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193 到着

 歩くこと数十日……体感的には一か月ぐらい歩いていた気がするんだけれど、正直数えていなかったからよく分からない。

 途中で持ってきた食料が切れて、自給自足(山にいる動物を狩る)になって、お世辞にもおいしいものを食べられたとは言えない。満足できていないから、ものすごくあの公爵家での食事が懐かしい。

 丸焼きでもお腹は膨れるんだけどさあ……いかんせん調味料がないんだもの。


 あと思い出深いのは、一度だけ、かまくらを作らなかった時がある。外で土を固めて床をつくって、その上に動物の毛皮を加工した寝袋もどきを敷いて、皆で星を眺めながら眠った。発案は、当然私。皆気に入ってくれたみたいで、その後夜中に吹雪に見舞われなければ最高の夜だった。

 狐ちゃんなんか、興奮して眠れてなかったしね。

 そのおかげで吹雪の気配にいち早く気付けたんだけど。

 エリアスが意外と乗り気だったのは意外だった。


 この他にも魔物に襲われたり魔獣に襲われたり雪崩に巻き込まれかけたりと散々な旅路だった。雪崩が一番きつかったので、やっぱり自然の脅威ってのは恐ろしいな。

 日本にいる時も痛感していたけど、命の危機に瀕したのはあの時だった気がする。地形が変わるくらいの雪崩だったから、途中で地図が役立たずになったのも旅を長引かせた要因だ。


 ……と、まあ色々な経験を積んでしまったせいで、私の体調は最悪だった。


 なだらかな斜面。雪がまばらになって、岩肌が覗いている。地面を踏みしめると、雪の時よりもずっとしっかりとしていて、安心感が桁違いだ。つまり、山の麓まで来たことを意味している。


 これ、最初に大量の雪を見た時とはまた別の興奮があるなあ。

 終われる、という確かな感覚。

 ここ数日はテンションもかなり落ちて黙々と進んでいたから、このタイミングではしゃげる体力も残っていない。


「ミルヴィア様、あと少しの辛抱です」

「魔王だ……いや、もうどうでもいいか」


 励ましてくれる騎士に虚勢を張る体力すらない。

 私がここまで追い込まれるのは、皆も私も想定外だった。

 今ではエリアスが指揮を執って休憩の回数も増え、今や息も絶え絶えな狐ちゃんは少年が肩を支えている。アルトは私に気を遣うのではなく、周囲の魔物を思い切り退けることに尽力していた。騎士は私をたまに支えたり、休憩の時に全員に気を配っている。

 何気に騎士が縁の下の力持ち的な役割を果たしてるのが意外だった。

 私がやるべきところを、皆がちょっとずつフォローしてくれてる感じだ。


 ……情けない。これぐらい気合で吹っ飛ばして、笑顔で歩くべきなのに。

 ああ、そういえば、血を吸ってないな。それも原因の一つなのかな。

 でも、この状況で血を吸ったら吸われた人が貧血になりかねない。山を下りるまでは我慢しよう。


「マジであとちょっとだぞ、あとちょっとで着くから、二人とも頑張れ」


 疲労が蓄積された心は、優しい声に応えようとしない。

 ごめんよ少年。頷くだけで勘弁しておくれ。


「騎士の、お兄さん」

「? なんでしょう」


 アルトが騎士に声を掛ける。少し不本意そうだった。騎士はいつも通り笑顔で対応する。疲れが見えないんだけど、何だコイツ。化け物か。


「まものは、いる?」

「ここらは脅威になる魔物はいません。魔獣はちらほらいるようですが、私一人で捌ける程度です」

「……まかせても、いい?」

「ああ、もう大丈夫でしょう。ここまで堪えてくださって有難い限りです」

「……よくいう」


 アルトの舌打ちが聞こえた気がする。

 いやあ、幻聴まで聞こえるとは、いよいよヤバいかな。


「お姉ちゃん、障害避けの招福をきって、お姉ちゃんの……疲労回復に、つかう」

「何、言ってるんだ。私は大丈夫だから、あと少し我慢すればいいだけなんだ」

「騎士のお兄さんが……だいじょうぶ、って、言ったから。もう少しの我慢は、いらないよ」


 ふっ、と、体が軽くなる。内臓を引っこ抜かれた気分で、拍子抜けして尻餅を突いた。


「おい、神楽!?」


 少年の神楽呼びにも慣れたなあ、と思いながら、立ち上がる。手を見つめて、ぐーぱーを繰り返す。さっきまで重かった指先が嘘みたいに軽い。


「うわ、ほんとに治った」

「はあ!? な、治った!?」


 少年が声を荒げたけど、すぐに狐ちゃんが顔をしかめたのに気が付いて小声で続けた。


「治ったってどういうことだよ」

「お姉ちゃんに、疲労回復の、招福をかけた。どっかに、いっちゃった……はずでも、今どっかいっただけで、あとでいっきに、くる」

「なっ、じゃあ妹にも――」

「もうむり。お姉ちゃんにつかった。しばらく、招福じたい、つかえない。だから魔物がいなくなるまで、つかわないで、我慢してた」

「なんだよ……ッ!」


 結局優先されるのは私なのだ。アルトが私に懐いているからしょうがないとはいえ、少年の悔しさは尋常じゃないんだと思う。

 で、さっき騎士が言っていた「堪えた」っていうのは、アルトが苦しそうな私に疲労回復をかけたいのを我慢して障害避けに使ってくれたことに関してか。

 なるほどなあ、騎士もよく見てるや。


 その場でぴょんぴょん飛び上がったり、ラジオ体操第一を軽くやってみる。私史上一番の体調の良さかもしれない。


 って事は、だよ。魔法も使えるんだよ。かまくらが四分の一くらいに縮んで皆には不自由な思いをさせたけど、今は東京ドームくらいの大きさも作れそうだ。

 魔力がバリバリみなぎってる。


「魔王様であればあの方のケアも忘れないのですよね?」

「当然だ。それぐらい、やるさ」


 狐ちゃんの傍に行く。クマもできているし、息も荒い。何度か風邪になって、そのたびにエリアスに治してもらっているんだけど、それも狐ちゃんの魔力が少ないから負担になっているらしい。

 私は狐ちゃんの手を握った。


「今まで頑張ったね。もう我慢しなくていいってさ」

「……どう、いう、意味なの」

「そのままの意味だよ」


 しばらくやってなかったけど、さて、どうだろう。

 疲労を私が一手に引き受けるための、疲労軽減を、かけた。


「!」

「うっ」


 とんでもない量の負担が、一気に私にのしかかる。すぐになくなったけれど、これほど疲れていたのかと思うと、狐ちゃんの同行すら間違っていたのではと危ぶんでしまう。

 なにせ、帰りにもう一回ここを通らないといけないんだから。

 一生人族領で暮らすとか言いかねない。


「わー! すごい、すごいの魔王っ、じゃなくて、ミルヴィア、すごいのっ!」

「うん、わかった。分かったから、落ち着こうか」

「……あとで、疲労はもどってくるって、いったのに」


 ごめんよアルト。でも、後々宿でゆっくり休める時に、私が眠りこける方が、歩かなきゃいけない今辛いよりもいいでしょ?

 それに私は魔王だからね。

 自国民は大事にしないと。


 何より、騎士が促してきたんだもの。びっくりしたけど、その通りだったからやってみた。

 にしても。


「アルトの招福はすごいな。お礼を言い忘れていた。ありがとう、アルト。これでなんとか進めそうだ」

「……うん」


 アルトがちょっと嬉しそうに頷く。頭を撫でてやったら、かなり嬉しそうだった。


「おいミルヴィア、さっきそいつが言っていたように、疲労は後で来る。恐らく一日ぐらいか。それまでに降りるぞ」

「えっ、もうそんなに進んでたの?」

「近くに鉱山があったはずだから、そこそこ栄えてはいるはずだ。宿のある村ぐらいはあるだろう」


 エリアスが平然と言ってのけた。

 私の意識がぼーっとしてる間に、結構進んでたんだな。魔物がいなくなったのも納得。


「さあ、進みますか!」

「おー、なのー!」

「また飛ばすとろくなことにならないぞ」


 少年の至極もっともな言葉を聞きながら、私は意気込みだけは立派に歩みを進めた。



 ――そして、歩くこと数時間。


 私たちは、人族の村に到着した。

閲覧ありがとうございます。

アルトの招福は疲労を先送りするようなものなので、後々辛くなりますが今辛いよりはマシだろうと判断したようです。

次回、人族とのふれあいです。

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