とても大きなお屋敷ですね」
「いえいえ、そのようなことは。さあ皆さま、来賓としてもてなしますので、こちらへどうぞ。両親が今は不在でして、それほどのことは出来ませんが」
「泊めていただけるだけで有難いのです。多くは望みませんよ」
この旅路の間に、お嬢様とユアンは結構親しくなったらしい。馬が合うのか、こうやって二人で会話をして笑い合っていることが多い。ユアンが楽しそうなのは何よりなんだけども、たまにその様子を見ながらラルドさんがそわそわしてるのが気掛かりだった。
まさか恋しちゃってないよね、みたいな。
「お嬢様!」
屋敷から、誰かが出て来た。身なりの良い、多分騎士だ。腰から剣を下げていて、慌てた様子で駆け寄ってくる。
二十代後半。背丈は170㎝以上はある。体格もよくて、目つきが鋭い。
厳しそうな人だなー。
髪色的に魔力もそこそこ多そうだし、魔法と剣術を併用するタイプかな? 足運びもいいし、素質ありそう。ついでに警戒の視線を一瞬ユアンに投げた事から、審美眼も備わってるねえ。
いい騎士じゃん。
私を警戒しなかったのは、抜けてたと言わざるを得ないけどねー。
私、魔王ですよ! 気付いて!
「お嬢様、魔獣に襲われたとは本当ですか!」
「あら、もう伝わっているの。ええ、そうなのよ。その時にこの方々に助けて頂いて。丁度王都に滞在するとのことだったから、滞在中は屋敷で過ごしていただこうと思ってるわ」
「冒険者なんて下賤の者に助けられるなんて。ラルド! 何をしていたのです!」
「も、申し訳ございません」
怒号に、ラルドさんが身を縮こまらせる。眉を寄せて、落ち込んでる。
あーあ、かわいそう。めっちゃ頑張ってたんだからね。居なかったくせに言うんじゃないよ、まったく。
なんて、移動中ラルドさんと過ごしてきて情が移った私は思っちゃう。
見た感じではこの人がラルドさんの上司なのかなあ。年齢も上っぽいし。
「こんなことならやはり私が同行すれば……いえ、とやかく言っても仕方ありませんね。この度はお嬢様を助けて頂き有難うございました。私はバートと申します。どうぞごゆるりとお過ごしください」
す、すごい早口。
押されちゃう。ゆっくりする気分にならないわ。
「感謝する。外出するときには声を掛けた方がいいか?」
「はい。使用人でもいいので、誰か一人には必ず声を掛けてから出てください。お帰りの際には名乗っていただければ。お名前をお伺いしても?」
「エリアスだ。こいつがユアン。こいつがミルヴィア。あとの三――二人は、名前が分からない。保護している子供だ」
名前が分からないという言葉に、バートさんはあからさまに鼻白んだ。
名前も分からないような奴を屋敷に入れるのは、そりゃ嫌だわな。
分かるよ。
分かるけど、その反応は頂けない――
「余計なことすんじゃねぇよ」
私が怒ろうとしたのを察したのか、少年がそう言って服の裾を引っ張った。
「分かった」
本人がそう言うなら、何もしないよ。
ちょっと気に入らないんだけどね、まあ助けたと紹介されたのはユアンだけなんだから、そのおまけの子供達なんて興味ないか。
一応私が取りまとめてるんだけどねー。
「ラルド、御客人を案内しなさい。私はお嬢様を自室までお連れ致します」
「あっ、ちょっと待って。ユアン様、後程お部屋に来ていただけませんか? 特にお世話になりましたので、お礼をしたいのです」
「私はミルヴィア様といなくてはなりませんので」
即答するなよ。
「別に少しぐらい行っても……」
「ミルヴィア様?」
「はい分かりました」
向けられた笑顔の中に「余計なことに巻き込まれたくないのです」という明確なメッセージを感じた。
仲良くなればいいのに。ユアンも楽しそうだし。
……伯爵令嬢がユアンに恋をするとかは、マジでトラウマだからやめてほしいけど。
「では皆様、こちらへ。お部屋はお分けいたしますか?」
「私・ユアン・エリアス・この二人、って感じでお願いします」
「宿の部屋割りでも思ったのですが、ミルヴィア様は一人がお好きなのですか?」
「すっ、好きなわけではないですよ?」
「ふふ。そうですよね。まだ六歳ですから、不安になることもあるでしょう。なんでもお申し付けくださいね」
「ははは……」
なんというか、私が馬車での移動中でラルドさんに同情心と親しみが芽生えたのに対して、ラルドさんは私を親戚の子供みたいに扱うようになった。
ぐだぐだに甘やかしてくれる。
もちろん狐ちゃんと少年の事も甘やかすんだけど、私を気に掛けてくれる回数が多い。私がよく一人になりたがるから、孤立してると思ってるのかもしれない。
甘やかしてくれるのは嬉しいんだけど、そのたびに狐ちゃんと少年がにやにやするのが嫌だ。
「ミルヴィアは好かれる才能があるの」
「冗談言わないで?」
ほんとにありそうで怖いんですけど。神様が転生オプションで付けてそう。セプス辺りが良心からやりそう。
私達はラルドさんの案内で、ぱっぱっと屋敷の中を歩く。うちの屋敷とは違った雰囲気で、周りを眺めるだけでも退屈しない。
ここでの暮らしはどんなもんになるのかなー? 暮らしって言っても、数週間過ごすだけだとは思うけど。
楽しみだな。
「――あ、そうだ、ユアン」
「なんでしょうか」
「あとで、出かけよう。そうだな、人目に付かない場所。訓練したい」
囁くと、ユアンがにこりと笑った
「はい。観光もしましょうか」
「いいねえ。あ、エリアスはここに居てね」
言外に『狐ちゃんと少年とアルトを見張っておいて』と頼む。エリアスは了承してくれた。
よし、訓練の約束ができた。馬車での移動中は戦う機会なんてなかったし、ラルドさんの前で短剣を振るわけにもいかないから、腕が鈍ってるんだよね。
いやあ、楽しみだな。本気で剣を振れるなんて。
――まあ、本音で言えば、本気で魔法をぶっ放してみたいんだけどさ。
本気で魔法を使う。これほど魅力的なことはない。魔力が空っぽになるほど、魔法を使いたい。その欲求は、訓練のたびに強くなっていっている。
一度森の中で試してみようかとレーヴィに相談したら、全力で止められた。
森が壊れるだとか、なんとか。
思い切り、全力で、何もかもを投げ打つくらい懸命に。
そんな風に暴れてみたい。
これは魔王としての衝動なのか、吸血鬼としての衝動なのか。
どちらにせよ、ロクなもんじゃないな。
「ここがミルヴィア様のお部屋です」
一番最初に着いた私の部屋の中を覗く。寝室だけじゃなくて、バスルームも付いてた。もちろんトイレもある。それでいてものすごく広いんだから、ホテルのスイートルームを思わせる。
うわあ……すごっ。
逆に落ち着かなそうだな。
「じゃあ、ユアン、後で」
「ええ――楽しみにしております」
閲覧ありがとうございます。
ラルドはお嬢様専属の騎士ですが、バートは伯爵家の騎士です。バートはちょっと厳しめ。
次回、ユアンと二人で街を散策します。




