194 ふれあい
人族の村は予想以上に栄えていた。村というより、町と言った方が正しいか。
そこかしこにある酒場は閉まっていたけれど、開いているお店からは活気が溢れていて、行きかう人間みんなが笑顔だ。
なんというか、予想と違った。
魔族が平和すぎるせいで、犯罪が起こるという人族はきっと野蛮人が多いんだろうなあと思ってたんだけれど、全然そんなことなさそう。優しそうなお母さんも、豪気なお父さんもいる。
一瞬、地球に戻ってきたような錯覚に包まれた。
「ミルヴィア様?」
「っ、まお……ああ、なんでもない」
呼び方を指摘しようとして、慌ててとりやめた。ここでの私は魔王じゃなくて、公爵令嬢ですらない。ただの一人の人間としてのミルヴィアなんだ。
私の正体を知っているのは五人だけで、他の人達は私を知らない。
その事実がなんとも不思議で、違和感に首を傾げる。
なんでだろ。
あれかな、もう魔族領じゃとっくに私の事が知れ渡っちゃってるからかな。
私たちはまだ、町の家々の間にある路地裏にいた。こちらから人族を観察できても、あちらからは暗くて見えないと思う。ひそひそ話しながら向こうを伺う姿は、不審者にしか見えないだろうから、見つからないのは僥倖だ。
とはいえ、ずっとここにいるわけにはいかない。
「なあ神楽。そろそろ変化しろよ。見つかったらヤバいぞ」
「あっ。忘れてた」
すぐに『変化』で、金髪で金色の目に変える。魔力がごっそりすり替わったのを感じた。うおぉ……魔力少なっ。一回やった時はそこまで危機感なかったけど、いざ人族領で使うと怖いな。
可視化はできるな。『温暖火』は……厳しいかなあー。町の中じゃ魔法を使う機会も少ないだろうから、それだけが救いといえば救いかな?
「お前、意外と金髪似合うな。さすが、カーティスの妹だ」
「そう思う? 嬉しいねえ。褒め方が分かってるねえ」
お兄様に似てるだなんて、どんな文句よりもいい。前は褒めてくれなかったけど、今日は褒めてくれるのね。嬉しいなあ。
「おう、お嬢ちゃん達。ガキがこの町に何の用だよ」
私がデレデレしていると、上から声を掛けられた。見上げると、巨大な体躯の男性が三人、私の前に立っている。騎士がさっと前に出て、エリアスが警戒する。
……この人たち、人族なんだよね? だとしたらエリアスも騎士も百歳ぐらい年上だと思うよ?
今の騎士は私服に剣だけを下げている状態で、一目で騎士とは分からない。エリアスも同様。狐ちゃんも少年も、耳と尻尾を隠している。
つまり全員が正体を隠しているわけだ。正確な年齢なんて分からない。
路地裏に入って来た三人衆は、ニタニタ、厭らしい笑顔を浮かべながら見下ろしてくる。
小柄な男と、大柄な男と、ローブを被った男だ。
大柄な男が真ん中に立っていて、しかも騎士より背が高いからか圧迫感があった。騎士みたいなすらっとした感じじゃなくて、筋骨隆々でいかにも大柄だからかもしれない。
「お前らみてえなちっこい奴らが上手くやって行けるような街じゃあねえよ。とっとと帰んな」
「私たちは」
私が前に出ようとしたら、少年に肩を掴まれる。驚いて振り返ると、少年は視線を男たちに向けたまま小声で囁く。
「今のお前は魔王じゃないんだぞ。あんまり目立つな」
「……分かった」
私は矛を収めて、この場の処理をエリアスと騎士に任せる。
ちょっと悔しいけど、この二人ならうまくやってくれるだろうし、変に刺激しないほうがいいか。
「俺達は王都へ向かっている。その途中で宿を取りたいだけだ」
「ハッ。ガキが、言うじゃあねえか。ここはな、坑道で一攫千金を狙う奴等がはびこってるところだぜ? お前らみてえな貧弱な連中は、実力者に一瞬で身ぐるみ剥がされるぞぉ?」
「――それは」
騎士が、一歩、前へ出た。
「あなた達の事ではないですよね?」
ゆったりと、笑う。剣を抜いてもいないのに、まるで騎士自身が抜き身の剣のようで。
背筋が凍った。いつもの笑顔の中には殺気と威嚇が混じっていて、会って間もない頃、あれが私に向けられていたことを思い出す。
男三人も、それなりに武道に通じていたのか顔を引き攣らせた。それどころか、足がガクガク震えて、今にも膝をつきそうだ。
やりすぎ。可哀想になるわ。
エリアスも呆れてるじゃん。
「ち、違ぇよ」
「ああ、よかった。そうですよね。こんなところで乱闘沙汰なんて、困りますから」
ふっと力を抜いた騎士の笑顔は、まるで好青年のよう――無理だ。もう好青年に見えない。どう見ても獰猛な獣が人間の皮を被ってるようにしか……
「どうかなさいましたか?」
「なんでも!?」
いきなり話を振られて裏返った声で答える。こんな時に読心術発揮しないでくれます!?
「それでは失礼します」
私がわたわたしていると、騎士がすっと私の手を取って歩き出す。
ちょっと、何ナチュラルに手繋いでるのさ。
「……おい。こいつだけでも攫うぞ」
耳に入って来た言葉の『コイツ』が指す人物が誰なのか、それは分からなかった。理解する前に、騎士の手を振り解いた。驚く騎士を尻目に、回し蹴りを大柄な男にぶち込む。そのまま、倒れた男の上に跨って短剣を抜き、ローブを被った男の足をいつでも貫けるように充てる。
男たちが固まって、何もできずに口を噤んでいた。
ごめんね。本当は脅すつもりなかったんだよ?
でも大事な大事な友達と弟に手を出されそうになったら――ちょっとね。
「辞世の句でも詠む?」
「――っ」
相手は私の言ったことが分かったのかどうなのか、必死に頭を振って否定する。
「す、すまねぇ。もう二度とあんたらにゃ関わらんから、どうか、どうか」
小柄な男が懇願する。子供に懇願なんてみっともないなあ。
……いや、大の大人を二人組み伏せたんだから、これぐらいするか。騎士の事言えないわ。やりすぎた。
「ミルヴィア、もういいだろう。何を聞いたか知らないが」
「んー、そうだね。どうぞ、行って」
エリアスに制止されて、二人を解放する。
「ッ」
ささっと、三人は走ってどっかに行ってしまった。もうちょっと脅してもよかったんだけど、というかむしろもっともっと痛めつけた方がいい気がしたけど、まあいいか。
許してやろう。エリアスの恩赦に感謝するがいいさ。
「……人族って、あんな、なの?」
狐ちゃんが、震えた声で言った。驚いて振り向くと、涙目で縋るように私を見る狐ちゃんがいて。
あ、怖がらせちゃったな、これは。
私がやりすぎたせいもあるかなー。やっちゃったなー。
「ろ、路地裏に居るだけで、襲われるの? お、おかしい……攫うなんて変、なの」
「狐ちゃん、何回も攫われそうになってたじゃん」
「でも! お兄ちゃんがいるところでは襲われないし、こんなに町に近いのに襲われるなんて、おかしいの」
「そう……だけど」
私としては、魔族の一種であるエルフもコナー君を攫ったことがあるし、人族だけに限った話じゃない気がする。
人間だって似たようなことしてるし。
平和な日本ですら殺人事件が起こってたぐらいだからね。
「逆に、どうしてミルヴィアは平然としていられるの? 怖い……の」
「いや、多分今のは子供が多いから狙われただけだよ。大丈夫、人目があるところに行けば多分襲われないから」
「だからって!」
「落ち着いてよ、狐ちゃん。大丈夫だって。私もいるし、騎――ユアンも、エリアスだっている。それに何より、少年が守ってくれるよ」
「ミルヴィアは、自分が狙われてたのに何も思わないの? 私とミルヴィアが危なかったって言うのに、いつも通りなんておかしいの!」
あ、私もだったんだ、狙われてたの。
狙われてるのが私とか、候補にすら入ってなかったわ。
千里眼で見えたのかな。
「私も狙われてたなら余計大丈夫じゃん。ね、落ち着こうって」
「悪意にさらされて平気なんて、変なの! どうしてそんなにミルヴィアは――」
「狐のお姉ちゃん、うるさい」
氷がひび割れるような音がして、時間が静止した。
「ごちゃごちゃごちゃごちゃ、まもってもらったくせに、うるさい」
「アルト」
「何もしてないくせに」
「アルト!」
アルトの肩を掴み、強引に私の方を向かせた。
「やめろ」
アルトは一瞬驚いた後、ふいっとそっぽを向いてしまった。
私は溜息を吐いて、狐ちゃんに頭を下げた。
「アルトが変なこと言ってごめん」
「……いいの。その通り、なの。私の方こそ、ごめん……なの」
狐ちゃんが泣きそうな顔のまま、少年と手を繋いだ。少年はきつく手を握り直して、街の方を顎で示す。
「行こうぜ」
「そうだね。……エリアス。後で」
「ああ」
笑顔で少年に同意した後、エリアスに約束を取り付ける。何も言わずに引き受けてくれる当たり、さすがだねえ。嬉しい限りだよまったく。
その後町一番に大きい宿を取ったんだけど、身分確認されそうになるわ、アルトがイライラしてるわ、めちゃくちゃ大変だった。身分確認はどうにか誤魔化して、アルトは宥めすかしてどうにかしたけど。
前途多難。狐ちゃんの落ち込んだ表情を見ながら、それしか思い浮かばなかった。
閲覧ありがとうございます。
ふれあいにしては過激だった気がしますが、魔王御一行なんで、まあこんなものですよね。
次回、分かれて行動します。




