20 地下室でのお茶会
その後だいたいの植木の手入れが終わったコナー君は、脚立を仕舞い、私に優しく笑いかけてくれた。
ああ…癒し…至福の時間…。
「終わったけど、僕、魔導具の手入れもしないと」
「え、庭師なのに?」
「ううん、庭師は関係なくってね、カーティス様から自主的に請け負ってる仕事なんだ。…来る?」
「行く。ユアン、来なくってもいいよ」
ちらちら視界に映る青髪の笑顔が憎たらしい。
「振りですか?」
「全然、まったく、違うけど」
押すなよ押すなよって言われながら裏切る三人組じゃあないんだから、振りなんてしませんよ。
ところで、コナー君っていつもこんな忙しないのかな。急がしてるんだったら申し訳ない。
それを伝えると、コナー君は驚いたような顔をした後に笑った。
「違うよ。いつもこんな感じ。まあ、二時からカーティス様の魔導具の手入れと決まってるから、植木の時は結構急ぐんだ」
「はぁ、すごいね」
私は考えられない。ゲームがセーブ地点じゃない事を良い事に宿題しないタイプ。コナー君は、そもそもゲーム自体しないんだろう。ああ羨ましい。
コナー君が向かったのはタフィツト…ではなく、屋敷の地下室だった。誰でも入れるが誰もその存在を知らない(コナー君とお兄様以外)地下室への階段は、何と三百四号室、の隣の部屋の本棚の後ろ。しかもその本棚には何も入っていない。隠し扉の定番だね。
でもこの空っぽの目くらまし、何か意味があるの?すごく要らない気がする。そもそも三階自体、屋敷の中心人物しか行かないような空間だし。三百四号室の近くは、お兄様と私、それとエレナさんだけなんじゃない?あと、青髪のオジャマ虫とか。
「ちょっと暗いけど、大丈夫?」
地下室への階段は暗く、一切の光が見えない。真っ暗と言うのにこれ以上の暗闇はあるだろうか。
「ホントだ。真っ暗。でも平気だと思うよ。一応、吸血鬼だし」
「そうだったね」
「あれ、怖くないの?」
怖がる様子もなく言うコナー君に目を丸くする。
いや、怖がられないのはいいんだけど、まったくその様子が無いとさすがに気になるというか。
「うーん、世の中には不思議な種族がたくさんいるから、吸血鬼は驚かないかな。ミルヴィアがすごく優しいのも知ってるし」
「天使…!」
「て、天使?」
すごい勢いで頷く。コナー君は苦く笑うと、前を向いて歩き始めた。
コナー君は迷いなく進んで行った。黴臭さとかは一切ない。丁寧に掃除されてるんだろう。コナー君の背中を見失わないようにしながら、壁に手を付きながら進んで行く。
五分ほど歩いても、明かりが見える気配さえなかった。
うー、ここまで無言だと、さすがに重苦しい空気が。
「ミルヴィア様、大丈夫ですか?」
暗闇の中、ユアンの声が響いた。綺麗な通る、声が、空気を震わす。
ドク…
「え、」
血を見た時に似た鼓動を打つ心臓の音が、耳元で鳴る。
なに、これ。
寒気に襲われる。
「ミルヴィア様?」
「何でもない!」
思わず強い口調になる。
お願い、落ち着いて…!今、コナー君を巻き込んだらどうするの!
「ミルヴィア様?」
「喋らないで!」
ユアンが喋る度に、暗闇で空気が揺れる。空気が揺れる度、私の中で何かが暴れ出す。
「ミルヴィア…?」
「え、あ」
すうっと、何かが消えて行った。コナー君がこちらを振り返って、壁に付いている手をそっと触ったのだと分かる。
今のは、何?
分かるのは、ユアンの声で心臓が震えた事、コナー君の声で正気に戻った事。
そして、それらが始まったのが、地下室の階段だったって事。
「ミルヴィア、どうしたの?どこか痛い?」
「大丈夫」
「本当に?やっぱり暗いから、不安になった?」
「私、魔王だよ?これくらいで、不安に何てならない」
「ミルヴィア様、私は良く周りが見えます」
ユアンの声が聞こえた瞬間、ヒヤッとしたけど、もう空気を震わすあの感覚も、心臓が打たれたように鳴る不安感もない。
「それは、『視界良好』をオンにしているからです」
「ああ…あの」
私がユアンの腕に、キスした時得た固有魔法。その代償として弱みを握られたけど、今のところ大丈夫そうか、とぼんやり考える。
頭の中でスイッチを思い浮かべ、パチンとオンにした。視界が晴れ、心配そうなコナー君の表情まで鮮明に見える。
ホントすごいな、剣の一族。
「大丈夫。行こうか」
「うん。でも、あとちょっとだから」
また歩き始める。しばらくするとコナー君が立ち止ったので、私も立ち止まる。私が立ち止ると、ユアンも立ち止まる。
コナー君がキイ、と音を立てて開けた扉は木製で、その先に広がる光景は私を驚かせるのに十分だった。
綺麗に灯った魔法光。それは石造りの地下室を照らし、その地下室にある多種多様な魔導具も照らしている。
銀色の、光を鈍く反射する首輪。小さな青の宝石が付いているその首輪は、恐らく犬用。青、赤、緑、紫、金、銀の色を持つ指輪それは光が当たる角度によって色が変わる代物だった。一つだけ、小さな、本当に小さな紫の宝石が埋まっている。
他にもかなりの種類の魔導具があった。魔導具は魔法光を反射して、地下室を更に明るくしている。
その光景は、綺麗と言うより圧巻で、壁を戸棚で埋め尽くされて真ん中にポツンとある机と椅子は、なんとなく寂しい。丸い机一つに対して、椅子は四つ。机が大きめなので、四人でも座れるだろう。
「す、すごい」
「これ全部、カーティス様のコレクションだよ」
「これを持ってるお兄様もすごいけど、これの管理を任されるコナー君もすごい」
「え、あ、ありがとう」
照れたように髪の毛を撫でつけるコナー君は可愛らしい。コナー君は照れるのを隠すように背中を向け、戸棚から三つ、丁寧に魔導具を取って机に並べた。
「ここ、お茶もあるんだ。飲もう」
「そうだね。ユアン、淹れて」
「あの、私はあくまで護衛であって、執事では…」
「いいから」
私に押し切られ、カップに魔法で茶葉を入れてお湯を注ぐ。そのやり方は丁寧だし、決して怠らないのは執事の、じゃなくて、騎士としての誇りなんだろうなあ。
その間に、私とコナー君は椅子に座る。私はコナー君と向かい合う位置に座った。コナー君が持って来たのはいずれも髪ゴムで、とても魔導具とは思えない。よーく見てみれば、髪ゴムの裏側に細っかい模様が描かれてるけど、〇を◇に書けばとんでもなく違う効果を発揮するのが魔導具。これを書くのは並大抵の事ではない。
「どうぞ」
やっとユアンから差し出されたお茶は知らないお茶で、ミントのような爽やかな香りを立てている。
ユアンは迷う事無く私の隣に座った。立つのが普通とか言ってたのはどこ行った。
「これ、何?」
「マドツだよ」
「まどつ」
「そう。いい香りでしょ?味も美味しいんだ」
「…へー…」
せいぜい歯磨き粉の味とかしないと良いけど、と心の中で思いながらお茶を口に含み、飲み込む。
ん?美味しい。香織は爽やかだけど、あっさりしてるだけみたい。甘すぎず苦すぎず、美味しい。
「じゃあ、僕は手入れをしながらだけど、話そうよ」
「お茶会だね!」
「地下室だけどね…」
普通テラスとかでするんじゃない?とコナー君が笑う。いえいえ、お茶と話が美味しければどこでもいいんですよ。
そこで私は、気になっていた質問を口にした。
「どうしてコナー君は、あんなに迷いなく進めたの?」
「えっとね、この髪飾りなんだけど」
コナー君が付けていた、目立たないけど綺麗な闇夜に光る三日月の髪飾り。それに触れながら、コナー君が説明する。
「これ、実は最初に地下室に入った時、絶対見えないと思ってトィートラッセで買ったんだ」
「トィートラッセで?」
「うん。知ってる?」
「私も、この腕輪を買ったんだけど…」
「どれ…」
コナー君が私の手首に触れる。こういうさり気ないボディータッチが出来る人は恋愛上級者だよね。コナー君もカワイイ系男子だから、お姉さん、好きになっちゃう。
そういえばこれ、ユアンから返してもらったんだよね。「プレゼントです」とか言われた。恥ずかしいとかじゃなくて、何だろう、むずかゆい感じがした。
「あ、これか。魔力循環を促す奴だよね」
「そう。良く知ってるね」
「だって一昨日にトィーチさんに見せてもらったから…あれ、知らない?」
「知らない知らない。十日間寝てたみたいだから」
「え!?どうして!?」
「あ、それは知らなかったか」
ユアンを見ると、容赦なく「使用人如きが知る事じゃありません」と言い放った。こいつ…嫉妬か、おい。
そこで、私は魔力が興奮していたから病院に行ったところまで話した。
「そうなんだ、災難だったね…でも、そこまで魔力が興奮してたら普通死んじゃうよ」
「え」
「なんで生きていられたのか、って、あ、これかなぁ。この腕輪、結構強固な素材で出来てるし」
嘘、私、これのおかげで生きてるの。何か買わなきゃ説明してもらえないって言うから買ったのに。すげー、当たりじゃん。私、運がいいのかな。こっちにもおみくじあるかな?あったら引きたい。今なら大吉が引ける。
「強固な素材って?」
「えっとね、これは多分頑虜の木かな。お屋敷にも、無いよ」
「へえ…?」
いまいちピンとこない私に、コナー君が説明を続ける。
「うんと、頑虜の枝は溶かして金属に融かすとすごく丈夫になるんだ。頑虜はね、魔力を元々蓄えているから魔導具にしやすい。ただし、あんまりないんだけど…トィーチさん、どこで手に入れたんだろう。採るのは大公様によって禁止されてるのに」
「大公様?」
「うん、テュビュイ大公様…知らないよね」
「面目ない」
「テュビュイ大公とは、私も会ったことがあります」
「え、ホント?」
まさかの会った事があるとは。ユアンの方を見てみると、いつもの笑みを浮かべながらユアンが頷いた。
「ええ、本当です。あまり感じの良い方ではありませんでしたね。ハッキリ言って生理的に受け付けやすい方ではありませんし、傲慢ですし、あの美しかったタロー川を埋めた方ですし。まあ、先代魔王様が許さずに途中で中断されましたけれど、おそらくあの大公を好きな人は居ません」
「大公様に対して、随分無礼だよね、ユアンって」
軽く不敬だぞ。不敬罪で罰せられても知らんぞ。
「魔王様の護衛ですから、不敬罪くらいで罰せられませんよ」
「ズルっ!」
ズルい!何その発言!前の発言通りの防波堤!酷い!
心の中で叫ぶ。コナー君を怯えさせたくないからね。
そんなコナー君は髪ゴムをすうっと撫で、たまに反対周りに撫でて、内側と、外側と、丁寧に撫でて行く。
「…何してるのか、聞いてもいい?」
「魔力を流して、循環を促して、少しでも過敏に反応したら、不具合の証拠。今のとこ、不具合はないよ。あと、定期的に魔力を流さないと、魔導具は劣化して使えなくなるから」
「そうなんだ」
それっきり十分くらい、コナー君の細い指先が髪ゴムを伝うのを見ていた。今日はコナー君の丁寧さに見惚れっぱなしだなぁと思う。ユアンも何も言って来ないし。
しばらく経つと、コナー君は指先を止めて目を上げた。
その、目の真剣さは、お兄様にもユアンにも私にもないほど、強く、何かに向き合うようだった。
閲覧ありがとうございます。
コナー君とのお茶会です。地下室にある魔導具は、ざっと数えても千は越えますね。
次回、お兄様との交渉です。




