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198 本物のお嬢様と騎士


「助かりました。あなたは命の恩人です」


 お淑やかな雰囲気を纏うお嬢様は、そんな風にユアンに向けて頭を下げた。十八歳くらいのお姉さんのように見える。どこか幼さの残る、可愛らしい目でユアンを見つめている。

 ラルドさんはおっとりとした目を伏せて、息が上がっている。男性らしいがっちりした体格とは裏腹に、大人しそうな顔をしていた。騎士だと思うけれど、人が斬れるようには見えない。

 ラルドさんはふっと息を吐いて、ユアンにお礼を言った。


「お嬢様をお救い下さり有難うございます。私一人ではどうなっていたことか」

「いいえ、いいのですよ。困っている方を助けるのは当然のことです」


 よく言うよ。馬車が欲しかっただけでしょ。

 見捨てようとしたくせにさー、都合のいいことで。


 ラルドさんはますます深く頭を垂れる。騎士であるユアンにとって、頭を下げられるのは慣れていないのか、珍しく戸惑っていた。

 慌てた様子で、ラルドさんの様子を見ていた。


「いいのです。頭を上げてください」

「私の力不足を嘆いていました。――お嬢様を守れないとは、情けない。盾となりお嬢様を逃がすことすら、出来ませんでした」

「最後まで戦う姿勢は素晴らしいと思いますよ」


 ユアンが言うと、やっとラルドさんは頭を上げた。まだ苦し気に眉を寄せていて、正常な精神状態とは言えない。よっぽど悔しかったのか、血が出そうなほど唇を噛んでいる。

 ……うーん、よくないねえ。

 しょうがないな。


「そのような顔をなさらないでください」


 私はスッと前に出た。なるべく穏やかな笑顔を浮かべて、悟られないように、ゆっくり魔力を込めていく。

 この人たち相手なら、バレない自信があった。

 落ち着かせるように、言葉を紡ぐ。


「お嬢様が不安がってしまいますよ」


 声を発しきった後、完成した真読魔法をラルドさんにかけた。ラルドさんは肩の荷が下りたように、ふっと力を抜いて、弱々しく笑った。


「そうですね。これでは、騎士失格、ですね」

「……ラルド」


 お嬢様が、笑顔でラルドの袖を引っ張った。


「大丈夫ですわ。私のために戦ってくれて、嬉しいわ」

「有難い、お言葉です」


 喜びを噛み締めて、ラルドさんはまた頭を下げた。

 めっちゃいい主従じゃん。羨ましいぐらいだわ。こちとら人前じゃまともに話すらできないってのに。いいなー。


「ところで、あなた達は一体どのようなチームなのですか……?」


 おぉっと。ついに来たか。

 どうしようかな。何を理由にしようかな。


「俺達は冒険者だ」

「ん?」

「どうした」

「なんでもないです」


 エリアスが言い訳するのか。いや、まあ、傍から見たらエリアスが一番リーダーっぽいもんな。

 エリアスはお嬢様に向けて説明という名の嘘を語った。


「あそこの鉱山にでた魔獣の討伐に出ていた」

「ギルドに登録されているのですか? 冒険者証は……」

「それが、ダンジョンで紛失してしまってな。これから王都のギルド本部に行って再発行を頼むところだ」


 すげぇ。嘘なのにそれっぽく聞こえる。

 堂に入ってるね、さすが。


「なるほど、そうだったのですね。その道中で魔獣に襲われている私達を見かけたと」

「ああ」

「ですが、子供を連れた冒険者と言うのは寡聞にして知りませんが……」

「とある依頼の一件で預かることになった子達だ。詳細は聞かないでもらえると助かる」

「ええ、それくらいの分別は弁えております。……辛かったですね」


 慈しむような、聖母の如き表情でお嬢様は子供組を見る。

 別に辛くないよー、と言うには、他の三人の事を知らなすぎるけど。

 事実、狐ちゃんと少年は複雑そうだし。


「ああ、すみません。お礼のお話をしていませんでしたね。冒険者の方にお助けいただき、お礼をしないなど考えられません。お望みのものをご用意いたします。ひとまず、私達も王都へ向かう途中です。馬車にはまだ余裕がありますので、お乗りくださいませ」


 んっ!?

 あれ、私達の要求って、町まで送ってもらうって事だったんだけど……もしかして、お礼の前提条件になっちゃってる?


 あれれ。


「礼は、王都まで送ってもらえればそれでいい」

「そんなわけにはいきません。どうぞお乗りください。あ、でも少し場所が足りないかもしれませんね。じいや、御者台に移ってもらえるかしら」


 うわ、期せずして予想以上のお礼をもらうことになっちゃった。迎賓としておもてなししてもらえるのかな。楽しみ。

 人の厚意に付け込んでる気もするけど……あっちからしてみれば相当なことをやったはず。

 そこまで酷いことはしてない……はず!


「お言葉ですがお嬢様、私めが御者台に移りますと、馬車の重心が傾くかと」

「そういえばそうね。どうしようかしら」

「……私が御者台に乗りましょうか? よければ、ですが」


 私が手を挙げた。この中では狐ちゃんと私が一番軽い。狐ちゃんが乗りたがらないだろう事を考えると、私が乗るのが一番いい気がする。


「よろしいのですか?」

「はい」

「では、あなたは、あちらに。皆様、お名前をお聞きしても?」

「ミルヴィアです」

「ユアンと申します」

「エリアスだ」

「…………」

「…………」

「…………」


 三人は名乗らなかった。二人は名前を知られたくないからで、一人は見えてないから。

 アルト、乗れるのかな。うまい事できる?

 アイコンタクトを送ると、頷かれた。相当な自信があると見た。

 二人が名乗らなかったことについては、私達も名前を知らないのだということで通した。無口で不愛想な、どこかで保護した子供達。そんな立ち位置になった。

 それっぽくなった。実際とそんなに変わらない。


 私はラルドさんと一緒に御者台に移動した。

 ユアンが反対しなかったのが意外だった。これぐらいの距離なら守れると思ってるのか、それか、最初から最後まで誠実だったラルドさんを信頼してのことかもしれない。

 そういえば、騎士が御者をやるって普通なのかな?

 あんまり考えたことなかったけど、どうなんだろう。運転手みたいに、専門の人が居そうなものなのに。


「皆様が乗ったみたいですね。ああ、ええと、ミルヴィア様でしたか」

「はい。ミルヴィアです」

「私の膝の上に乗っていただけますか? あまり余裕がないもので」

「えっ……」

「?」


 笑顔のまま、ラルドさんが首を傾げる。ラルドさんからしてみれば、六歳くらいの女の子を膝の上に乗せるなんて大した意味がないのかもしれない。

 ……でもなあ。

 ユアンが怒るんじゃないかなあ。


「でも、私、重いですし」

「ははは、大丈夫ですよ。どうぞ」


 どうぞ、じゃなくてさ。

 うーん……利便性としては乗った方がいいのかなあ。精神年齢十八歳(そろそろ十九歳ぐらい)としてはかなり抵抗がある。……いろんな人の首筋に噛みついてる時点でそこら辺は捨てたようなものか。


 御者台に乗るラルドさんの膝の上に乗った。乗り心地がいいようになのか、足の角度を調整してくれた。結構快適だ。

 一応、あんまり揺れないように魔法で調整しよう。


「出発します」


 壁でも叩いて合図されたのか、ラルドさんはそう言って馬を走らせた。

 風魔法と土魔法で衝撃を吸収する――っと。あんまり強いのはできないな、魔力温存しておかないと。


「そんなに幼いのに、冒険者なんて、辛くありませんか?」


 あ、どうしよう。嘘を重ねるとバレるぞ。


「私はそれほど。助けていただいた立場ですから」

「そうですか。ユアン様は、どのような方なのですか? 教養もおありのようですし、それにあの強さは」

「……色々と事情があるみたいですよ。詳しくは本人に聞いてくださいね」


 途中で遮って、笑顔で牽制する。一人一人の事情は、本人しか語らない。それを貫けば、綻びも最小限に抑えられる。

 我ながら、こんないい人たち相手に馬鹿みたいなこと考えてるなあ。

 嫌になるわー。


「そうですよね。失礼しました。ミルヴィア様も、とても丁寧な言葉を使われるのですね」

「それなりに崩してるつもりですよ?」

「ええ。ですが、六歳とは思えません」

「あはははは」


 六歳じゃないですからねー。

 とは言えないわな。


「改めてお礼を申し上げます。お嬢様を助けていただいて、ありがとうございました。私一人では、到底勝てたとは思えません」

「ラルドさんは、騎士なんですか?」

「はい。お嬢様に恩を感じて騎士になったはいいものの、実力が追い付かず、先ほどのように迷惑をかけてばかりなのです」

「め、迷惑はかけてなかったと思いますけど……」


 ラルドさんは深く息を吐いた。さっきの事は、結局ユアンが助けたんだから切り替えればいいのに。

 ……そう思うのは無理なのかな。

 私にそういう経験がないから、分からないや。


「私は、強くないのです。騎士と呼ぶには弱すぎる。お嬢様への恩義だけで仕えているようなものなのです。今まではどうにかなっていました。今日のようなことはありませんでしたから――ですが、いざ実戦になると、お嬢様を逃がすことすらできませんでした。情けない限りです」

「ラルドさんは十分戦っていましたよ。強くないなんて、そんな事言わないでください」


 軽はずみな言葉だ。それしか言えない自分が嫌だ。

 追い込まれてる、というほどではないにしろ、思い詰めてるな。

 ――楽に、してあげようか。真読魔法を使えば、どうにでもできるんだ。


「そうですね。分かっているのです。私は私の使命がある。強さにこだわる必要はないのですよね」


 吹っ切れた様子で、ラルドさんは言う。にこっと笑って、私に顔を近づけた。


「ありがとうございます。自信が出てきました」

「……よかったです」


 無駄なことしなくてよかった。最近よく使うから麻痺してた――真読魔法は、なるべく使わないって、初めの頃に決めたのにな。

 私は笑って、ラルドさんを見上げた。


「頑張ってくださいっ!」

「はい、頑張ります!」


 ものすごくいい笑顔で、ラルドさんは笑った。

 

 ラルドさんはお嬢様が大好きで、護ろうとする。

 お嬢様はラルドさんを信頼して、護ってもらう。


 めっちゃいい主従だなあ。

 憧れる!

閲覧ありがとうございます。

ラルドさんは努力家です。毎日剣を振って特訓してます。ミルヴィアに似てますね。

次回、お嬢様のお屋敷にお邪魔します。

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