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19 癒し

 皆さん、癒しってとてもいいと思いません?

 これを作った神様にお礼を言いたいくらい。 

 私は今、朝露光るお庭の中で、植木の手入れをするコナー君を見つめています。


 ここに来たのは、一時間前に遡る。


 ***********************************************


 目が覚めた時、というか、ユアンが少しでも動いたら目が覚めるので目覚めたというか起き上がったというか。ともかくその時、ユアンがちょうど朝食の用意をしていた時だった。

 綺麗に彫られた木のワゴンの上で、食器に配膳をしている。配膳が無駄に綺麗だ。

 

「お目覚めですか、ミルヴィア様」

「目覚めが悪い」

「おや、どうしてです」

「あんたが居るからだよ!」


 思いっきり投げた枕をひょいと躱されて、イラッとする。

 だって、考えてもみてよ。

 朝起き上がったら、青髪イケメンが居て、その人が朝食の用意してれば、なんとなく負けた気にもなりますよ。何なんですか、奥さんポジなんでですか。そうなんですか。


「まあまあ、とりあえずルッチを飲んで落ち着いてください」

「ルッチ?…いい香り」

 

 ユアンが陶器のカップに淹れたお茶を差し出す。カップの中には赤みがかった透明なお茶。ふわりと漂うような香りが鼻孔をくすぐる。

 不思議な香りだな。浮いてるみたいな、目に見えそうで見えない感じ。


「ルッチは比較的普及してるお茶です。淹れるのにコツが要るので、一般的に飲むとかなり味に差がありますが」

「つまり、ユアンは上手い、と?」

「私はルッチが好きで毎日淹れていますからね。コツをつかんだのはずっと前ですよ」

「ふーん………確かに、悔しいけど、ますます奥さんポジですかとか嫌味言いたくなるけど、美味しい」


 こくり、と一口飲んでみると、甘い味わいが広がった。紅茶に似てるけれど、どこか深みがある味は私好みの味だ。

 もう一口、こくり。

 おいし。

 

「何ですかその『おくさんぽじ』って…」

「奥さん的ポジションの略」

「奥さん的ポジション…私は女性ですか」

「だってそれっぽいもん」


 イケメン+青髪+(見た目)おっとり+ニコニコ顔。

 旦那さんの理想形だね!青髪の顔はキレイだし!

 その裏にある、剣士+切れ者+腹黒……を知ったら旦那さん失神するだろうな。役所に離婚届を真っ先に取りに行くだろうな。そしてそれをユアンが止めるんだろうなぁ。剣で。


「私は男ですよ」

「知ってますぅ。男じゃなかったら気持ち悪いですぅ。男じゃなかったら今すぐたたっ斬りますよぉ」

「その余韻の残るような言い方、すごく腹が立ちますね」

「腹黒がばれた今、隠そうともしませんか」

「隠してますよ?」

「オブラートに包んだ言い方は出来ませんか」

「十分包んでいるつもりなんですがね」


 三百四号室で腹黒がばれたからには本音で行こうというユアン。

 不思議がられているならいっそ本性を出そうとずかずか進める私。

 案外相性良かったりして、いや、無い。

 ユアンだけは絶対にない。

 あったとしても友人止まりだ、絶対。というかそこから先に進めようとすれば木端微塵に砕く。

 冗談でも比喩でもなく本気で。

 

 あれ、そういえばコナー君との約束は。コナー君が一番マトモだと思うんだよねぇ。


「っと、今何時?」

「朝の十時ですが」

「じゃ、朝食食べたらコナー君のところに行こうかな」

「ああ、あの少年ですか…」


 ユアンが微妙な顔をする。

 珍しい。ユアンはいつも笑顔を崩さず、腹黒さえも笑顔でやってのける強者だと思ってたんだけど。


「あの少年は、ミルヴィア様に普通に話す方ですからね」

「いいじゃん、フレンドリーで」

「フレンドリーかどうかは知りませんが、ともかく私は好みません」

「めっずらしー」


 いやまあ、珍しいといっても会って三日も経ってないんだよ、体感的には。実際には十二日だけど。

 

 ご飯をすごい勢いで掻っ込んだ後は、ユアンと二人で庭に行った。付いて来るの、とあからさまに嫌そうな態度で聞いたら、はい、と元気よく返された。そうなれば私に勝ち目はない。大人しく歩き始める。

 さすが公爵家とだけあって、庭もかなり広い。その隅々まで手入れが行き届いてるなんて、コナー君すごい。魔王城で雇いたいくらい。魔王城の庭がどんなもんなのかは知らないけど。魔王なんだし、雇用する人を選ぶ権利くらいあるよね。

 

 …うーん。

 なんか最近思ったんだけど、(まあこっちに来て体感的にたったの三日なんだけど、)だーいぶ意識が魔王寄りになってる気がする。人間からはもうほど遠く、吸血鬼ともちょっと違う。

 しかもそれがどこからか湧いて出る、ふとした時に意識しないと気付かないくらいのぽつっと出ちゃう言葉。

 それが赤魔石から齎される考えなのか、それとも本能的な想いなのか、それとも――


「ミルヴィアちゃん?」


 コナー君の声に意識が醒める。いつの間にかコナー君のところまで来てたらしい。

 

「あ、コナー君。それとそのミルヴィアちゃんはやめてくれる。おかーさま見てるみたいでイラッ☆とするから」

 

 笑顔でそう言うと、コナー君は戸惑ったようにユアンを見てから選択肢を上げ始めた。

 

「ミルヴィア様、魔王様、ミルヴィア…」

「呼び捨てで」

「じゃあ、ミルヴィア、今日はこの植木の手入れをするんだけど、見ていく?」

「うん、そうしようかな。ユアンは気配を消して私の癒しを邪魔しないようにね」

「…」

 

 ユアンは笑顔で無言の重圧。私はそれを極力無視すると、鋏を持って脚立に登るコナー君の横で膝を抱えて座った。


「ミルヴィア様、椅子を持ってきましょうか?」

「だいじょーぶ」


 コナー君がちらりとこちらを気にしながら止まっていたので視線で進むよう促すと、コナー君は手を動かし始めた。

 その木は枝や葉っぱが伸び放題で、鋏が入れられているような感じはしなかった。多分初めてやる木なんだろう。

 コナー君が真剣な眼差しで、合掌してから木を切り始める。無駄な枝が切り揃えられ、脚立の足元には草枝が溜まって行く。たまにコナー君は手を止めて、目を閉じ、また切り始める。その指先が繊細に動く様は木を気遣いながら切っているようで、見ているとうっとりする。他の木々がざわめき始める。まるで、早く自分もお願いします、と言うように。その様子を見ていると、本当に合掌してからじゃないと花を摘むだけでも呪われるんじゃ、と思えてくる。

 はみ出た枝が切られ、ぱらりと私の頭上に落ちてくる。それを反射的に捕まえると、じっと見てみた。

 緑色の葉。網状脈の葉は少し濡れていて、日の光でちらちら光っていた。私はそれを、ユアンが見てないのを確かめてから、なんとなくポケットに入れた。

 

 しばらく、静寂が続く。ユアンが気配を消してるのかは分からないけれど、それを気にする余裕がないほど、私は、眠りに誘われているような心地よさを覚えていた。


「――終わった」


 手入れが終わったその木は、乱雑になっていた時とは違って整っている。コナー君の口から、終わったと言葉が出た瞬間風が吹き、木が揺れる。宛ら、拍手でもするように。

 コナー君が合掌して、そっと木の枝を撫でる。


 すごいなぁ。


「あとは、これの後片付けだよ」


 コナー君は、脚立の足元に散らばった葉っぱや枝を指差した。

 これは、風魔法を駆使しても、大変だろうな。


「手伝おうか?」

「まさか、そんな!魔王様にそんな事させられないよ!」

「いいの。私の癒しが少しでも楽を出来れば」

「い、いやし?」


 真剣に頷く。手のひらをそこらの枝に向け、乱石の要領で、ってほんとに私乱石で訓練したんだな。葉っぱと枝がどんどん巻き上げられ、古い焼却炉に向かっていく。

 ふむ…十分だけど、ちっと足りない。威力が、じゃなくて、繊細さが。

 一見ぶれずに運ばれているけれど、術者からしてみればばればれ。

 

 葉っぱが揺らぐ。

 枝が折れる。

 風が吹く。

 ちょっとした動作で魔法が掻き乱される。


「ユアン」

「はい」

「ユアンって魔法、使える?」

「いえ、私は簡易魔法しか」

「チ、使えない」

「酷いですね」

「笑顔でそれを言うユアンの心境がまったくと言っていいほど分からない」


 もはやこの人は何か考えているのだろうか。

 それはともかくとして、魔法はお兄様に習おうっと。適任者ってものがあるもんね。

 魔法はお兄様。

 剣技はユアン。

 癒しはコナー君。

 これぞ究・極!


 焼却炉に全部投げ入れると、私はコナー君を振り返った。コナー君は嬉しそうに笑っている。


「良かった。僕、あんまり風魔法得意じゃないんだ」

「ふーん」


 誰にでも得意不得意はあるもんだし、気にしないのが一番、かな?


 魔法の操りに関しては後でタフィツトに行こう。


 それまで今は、癒しを堪能するとしましょうか。

閲覧ありがとうございます。

思考が魔王寄りな事に気付いたミルヴィアです。

次回、コナー君とお茶会します。

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