呪いの部族編 優しさと甘さ
お姉ちゃんは優しい。優しいけど、優しすぎると、猫のお兄ちゃんは言う。
騎士のお兄さんが出て行った。お姉ちゃんを裏切ったと、夢魔のお姉ちゃんから聞いた。
騎士のお兄さんを拾った。それはおかしい、お姉ちゃんを裏切ったのに、お姉ちゃんは気にしてないんだ、優しさだけで拾ったのだ――と、みんな思ってる。
でもお姉ちゃんのそれはきっと優しさじゃない。騎士のお兄さんが離れていったのが悔しかったから、拾える機会があったら拾う。それだけ。優しさじゃない、ただ自分がしたいことをやっただけで、お姉ちゃんのやりたいことが、周りから見れば優しさだっただけ。
お姉ちゃんは違うと言うかもしれない。
でも、ぼくは、お姉ちゃんは優しくないと思う。
「アルト?」
お姉ちゃんがぼくを見る。ふわふわの雪が溶けてしまいそうなくらい、眩しい笑顔だった。
ぼくはふーっと息を吐いた。
登山開始から四日目、狐のお姉ちゃんはへとへとで、休憩の回数も増えていた。毎回毎回、休憩のたびにお姉ちゃんが派手なかまくらを作ってるんだから、疲れないと思うんだけどな。
体力、ないな、あの人。
「アルト、疲れたなら、休むか?」
「だいじょうぶ」
お姉ちゃんがお医者さんに時間を聞く。四時ごろ。まだ雪山は太陽の明かりで照らされてる。猫のお兄ちゃんが言うには、そろそろ難所も超えるらしい。
お姉ちゃんがたまに飛んで様子を見てくれるお陰で、危険な場所は避けて進むことができるから、これまでそれほど苦労はしなかった。
襲われた時以外。
やっぱりぼくの招福、必要なんだ。
お姉ちゃんの役に立ててると思うと、嬉しくなる。
「うーん、またかまくら作って、休もうか」
「大丈夫なの。いいから、進むの。早くしないと、遅くなるの」
「別に急いでないしいいじゃん。おい、騎士。そこらに敵は?」
「いませんよ」
「じゃあ休もう」
多分お姉ちゃんは、狐のお姉ちゃんが強がってるのに気づいてる。
それは優しさじゃなくて甘さだなって、思う。
お姉ちゃんが慣れた手つきでさっさとかまくらを完成させて、その中に仕切りを作って、満面の笑みで「完成!」と叫んだ。お姉ちゃんの底なしの体力を羨むように狐のお姉ちゃんが視線を投げてる。騎士のお兄さんが微笑まし気に見てる。
ぼくはお姉ちゃんの手を握った。そのまま、かまくらの中に入る。当たり前のように机と椅子があった。
「……ご無理なさらないように」
「平気だ」
本当に平気そうな顔で言うんだから。
この前、ぼくが機嫌悪くなった時、お姉ちゃんはすごく慌ててた。
あの夜、お姉ちゃんと騎士のお兄さんが何をしてたのかは、あんまりよくは見えなかったけど、きっと秘密の事だったんだろうと思ってた。
それで、カマかけたらお姉ちゃんは慌てるし騎士のお兄さんは顔逸らすし。
ほんと、気分悪い。
気分悪いから、招福を再開した後も騎士のお兄さんにだけ招福が行き届かないようにしてたのに、気合で乗り切ってるし。
あの人おかしいよ。
「――なあ呪いの部族」
「なに?」
猫のお兄ちゃんが笑う。いつも、心の底から楽しそうに笑ってる。この人以上に感情を表に出せるの人はいない。素直なんだ、きっと。
「差別はよくねぇよ」
「……わかった」
なんで分かるんだ。
きっとお医者さんも分かってて黙ってるし。狐のお姉ちゃんは、招福の範囲ぐらい見えてるだろうし。気付いてないのはお姉ちゃんくらいだ。
やっぱり甘いよ、お姉ちゃん。
仲間のこと信用しきってたら、そのうち、足元掬われちゃうかもよ?
「何それ? 何の話?」
「はー、魔王、お前ってとことん疎いよなあ。なんつーか……馬鹿真面目? ていうか馬鹿?」
「酷くない!?」
お姉ちゃんが頭に疑問符を浮かべながらぼくを見た。ぼくの事、これっぽっちも疑ってない。うん、それでいいと思うよ。
お姉ちゃんが誰かを怒るのは、身内を傷つけられた時くらいで、いいかな。
というより、お姉ちゃんには、怒りの感情とかいらないのかもしれない。
……でも、なくなっちゃったら面白くないか。
とっておいてあげよう。
長めの休憩を挟んで、かまくらを跡形もなく壊してからまた歩き出す。あれだけしっかり作っていたら壊すのだって簡単じゃないはずなのに、お姉ちゃんは軽々とやってのけた。たまにお姉ちゃんが「もっと大きい魔法ぶっ放したいなー」とか言ってるんだけど、お姉ちゃんが本気で魔法をぶっ放したら、公爵家ぐらい軽々と壊せちゃうんじゃないかな。
ぼくはよくお姉ちゃんを見ているから分かるけれど、足場の悪い雪の上を進んでいても、お姉ちゃんは可視化の訓練に勤しんでいる。『温暖火』での魔力の消費も馬鹿にならないのに、才能と努力を掛け合わせると恐ろしいことになるんだな。
「どうした、アルト」
じーっと見ていると、お姉ちゃんが訝しそうに聞いてきた。ぼくは首を振って答える。
「……何かあったらすぐに言うんだぞ。私が皆を守るからな。こうみえて結構強いんだ」
にこりと笑って、ぼくの頭を撫でる。
みんなを守る、か。お姉ちゃんはそれが出来るんだよね。強いから。
強すぎるぐらいなのに、お姉ちゃんは訓練をやめない。いつも剣も魔法も磨いていて、苦にも思っていない。
「お姉ちゃんは、どうして、そんなに……強くなりたいの?」
単純な疑問をぶつけた。理解できなかった。ぼくにとって意味のある行為は生きるための行為だけで、ただ立場に甘んじていれば生きながらえることができるお姉ちゃんの訓練に、意味を見出せなかった。
「私はいつか勇者と戦う。その時に、絶対に負けたくないんだ」
「……どうして?」
「はは、負けること自体が嫌だし、それに……――もう、二度と死にたくない」
最後の一言には嫌な力がこもっていて、決意に満ちていた。
そうか、お姉ちゃんにとって、弱いことは死ぬことなのか。
「みんなに会えなくなるのも、辛いからな」
固かった表情を一変させて朗らかに言った後、ぼくの手を握り直し、力強く地面を踏みしめた。
みんなに会えなくなるのが嫌、なんて、後付けの理由だというのがすぐにわかるくらい、『死にたくない』という言葉は強かった。
強くなりたい、死にたくない。
お姉ちゃんの願望は、驚くぐらい単純だ。だからこそ。
「……ぼくを近くにいさせるのも、死にたくないから……?」
そんな疑念も、出て来てしまう。
ほとんど吐息に近くて、声にならなかったぼくの呟きは聞こえなかったみたいで、お姉ちゃんは反応しなかった。
それでも、ぼくはお姉ちゃんのことが大好きで、大好きなお姉ちゃんの傍に居られればいいから、どう利用されようと構わない。
でも、だとしたら……。
やっぱり、お姉ちゃんは、優しくなんてないんだ。
閲覧ありがとうございます。
呪いの部族編です。アルト目線はずっと書きたかったのですが、難しいですね。
お姉ちゃん(ミルヴィア)にべったりなアルトですが、大好きなだけじゃないというのが伝わればいいなあと思っております。
次回、やっと人族領到着です。




