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182 不安

 少年と狐ちゃん、そして名残惜しそうに騎士が帰った後、私はいつまでも残っているエリアスとともに、なんとなく気まずい雰囲気の中三百四号室で過ごしていた。夜の十時です。だからこそさすがに騎士を返したんだけどね。

 帰るときに、でもエリアス様が、って言ってうるさかった。結局契約内容を理由に無理やり追い出したんだけど、どっちかって言うと私はその時に一緒にエリアスも追い出したかった。

 ちなみにアルトは寝かしつけたよ。さすがにね。子供だし。


 人族の本に軽く目を通しながら、ちらちらとエリアスの方を見る。エリアスはと言えば、文庫本を片手で持ちながら読んでいる。足を組んでいて、すごく様になっている。イケメンですね、はい。

 多分ね、この国ってイケメン王国なんだと思う。もしくはこの世界の価値観では普通の容姿だけど地球出身の私からしてみたらかっこよく見えるだけなのかなあ。

 外国人はかっこよく見える、みたいなアレかな。


「なあ」

「ひゃいっ!?」


 本を見てるから気付かれてないと思ってたら、気付かれてたとは。

 変な声出たじゃないか。


「さっきからどうした、視線がうるさい」

「視線がうるさいって言う人初めてだよ……」


 視線をうるささとして感じ取れるのか。

 しかもまだ目合わせてくれないし。本読みながら会話するの止めてくれない?魔王相手に無礼過ぎない?


「今この時点でお前を魔王としては見てない」

「ぐっ」


 まあ、魔王として見ろとは言わないけどさ。


「エリアス、そろそろ帰らない?ほら、もう十時だしさ。明日はもう人族領、行くんでしょ?」

「お前が不安になると思って付いてやってるんだがな」


 え。

 私は笑顔のまま硬直する。私が不安になると思って……って?


「ミルヴィア、お前、さっきからずっと不安になってるだろ。ずーっと本を読んで、不安を紛らわそうとしてるんだろう?」

「そ、そんな事」

「無いのか?本当に?ハプニングが起きたらどうしようとか、考えてないか?」


 私は膝の上で小さく手を握って、その手を見る。

 もし、地図が正確じゃなくて迷ったらどうしよう。

 もし、吹雪で私が飛べなくなったらどうしよう。

 もし、誰かが逸れて遭難したら。もし、誰かが風邪でも引いたら。もし、襲われたら。もし、予期しないことが起こったら――?

 そんな事、考えるなって言う方が無理だ。


 私はもともと、修学旅行の前夜はしおりを読んで何回も忘れ物が無いか確かめるタイプなの。

 まあ、今回は必要最低限の物は出掛ける時にささっと買う程度なんだけどね。ほとんどの事は魔法で済んじゃうし、六人中四人が魔法得意だから。


 でも、不安なんだよ。

 だって、誰も保証なんて出来ないでしょ?出来るとしたら神様くらいだけど、あの人達の所にはあんまり行きたくない。それは私のプライドが許さない。

 いや、軽々行ってた人が何言ってんだって感じではあるけど。


 どうしようもない不安って、あるでしょ。

 そんなわけでちょっとだけ元気ないんだよ、今。どっちかって言うとナイーブな感じ。


「不安になる事は無いだろう。ユアンも居るし、俺も居る」

「……エリアスって、俺が居るから大丈夫って言うタイプだっけ?」

「今回はな」


 私はちょっとびっくりして、エリアスを見る。エリアスが本から顔を上げてこっちを見た。鋭く目を合わせられて、肩が跳ねた。


「心配するな、俺が居る」


 鋭いのに優し気な視線で、頼もしい声で言われたら、若干不安が和らいだ気がした。

 ん、不思議だな。人の言葉ってこれほど力あったっけ。

 いざとなれば真読魔法で無理やり落ち着かせる事も出来たんだけど……やっぱりそれはちょっと抵抗あるよね。

 というか、このパーティで不安になってるのは多分私だけだな。

 誰もそんなタイプに見えない。

 というか。


「私、エリアスがそんな頼もしい事言ってくれると思わなかった」


 首を傾げて、伺うようにエリアスの方を見る。エリアスは少しだけ眉を寄せて、


「なんだ、失礼だな」

「だってエリアスはどっちかって言うと仕方なく着いて来てくれたじゃん。意外とあっさり付いて来てはくれたけどさ……」


 そこで、エリアスは悪戯っぽく唇の端を吊り上げた。それが何だか魅惑的というか、色っぽくて、ドキリとする。

 ぐ、だから、そういう仕草を簡単にするなって……そんなだから女性の患者さんから人気が高いんだよ?


「俺がお前の事放っておくわけ無いだろう?」


 にやりと笑ったまま低い声で呟くように言われると、心臓が持たないからやめてほしい。

 なんか悔しい……!


「勘違いするなよ?お前を野放しにするわけないって事だ」

「分かってるよ!そこを勘違いしたりしないって!」


 思わず私は立ち上がって叫んでしまう。エリアスにシー、とジェスチャーをされて、不貞腐れながら座った。

 まずい、絶対に煽られてる。遊ばれてる。エリアスのあの笑顔はからかってる時だ。私の頭撫でた時と同じ笑顔だ。

 くそー、どうしてこの流れになった。どこでエリアスの悪戯心のスイッチを入れたんだ。


「で、俺が居るって言うのに不安なのか?」

「う」


 エリアスって絶対、からかってる時は恥ずかしくなったりしないタイプだよね。

 ていうか、普段絶対こんなこと言わないじゃん。クールで澄ましてる無表情のエリアスはどこ行ったんだよ……。普段の面影皆無じゃん……。


「不安じゃないよ、エリアスの事信じてる」

「ならその不満そうな顔を辞めろ」

「不安じゃないとは言ったけど不満じゃないとは言ってない」


 不満だ。私ばかり弄られてるのが不満でならない。

 だけど私にエリアスにやり返すだけの勇気が在るかといえばないわけで。

 エリアスとお兄様と怒ったユアンだけは怖いのよ……。

 後は全然怖くないんだけどねー、この三人には正式に魔王になる八歳になったら勝てるのかって聞かれたら今の所勝てる見込みがない。


「まあ、そうだね。エリアスも居るしユアンも居るもんね……分かったよ」

「それだけじゃない、お前の友達も居るんだろ。俺はあいつらの戦闘力は知らないが、お前が信じているなら絶対大丈夫だろう。というか」


 エリアスは少し呆れたような表情になって、私を見る。


「こっちには魔王が居るって言うのに、何を不安がってるんだ」


 それは。

 私を信じてくれてるって事で、良いのかな……!?


 ちょっと嬉しい。私が居るから大丈夫って言われるのは、やっぱり何度言われても慣れないし、嬉しい物なんだなあって思う。

 うんうん。

 そうだよね、私が居るんだもん。大丈夫だよね!


「よーし、障害は片っ端から片づけてやる!」

「ほどほどにな?」


 いやいや、エリアス。

 私、今なら神様にだって勝てそうだよ!

閲覧ありがとうございます。

ミルヴィアが不安がっているのって描写が難しいです。

いつも元気はつらつで繊細とは無縁な子ですし。

次回、少年編。同じく出発前夜です。

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