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191 連係プレー

 アルトの説得は諦めた。今日一日くらい、戦いながら進んでもいい。また夜に拠点を作った時にでも説得する。

 アルトの招福がないと、魔物が尋常ないほど追ってくる。

 騎士の威圧にも慣れちゃったみたい。


 魔物を切り捨てるたび、魔石を取り出してるんだけど、魔石も持ちきれなくなってきた。

 ここら辺の魔物は大方氷の魔石で、発動させると標的に向かって氷塊が飛んでいく。なので、魔法が使えないアルトと、攻撃系をやるとすぐに魔力が尽きちゃう狐ちゃんに二つずつ渡しておいた。

 これで最低限の護身は出来ると思う。


「魔王、こっから結構な大物出てくるけど、平気か?」

「もちろん。頑張ろうねー、少年」

「気軽すぎるだろ。俺にはお前の感覚が理解できねぇよ」

「騎士とエリアスがいるってだけで安心感が半端なくてさ。少年も、なんだかんだ戦ってくれてるし」

「魔王の周りには便利な奴が多すぎ」


 そうかなー、そうかもなー。

 私も含めて、便利な奴だと思う。

 私なんか雪を素材に家作っちゃうし。便利屋以外の何物でもないね。


 可視化の練習を積みつつ進む。今は、少年が隣にいて、後ろにエリアス、アルト、狐ちゃん。騎士は魔物が出て来次第さっさと始末する。

 頼りになる。

 魔王として嬉しい限りだね。


「――ミルヴィア」

「うん」


 エリアスが、少し青くなった顔に手を当て、視線を巡らせる。騎士もその様子が気になったのか、眉をひそめた。

 どした?


「飛んで様子を見て来い。北西の方向だ。嫌な予感が――する」

「……ふうん」


 エリアスの嫌な予感は当たる。さて、行こうか行くまいか。

 このパーティは、肩書だけ見ていれば『魔王率いる魔族パーティ』になるんだろうけれど、実際は違う。

 全員、バランスよく、足並み揃えて進んでいる。


 なので、ここで私が空を飛ばないなんて選択をするはずがないのだった。


「動かないでね?」

「安心するの。魔王なしで動くほど、馬鹿じゃないの」


 狐ちゃんを信じて、地面を蹴る。黒い羽でかなりの高さまで飛んでから、北西(らしき方向)に飛ぶ。

 正直、エリアスの言う嫌な予感なんて私は微塵もしなかった。様子を見る限り、多分狐ちゃんも少年も騎士もアルトも、誰も感じていなかった。


 だから探索はそこそこに留めよう――と、思いつつ、進むのをやめられない。

 何かの存在を、肌で感じた。

 感じた、次の瞬間。


「うっ」

「グルルルルル……」


 そこに居たのは、真っ黒な犬だ。遠目に見ても私の三倍ほどの大きさはある真っ黒な犬に、真っ白な翼が生えている。目の色も黒い。わずかに光が反射する丸いところが目だと、予測するしかできないほど、毛の色と同化していた。

 存在感が、他の魔獣とは違う。空気を圧迫して、堂々と存在している。


 そんな魔獣と、目が合う。


「……っ!」

「アオーン!」


 犬が吠える。どこかで雪崩が起きる音がして、私は犬に背を向けて全速力で飛んだ。

 魔力を体中に循環させて、すべてのスピードを速める。五感強化、視界良好、追い風、全部を使ってみんなのいる場所まで戻る。久々の全力の感覚に、制御するのが大変だった。

 そこまでしても、犬は離れない。むしろ、ちょっとずつ距離が縮まっていた。


 これは……私ひとりじゃ無理かもしれない。

 早いところ戻らないと、殺られる。


 みんなの姿が見えると、私は騎士に向かって氷塊を投げつける。魔力の消費が少ない、魔石での攻撃。

 攻撃っていっても、私には合図のつもりだった。警戒しろという合図。

 幸いその合図は伝わったらしく、エリアスが結界を張ったのが見える。


 よし、さすがみんな。

 降りて、応戦しよう。


 私は真っ白な雪上に降りると、手のひらから炎を出した。


「魔王!」

「少年は様子を見つつ迎撃。騎士は弱らせて」

「魔王、私も戦うの」

「じゃあ足場の確保をお願い。火魔法全力で使うから、溶けないようにしておいてもらえると嬉しい。これ、魔石全部あげる」

「わ、わわ、う、うんなの」


 狐ちゃんを見もせずに魔石を放り投げる。狐ちゃんが頑張って魔石を整理してるのが分かる。

 でも構ってる暇がないんだ、ごめんね。


「少年、私と戦って」

「おう。いいぜ。魔王、珍しく冷静だな」

「パニックを通り越したね」


 混乱を放棄した。

 混乱してたら死ぬわ。

 私は少年に補助の『五体強化』を掛けた。五感強化、の体版。

 少年はにやっと笑ってから、雪を踏みしめる。安定してるとはいいがたい雪が、ぱらっと落ちた。


「エリアス」

「なんだ? 俺も戦った方が良さそうか?」

「いや、アルトを守ってて。大丈夫、私達でやる」

「ああ。信じてる」


 何気なく付け加えられた言葉が、じわっと沁みる。


「任せて」


 炎を増やす。同時に、犬が着地した。牙をむいて唸る犬は、笑ってるようにも見えた。

 笑ってられるのも今のうちだよ。

 全力を出すから。全力――とか、出し方、イマイチわかんないけど。


「ちゃっちゃと片して進もうぜ!」


 少年の声で、跳ぶ。少年も同時に跳んだ。犬を挟むように、両側から短剣をふるう。二人とも短剣だから、大したダメージは与えられない。ただ、私の剣には炎をまとわせて、少年の短剣は五体強化を惜しみなく使った腕での攻撃だ。

 犬の前足に多少の傷を負わせてから、私は飛んで少年を抱えた。


 さて、今の短剣での攻撃は、魔力を帯びた短剣での魔法だ。

 つまり魔石の位置が分かる。


 雄叫びを上げ、犬はギラリと光る眼で私を睨みつけた。魔石に不意に魔力が注がれて、堪忍袋の緒が切れたらしい。私も、負けじと睨み返す。

 魔王の、意地の威厳だ。

 犬が大きく口を開ける。


「うわ、マズッ」

「魔王! 妹が!」

「騎士がいるからっ……つーか暴れないで!?」

「下ろせっ!」


 標的は私だけど、犬がやろうとしている攻撃の範囲がどこまでかが分からない。

 それが不安なのは分かるけど、暴れられるとバリアが張りづらい。しかも、無駄に五体強化が仕事しやがる!


 私はまた、少年の体をぐっと握った。


「ガ」


 文字に起こせる音が出たのはそこまでだった。

 私が雄叫びだと思っていたのは、どうやら魔法でいう詠唱だったらしい。雪山全体も吹き消すんじゃないかというほどの威力で浴びせられた氷の息吹は、私のバリアも突き破った。

 五感強化のせいで、一瞬だけ当たった氷の破片が、体を突き抜くほどの痛みに思えた。

 部分発動とかできないもんかな……っ。


「ぐ……っ」


 思わず声が漏れた。私は周囲に炎をまき散らし、再度バリアを張る。今は、全方位を覆って飛ぶ余裕はない。犬の方にだけバリアを張った。

 雪崩が起きないかだけが心配だった。犬の方は、雪崩が起きても飛べばいいと思っているかもしれないけど、ここに飛べるのは私しかいない。

 雪崩が起きたら、巻き込まれてしまう。


 もどかしい、大きな魔法が使えないのが。

 小さな魔法で応戦しないと!


「はあっ!」


 私の小さな魔法(・・・・・)。それは、氷の息吹と同じくらいの威力の、炎の火柱を発することだった。

 火柱は、私と少年がいる場所を囲むように、生える。


「ま、魔王!?」

「少年、手ぇ放すよ!」

「!? あ、お、おう!」


 五体強化は防御力にも影響する。

 かなりの高さから飛び降りたはずの少年は、本来の猫の柔軟性も相まって無傷で着地したらしい。


「無茶させんなよな!」


 声が聞こえた。その声はどこか楽しそうだ。命の危機なのに何楽しんでるんだろう、少年。

 ただ、そうだね。

 楽しさも伝染する。


「これしきで無茶とか言わないの」

「は、それもそーだ。じゃあ、無茶っつーのはどういうのを言うんだ?」

「それはねえ……」


 下で、少年が雪を踏んだ。火柱を抜け、犬の方へ、臆することなく向かっていく。

 私はそんな少年の短剣を焼くように火魔法を付与する。そして、少年の腕と足にも炎を纏わせた。


「こういうの!」


 ついでに、止めといえば、止めとして。

 火柱を両手の間に集約した、ただの炎の塊を、少年の前に投げる。

 少年はまるでボールをとらえたバッターのように、それを短剣で打ち返し――


 怯んだ隙に、魔石がある、腹部に短剣を突き立てた。

 氷の魔石は、相性の悪い炎が直に伝わってきて、いともたやすく砕け散ったはず。


 犬の体が、ゆるりと動き、静かに雪の上に倒れ込んだ。


「はあ……」


 よかったー、雪崩起きなかった。なんかどこかしらでそれっぽい音はしたけども、それはまあ気にしないとして。

 本当によかった。怪我人、多分出てないよね。あー、よかった。

 力が抜けて、雪の上に降りた瞬間に崩れ落ちる。そんな私の様子を見て、アルトが真っ先に掛け寄ってきた。


「お姉ちゃん」

「……ああ、アルト」


 アルトが、寝転んだ私の手を握る。久々のアルトの手は、冷たい。

 冷えてるなー、あ、そうだ。あの犬の羽毛とかでコート作ったらあったかいかな。操作魔法である程度なら作れるだろうし……うん、そうしよ。


「ごめんね」

「え?」


 なぜに?

 私が唖然としてると、アルトが泣きそうな顔でぎゅーっと手を握る手に力を込めた。ちょ、痛いって。


「ぼく、わがままで……やくそく、破って。ごめん」

「い、いや、いいぞ、別に」

「よかねーよ」


 少年が私の頭をはたく。

 いたいっ!

 私がはたかれた場所をさすると、アルトが少年を睨んだ。


「お姉ちゃんに、痛いことしないで」

「はあ? お前が事の張本人だろうが。いいか、こいつがこんなふうに疲れ切ってんのは魔獣……魔物クラスの魔獣と戦ったからなんだ。お前のせいだ」

「ぼく……」

「しょ、少年」


 言い過ぎだって。私疲れ切ってないし。よかったなって思って力抜けただけだよ?

 聞いてる?


「いいか、お前の力を全部使って魔王を守れ。俺も、妹をそうやって守ってる。その覚悟、お前はあるんだろ? 飯をくれる魔王に懐いてんだろ、好きなんだろ。なら守ってやれ」

「いや、あの、私」

「わかった」


 守られるような存在じゃないんですけど、と言おうとして、アルトが遮る。

 んん?

 アルト、なんでそんな決意を固めた目してるの?

 てかいつからそんな目できるようになったの?


「ぼく、お姉ちゃんを守る。招福、たくさんつかうから……呪いも、つかうから。ごめんね」

「あ、ああ。じゃあ、うん……頼む」


 私はアルトの様子に若干困惑しつつ言った。アルトはますます強固に決意をしていた。


 あの……私、魔王だよ?

 なんでみんな私を守るとか言ってるの?

 みんな、国民でしょ? 逆だよね? 私が守る側だよね?


 ……あれ、違った?

閲覧ありがとうございます。

違いません。魔王が守る側です。

本当は少年と遊ぶ回にするつもりだったのですが、思っていた以上に壮絶な遊びになってしまいました。

ミルヴィアが二人を囲うほどの大きな火柱を『小さな魔法』と言っているのは、ただの見栄です。

次回、歓談です。

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