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195 守る側と守られる側

 宿の一室に六つのベッドが並んでいる。無理を言って一つの部屋に詰め込んでもらったから、寝る以外のスペースはない。ベッドの上に寝転んでみると、さすが町一番の宿、柔らかくて寝心地が良さそうだ。

 私は宿で過ごす皆を見回した。皆思い思いに過ごしているけれど、一番目立つのは狐ちゃんだ。落ち込んだ様子で、ベッドの上で丸まっている。

 うーん、やっぱりアルトが言い過ぎたよね。後で叱っておこう。

 少年は、落ち込んだ狐ちゃんの隣で無言で座っている。


「……おい、アルト」


 少年が声を上げた。私の隣で澄ました顔をしていたアルトは、迷惑そうに少年の方へ視線を投げる。

 アルト、この前拗ねた時から感情表現が豊かになってきているような。いいのか悪いのか、どっちなんだろうなー。


「俺と出かけようぜ。そこらの街を探索しよう」

「やだ」

「これは決定事項だ。お前がどう思うおうが、ついて来てもらうぜー。保護者、いいだろ?」

「保護者って……いいけど、でも」

「じゃ、決まりだ」


 アルトが嫌なら、と続ける前に横入りされてしまった。

 不満そうな顔のアルトが、少年に続いて宿の部屋を出ていく。手を振って見送っていると、後ろで狐ちゃんが寂しそうに鳴いた。本物の狐っぽい鳴き方で若干の感動を覚える。


 さてと、二人は行っちゃったか。

 じゃあ私達も行こうか。


「エリアス、外、出よう」

「分かった」

「では、私もお供いたします」

「騎士は狐ちゃんの護衛をしていろ」

「私が先ほどの出来事について何も思っていないとでも? あんなことがあったんです。あなたについて行こうと思うのは当然のことでしょう」

「…………」


 正論だ。私の騎士として、付いて来ないわけにはいかない。それに違いはない。


「分かった。こういう考えでいこうよ」


 騎士として――なら、その肩書を引っ剥がせばいい。

 私は両手を挙げる。


「ここでは私は魔王じゃない。公爵令嬢でもない。同じように、ユアンはここでは騎士ではない――どうよ」

「それは通りませんよ」

「あれっ?」


 いい理論だと思ったのになー。


「ああ、いえ、その考え方は採用したいところですね。採用したうえで、私は騎士ではないのですから、あなたの命令は聞かなくていいのでしょう?」

「……そう来たかあ。分かったよ、命令じゃなくて、普通にお願いする。狐ちゃんを、守ってほしい。宿からは出ないって約束する。宿の中なら安全でしょ」

「――仰せのままに」


 よし。狐ちゃんを一人にするのはさすがに抵抗があった。怖がるだろうし、私と違って攻撃の手段を持たない子供が一人でいるのは危ない。

 さっきの出来事で、私も学んだ。


 人族領は危険だ。


 もちろん人族全員が危険と言っているわけじゃない。

 そして、魔族のように全員が善良ってわけでもない。

 警戒するに越したことはないだろう。

 私は二人に手を振りながら笑顔で部屋を出ると、外から魔法で鍵をかけた。中から出られないように、外から入れないように。


「お前にしては珍しく、焦ってるな」


 廊下の端っこまで移動してエリアスと向かい合うと、開口一番エリアスがそう言った。

 エリアスもこの状況を危惧しているらしく、鍵をかけることへの意義は唱えなかった。エリアスも珍しく、警戒を怠っていない。背後から近づいてくる従業員の足音すら聞き逃さないであろう事が分かる。

 私の方も、風の可視化で誰が来ても分かるように準備してある。


「エリアス、出発前に言ってくれたよね。『心配するな、俺が居る』って」

「ああ、確かに言った気がするな」

「そんな曖昧な認識じゃ困るよ。お願いがあるんだ」

「聞こう」


 エリアスが壁に背中からもたれかかって体重を預ける。反対に、私は身を乗り出した。


「狐ちゃんを守ってほしい」

「――ほう」

「狐ちゃんを守るのに、少年だけじゃ足りない。希少価値の高い銀色の髪の小さい女の子なんて、狙われるに決まってる――と、思う」

「銀髪は珍しいし、勇者と同じ髪色だ。攫おうと思う奴が出てきても、おかしくはない」


 自信がなかったけど、エリアスが言うって事はこの考えは正しいらしい。

 私は顔を上げた。


「一応守られる側としては、私とアルトと狐ちゃんってことになる。まず、私にはユアンがいる。癪だけどさ、ユアンがいれば私は平気だよね」

「そうだな」


 お、意外。無条件で肯定されるなんて、やっぱりユアンの戦闘力の高さは共通認識なのか。


「アルトは自分でなんとかできるでしょ? 招福も呪いもあるから。でも、狐ちゃんは――攻撃手段がない。得意なのは補助魔法だし、体力もないから走って逃げ切ることもできないと思う。そんな狐ちゃんを守るのに、少年だけでは足りない」

「…………」

「となると、守る側である少年、ユアンは手が埋まっちゃってる。ユアンなら片手間に助けることもできるだろうけど、私がピンチの場合そうしてくれるかどうか分からない。だから、唯一手が空いてるエリアスに頼みたい」


 言い切って、エリアスの回答を待つ。

 正直、受けてもらえると思ってる。断る要素はないし、エリアスの手が空いてるのは事実だ。保護者役として来てもらった以上、それぐらいは引き受けてくれるだろう。


「お前もあの猫族も、あいつばかり気にするんだな」

「へ?」

「なんでもない。出発前の会話を思い出しただけだ。……俺の力の及ぶ範囲なら助けてやろう」

「よっし! さすがエリアス、分かってるね!」

「ただ、ひとつだけ訂正させてもらおう。――俺の手は、空いていない」

「えっ? な、何かあるの?」

「ああ」


 それは困るぞ……。前提条件が覆っちゃうじゃないか。


「何があるの?」

「それは言わないが」

「言わないって何!?」


 言えない用事でもあるのかなぁ……。うわ、めっちゃ気になる。なんなんだろう。


「ヒントだけちょうだい?」

「クイズじゃないんだぞ」


 呆れられてしまった。だって気になるじゃん、エリアスの手が埋まってる理由とか。

 まあ、守ってくれるって約束してくれただけでも収穫って思った方がいいかなあ。うー、気になる。お医者さんとしての仕事かな、やっぱり。薬の採取とか、人族領で行われている医療を調べるみたいな? それとも、もっと別の理由……意外なところで女性関係とか。

 やばい。想像が止まらん。


「話が終わったなら、戻るぞ。早くしないと、ユアンが鍵を壊して出てくるかもしれない」

「ありそう……!」


 まあ、鍵かけたこと自体言ってないからそれは無いとは思うけどね。

 二人で部屋に戻る。鍵を開けて中に入ると、すっかり寝入った狐ちゃんと、座って宿に置いてあった本を読むユアンが居た。私達が入ると、すぐに本を置いて立つ当たり、さすが騎士というか。


「お帰りなさいませ。お話の方は進みましたか?」

「進んだっちゃ進んだ。狐ちゃん、泣いたりしてないよね」

「…………ええ」


 その一瞬の間が気になるんですけど。

 大丈夫かなあ。


「本当でしょうね」

「本当ですとも。それよりミルヴィア様、鍵を掛けるなら一声かけていただけますか?」


 バレてるし。

 なんで分かるんだよ。音とかしてなかったでしょ。


「ごめんごめん。でもよく思わないでしょ」

「はい。反対するので、声を掛けてください」


 なんだそれ。いっそ清々しいわ。一時的に閉じ込めた身としては何も言えないし、言うべきだったのは認めるから反論しないけど。

 私はユアンの読んでいた本を指さす。青い装丁で、結構分厚い。題名までは見えなかったけれど、表紙には剣を持った勇ましい男の子が描かれていた。


「どんな物語なの、それ?」

「ああ……つまらないお話でしたよ」


 ユアンはそう言って本を退けた。

 つまらない、か。ユアンが言うならそうなんだろうな。


 じゃあ必要ないし、風の可視化をオフにして魔力の節約を、と――お?


「ねえ、ユアン、なにそれ?」


 ユアンの周りにある、紫色の光を指さす。ふよふよと浮いてて、目の周りに特に集中していた。

 すっごい魔法使いっぽい光だな。


「それ、とは?」

「あ、ううん。なんでもない。気のせいだったみたい」


 普通に考えて、アレは可視化の一部だ。だったら他の人には見えてないに違いない。なら、下手に見えてることを公言するより、自分で解明しちゃった方がいい。

 もしかすると、見ちゃいけないものかもしれないし。


「じゃ、少年とアルトが帰ってきたら、また作戦会議と行きましょっかー」


 私はそんな風に言って、場の空気を持ち直させた。

閲覧ありがとうございます。

ミルヴィアは守る側でありたいと思いながらも、皆の中では守る側なんだろうと諦めましたが、狐ちゃんの事は守るつもりです。

次回、撃退します。

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