192 呼び名の重要性
進む途中、犬から奪った羽を集め、ふわふわの部分だけを集結させたコートをアルトに着せてやる。羽毛のコートって、羽が舞ったりするのが難点だったりするけども、操作魔法でしっかり縫い合わされたコートはそんなことない。
うんうん、我ながらいい出来だ。職人になれるんじゃないかな!
ついでに、狐ちゃんにも作ってあげる。
ものすごく嬉しそうだった。
そりゃあね?
ずっとノースリーブにレインコートとか、どんな拷問だよって。
にしても、ただでさえ白い肌に白の髪なのに、全身真っ白なコートに身を包んじゃったらもう雪と見分けがつかないよ。
狐ちゃん一人で遭難したらどうしよう。
アルトは暖かいコートをもらって、ほくほく顔だった。本当に表情豊かになったなあ。嬉しいけど、ラアナフォーリなのに感情芽生えちゃっていいの?
駄目じゃない? 種族の特徴がなくなっちゃったよ?
全員の服装も暖かいものになったところで、晴れていた空にも若干の陰りが見える。うん。防寒服作るタイミング的にはばっちりだったんじゃない?
さてと、いろいろ終わったことだし、ちょっと疑問に思ったことを少年にぶつけてみましょっか。
「ねえねえ」
「なんだよ」
アルトの招福があって警戒を解いている少年に近付く。アルトが不満げについてきた。
べったりだねえ。嬉しいけども。
「少年、私の事魔王って呼ぶじゃん」
「おう」
「でもそれ、人族領ではマズくない? 魔王ってバレちゃうじゃん。あだ名だって言っても、多分許してくれないよね?」
少年が、一瞬困った後に沈黙を選んだ。
魔王なんて呼び名で呼ばれる人が居たら、種族がなんであろうと捕まるに決まってる。どうやら人族領は厳しいらしいし、万全に万全を期さないとね。
私はにやにやしながら詰め寄る。少年が一歩引く。
「名前で呼んで」
「嫌だ」
「なんで!」
そんなに嫌か!
いくら嫌だからって、即答されると傷つくんですけど!
くそー。私にしてはまともな要求だというのに、突っぱねられた。
「もしかして恥ずかしいのー? 少年ってうぶなんだねー」
「おりゃあなのっ!」
「わっ」
狐ちゃんの弱々しいパンチが飛ぶ。余裕で避けて、頭を撫でてあげた。狐ちゃんも避けられるのは分かってたらしい。
うーん、肉弾戦じゃ私には勝てないな! 魔法でも負けない気はしてるけどね。
当の少年は少し顔を赤くしてる。あれ、からかうつもりだったんだけど本当に照れてた?
可愛い。母性本能、くすぐられる。撫でであげようかなー。
引っ掻かれそうだけど。
「お兄ちゃんを馬鹿にしたら許さないのっ!」
「ごめんごめん。それに、狐ちゃんもだからね? ミルヴィアって呼んでくれないと困ります」
「……ミルヴィア」
「おっ、ほんとに呼ぶの」
あっけない。それに呼び捨てなんだ。ちゃん付けとかじゃなく。顔赤くもしてないし、さらっと言ったねこの子。
えへー。
思わず顔がにやける。
「血をあげておいて今更何言っても無駄なの。……なんなの、気持ち悪いの。にやけないでほしいの」
「嬉しいんだよ」
「魔王って、意外とこみゅ力高い方だと思うの」
え、冗談やめて。
前世のトラウマが蘇る。久々に。
友達いなかったんですよ。
だって、最初は魔王だからって警戒されてた、っていうか嫌われてたのに、名前で呼んでくれるまで親しくなれたとか、すっごい嬉しいじゃん。
やったー! 親密度アップイベント!
「少年は?」
「俺はやめておく」
「やめておくとかじゃなくてー」
「呼べるわけねぇだろ!」
「必要だと思うけどなあ。ねえ、エリアス?」
「……厄介ごとを避けたいなら必要だろうな」
こういう時、エリアスは面倒で私に賛同してくれるのは分かってるのです。
エリアスという、行動の指針になっている一人に勧められて、少年がきまずそうにする。
ふっふっふ、はっはっは! さあ、呼びたまえ。
ミルヴィアと!
「……か……神楽……」
少年が、真っ赤な顔で言う。
どうした。
私の見てないとこで頭でも打った?
後ろで騎士が、笑みを保ったまま不機嫌になる。アルトに至っては露骨に嫌そうだった。
いや……もう何も言わんけどさ。
「……神楽」
二回目。さっきよりはっきりした発音。
騎士の殺意が膨れる。アルトが強く手を握ってきた。二人については、エリアスも諦めてる。ため息もつかないし呆れもしないって、相当だな。
私のおかげで耐性が付いたようだね。お疲れ様。
さあ、騎士とアルトは狐ちゃんを見習いなさい。平常心ですよ。
大好きなお兄ちゃんが他の女の人を真名で呼んだのにですよ?
「お兄ちゃんの一番は私なの。知ってるの」
「あ、そういうこと」
兄妹の絆が思った以上に強かった。すげぇ。
そしてさり気なく狐ちゃんまで心を読み始めているというね。
まずい、私のプライバシーが。
……っと、プライバシー問題は後にして。
「神楽って呼ぶなんて、どういう風の吹き回しなの? 絶対呼ばないと思ってたのに」
「眷属の真似事でもしてやろうかと。どうせ血ぃ吸われてんだし、真名を唱えられなかったから眷属じゃねぇけど、何か起きるかもしんねえだろ」
眷属の真似事かー。
少年って意外と好奇心旺盛だし、やってみようと思ったのか。
「で、何か効果あったりする?」
眷属でもない人に真名を呼ばれても、私の方は何も思わなかった。強いて言うなら『少年がおかしくなった』とは思ったけど。
「いや、別に何も。ただ、ちょっと違和感っつーか――あー、違え。逆だ。ミルヴィアって呼ぶより合ってんなあって思った」
「まあ、真名だからね。合ってるって思っても不思議じゃないか」
さり気なくミルヴィアとも言ってくれましたね。
出血大サービス。
「っあー、癪だ。なんで俺が魔王の事神楽なんて呼ばなきゃならねぇんだよ」
「私はミルヴィアでもよかったけどね? 少年が言ったんじゃん?」
「くそ、やめときゃよかった」
「……変えるの、呼び方」
今まで黙っていたアルトが、いつもの無表情で言う。ただ、目が笑ってる。
おっと、これは……。
何かしらのスイッチが入ったみたいだ。
「いくじなし」
「――っ! 変えるわけねぇだろ!」
「そっか、男の人だもんね。二言、ないもんね」
「当り前ぇだろ!」
少年、煽られてるの分かってる?
それとアルト、いつからそんなの憶えたの?
まったく誰に似たんだか。
「お前だろう」
「うん? どうした? 私には何も聞こえなかった」
「だから、冗談抜きでミルヴィアだ。いいか、あいつはお前から感情を食べてるんだ。影響されるならお前だろう。厄介な感情まで譲ったな」
「そうなるんだ」
私としては弟みたいな感覚だし、お姉ちゃんに似てくれるのは素直に嬉しい。
お姉ちゃんっ子になるのかなー、アルト。
「……お姉ちゃん、お姉ちゃんは、あの人のこと、すきじゃないよね」
「いや、友達だからな。好きだぞ」
「なら、真名でよんだら、好きじゃなくなる……?」
「そんなことはないと思うぞ。関係は変わらないからな」
「……じゃあ、むだか」
アルトが残念そうに放った最後の言葉は、不穏すぎて、ちょっといただけない。
この子、私が少年を嫌いになるかなと思って真名で呼ばせたってことか。
いやいやいや、待って待って待って。
ちょっと、そこまでお姉ちゃんっ子になれとは言ってないんだけど?
危ない方向に行ってませんか、あなた。
「責任をもって監視しておけよ」
「エリアス、私には重いです。一緒に背負ってくれませんか」
「俺は関係ない、一人で重荷でも何でも背負ってろ」
ですよね。
まあ、今のところ害はないし、いい……かな?
うん、いいってことにしておこう。
そうしておかないと怖い。
閲覧ありがとうございます。
二人の魔王呼びは人族領ではまずいので、こうなりました。
次回、アルト視点での本編となります。




