189 月が綺麗ですね
ご飯はめちゃくちゃ嬉しかった。『ツハシ』ははずれがないみたいだね。二回しか行ったことないけど、次も利用したいなあ。
お店の雰囲気もいいんだよ。
ちなみに食事中はみんな無言でした。喋ろうよ。
食べ終わった後は、エリアスが食器を片付け、私がそれを手伝おうとしたら騎士が率先してやり始めた。魔王様には手伝わせられないって事らしいね。すごい忠誠心。
手伝ったけど。
「お前はとことん自分でやりたがるな」
「エリアスもね」
にこっと笑って、エリアスの持っていたごみを奪い取る。
ちなみに後で燃やすよ。山の空気を汚しちゃうのはちょっと申し訳ないけどね、それぐらいなら神様も許してくれるかなって。
あいつら絶対気にしないし。
「汚してもいいよ、困るのはお前らだけどな」スタンス。
ニフテリザとか特に。
「魔王様、こちらへ」
「いい。私がやる。余計な手出しするんじゃない。お前は座っておけ」
「魔王様だけにやらせるわけにはいきません」
「……立場を忘れるなよ」
「それは魔王の方だろーが。甘えろよ、王様」
座ったままの少年が茶化す。
いや、だって今回の騎士、喋りすぎでしょ。発言厳禁って言ったじゃん。お兄様にもそう説明したんだけど。
……ま、いっか。
前みたいなやりとりできないわけだし。ちょっとくらい大目に見てやるか。
エリアスがため息を吐く。どうでもいいやり取りだと思ってるな、これは。
確かにね? どうでもいいけど、そんなあからさまに嫌そうにしなくていいじゃん?
「少年が言うから頼んでやる」
「ふふ。仰せのままに」
「エリアスも騎士に任せなよ。そんで休んだら? 結界張るの疲れるでしょ。魔力使うし」
「そうするか」
「……仰せのままに」
ちょっと嫌そうに騎士が言う。エリアスは、私みたいに魔力無尽蔵じゃないからね。疲れるし、休ませてあげないと。
騎士がゴミを集め始めて、エリアスの手からは何もなくなる。エリアスは、部屋に入る直前に振り返った。
「ただ、俺が寝たら結界はなくなるぞ」
「え?」
「お前と違って、無意識に魔力を流す訓練なんてしていない。その証拠として、普通『温暖火』は置けないぞ」
「あれ、そうなの? 普通にやれると思ってた」
「『温暖火』を保ちつつ他の魔法を使うことも無理だろうな」
訓練の成果だね。……地味だけど。
私の訓練の成果、地味なの多くない? もっとバーンと魔法使いたいなあ。
「じゃあ、エリアスが寝たら私と結界交代しようか」
「大丈夫なのか?」
「さすがにエリアスほどしっかりしたのは作れないかもしれないけど、五回ぐらいの攻撃なら耐えられるでしょ」
ちなみに招福の方は解けない。つまり、結界を張る理由はかまくらが崩壊しないようにっていうのと、あと万が一に備えて。
そう考えると、アルトの重要性ってすごいな。
「じゃ俺も寝るわ」
「私も寝るの」
「……ぼくも、寝る」
子供三人も戻って(私も子供だけど)、その場には私と騎士だけになった。
若干の気まずさが漂う。
別に緊張することないんだけどさあ……。
「……じゃ、私が燃やすよ」
散々迷った結果、別に魔王としてじゃなくてもいいかと思った。ユアンがかなり驚いた顔をして、それから笑う。
なんかそういう反応をされると、恥ずかしい。
「人の前では態度変える嫌な奴みたいじゃん、私」
「人が居なくなると砕けるというのも珍しいですね。普通は逆かと」
そうかなあ。
っていうか、ユアンに任せるとか言っておきながら燃やすのは私なのか。得意な人がやるっていうのがこの旅の基本だと思ってるからいいけども。
招福、アルト。
結界、エリアス。
補助、狐ちゃん。
遊撃、少年。
護衛、ユアン。
私は……なんだろ。
便利屋?
「私もお供します」
「え?」
「結界の外に出るのでしょう? 危険です」
「んー、平気だよ?」
「招福も、恐らく届かないでしょう」
確かにね。アルト、雪避けと魔物避けの招福を、その二つを自分に掛けて範囲を狭め、同時にかけられるようにしている。つまりアルトから離れすぎると魔物は普通に寄ってくる。
じゃ、来てもらった方がいいか。
頼るのも大事。
「お願い」
「はい」
二人して、結界の外に出る。すでに結界は解けていた。
寝たのか。早いなあ。
外に入ってから、また結界を張り直し、ちょっと離れたところに移動する。雪は止んでいた。かまくらの外に出た途端、冷気が肺の中に吸い込まれた。
さむっ! 早く燃やして、寒さを吹き飛ばさないと。
お弁当は木の箱に入ってるから、きっと焚火っぽくなるよね。
「ミルヴィア様、上を」
「ん? 上――」
ユアンの声につられて上を見上げると、息を呑む。一瞬で寒さが吹っ飛んだ。
空に広がっている、無数の光。地球とはまた違った、星空の形。なぜだか、胸の奥がキュッとなる。北斗七星がどれなのかすら分からない。プラネタリウムよりも綺麗なんじゃないかなって思う。
すごい。勝手に涙が出てきそう。圧倒される。
日本じゃ見れない景色かもしれないなあ、これは。
「綺麗ですね」
「うん……すごい。すごいね。見れてよかったね」
「ええ」
ユアンは微笑ましげに私を見ている。人生経験豊富な百歳以上(何歳なんだろう)からしてみれば、こんなことじゃ感動しないのかな。
「感動しますよ」
例によって例の如く、あっさりと私の心を見抜く。
「一人で見るよりずっと」
「……そりゃ、よかった」
ちょっと笑って、視線を下ろした。
そういうことさらっと言うからなあ。
土魔法で雪の下から土をほじくり出して、雪の上に敷く。雪崩が起きるかもしれないから、慎重に。
さらに土の上に弁当箱を置いて、火を点ける。湿っているせいか中々燃えなかったけど、そこは力業で燃やした。
「暖かいですね」
「そうだね。ねえ、この世界ではこんな星空が普通なの?」
「――どこと比べているかは、分かりませんが」
くすくす笑いながら、ユアンは答えてくれた。
「普通ではありませんよ、恐らく。山の上ですし、空気が澄んでいますから良く見えるのでしょう。明かりも、ほとんどございませんし」
「へえ。普通じゃないんだ。じゃあお得だね。少年に後で教えてあげよう。明日はみんなで見てみようか」
「ええ、大勢で見上げるとまた違うでしょう。ですが、少しもったいない気も致します」
「ん?」
どういう意味、と思ってユアンを見る。ユアンは目を細めた。
「ミルヴィア様と私の物のような気がしていましたので」
「……星空を二人の物とか、傲慢だねえ」
「申し訳ありません」
笑いながらの会話。楽しいなあ。
楽しいけど――ちょっとくすぐったい。
私はまた、星空を見た。煙が星空を遮る。
ふと、一番上に浮かんでいる、大きな月に目が行く。
うん。
「月が綺麗ですね」
特に考えはなかった。頭によぎったことを、そのまま口に出しただけ。意味はないし、多分感情も籠ってなかった。
なのに、撤回したくなる。
やば……。
意味は通じないって分かっているのに、撤回したい。
もし伝わっちゃったらどうしよう。
大丈夫だよね。そんなの、知ってるわけないし。夏目漱石だし。この世界に夏目漱石はいないでしょ。
「――ええ、とても」
予想通り、ユアンは非常にあっさりとした答えを返してきた。
なんだよ、心配して損した。
私は長い長い、めちゃくちゃ長いため息を吐いてから、燃え尽きて灰になった木を土で蓋をして埋めた。
「疲れた」
「ミルヴィア様がですか?」
「うん。やばい」
「やばいですか」
「相当」
「では早く戻らないといけませんね」
「そうだねー……」
また短めに息を吐いた。動く気になれない。
自分が馬鹿に見えてしょうがない……。
「ミルヴィア様」
急かされてる……戻らないと。ていうか、わざわざ付き合ってくれたのにお礼言ってないや。ユアンの顔見たくないんだけどなあ。
一方的にだけど、気まずいって、こんなの。
振り返る。
頬に暖かい何かが触れる感覚があって、青い髪が顔に当たった。たった、それだけ。
えっ?
何をされたのか、何が起きたのか、まったく思考が追い付かなかった。
反射的に、頬を押さえる。
「今度ばかりはその気がなかったとは言わせませんが、何か言いたいことは?」
そう言うユアンの顔も、笑ってなかった。私の事を睨むように見てくる。
近すぎて顔が赤いかどうかは分からない。私の顔も赤いのか、それとも青いのか、はたまた硬直してるのか。
「やっぱりロリコンだって、ユアンは」
「あなたは相当な年上好きなようで」
「何言ってるか分かんない」
「私の勘繰りすぎですか?」
そうだよ、勘違い。何と間違ったの?
とかいう言葉は、肝心な時には出てこない。代わりに、この場を脱却するためだけのセリフが口から出る。
「……おやすみ」
我ながら酷いセリフだ。脱却も危うい。
なんだおやすみって。この状況で言うか? 普通。
実は私って馬鹿なんじゃなかろうか。
「はい。ごゆっくりお休みください」
ユアンが離れた。さっさと結界の中に戻ろうとする。結界を解いてから、私も立ち上がった。
結局顔が赤かったのかは分からなかった。
心の中が、空になる。多分私、今何も考えてない。
……ってことを考えてるのか。
ユアンがかまくらに入るのを待ってから、私も入る。リビングにユアンは居なかった。
部屋に戻ると、ベッドに倒れ込む。
……いやいや……
あれは、ない。
閲覧ありがとうございます。
久々にこういう感じのを書いたので少々長くなってしまいました。
暇な時にでも楽しんでいただけたらと思います。
次回、戦います。




