180 『変化』
「嫌だよ!」
速攻で断られた。そんなに早く断らなくってもいいんじゃないかな……もう少しこっちの意見を聞いてから判断してくれてもいいと思う。
まあ血を吸わせてくれって頼んで吸わせてくれる酔狂な人なんて、騎士くらいしかいないってのは分かってはいるんだよ。エリアスでさえ躊躇するもんね。
とりあえず、私は折れずに更に食い下がる。
「大丈夫、ちょっとちくっとするだけだから」
「俺も注射を打つ時にそう言うが、『吸血』は注射より痛いと思うぞ」
「痛いのも嫌だけど、俺はそれだけで嫌っつってんじゃねえぞ」
おっと?
「詳しく聞かせてもらおうか」
私はきりっとした顔を作るよう意識する。具体的には悪の組織の幹部っぽい顔。
少年は溜息を吐いて、自分の首筋を撫でながら私に話す。
「この能力を持ってるのは、恐らく世界中を探しても俺だけだろ。猫族最後の生き残り……かもしれねえから。それで、これを魔王に渡すのは……どうなんだ?」
「……」
「魔王を信頼してないわけじゃ、ない。ただ、怖い」
うん。そうだね。そうだよね。
少年は言いづらそうにしながら、視線を泳がせる。今さら魔王っていう立場を理由にしたのを気まずく思ってるのか、ただ単に悪いと思ってるのかは分からない。
私は椅子に深く腰掛けて、少年をまっすぐに見詰める。
私が悩んでる部分は、友達が嫌だって言ってるのに、説き伏せていいものかというところだった。
今さら?って気はする。エリアスだって、嫌だって言ってたところを吸わせてもらったんだ。でも、それ以上に拒まれてる。エリアスみたいに、少し言ったらオーケーってわけじゃない。
何より、今は命の危機というわけでもない。
どうしようか。
「お兄ちゃん、私はいいと思うの」
「はっ?」
唐突な狐ちゃんの言葉に、少年が息を詰める。私も驚いて狐ちゃんを見た。
狐ちゃんは、少年と比べる私に好意を抱いてくれてるのは分かってた。ただ、部族の誇りである物を私に上げてもいいと言うとは思わなかった。
「だって、魔王と先代魔王は全然違うの。先代魔王なら、先代がしたことに倣ったはずなの。でも、魔王は違うの――先代魔王が無種族を狩ったのに、魔王はそれをしない。前例通りやろうとしないの」
「……あのな、お前だって、世界にもう俺しか持っていないだろう固有魔法を、渡すのに躊躇するのは分かるだろ?」
少年は面食らった様子だったけど、反論を試みる。狐ちゃんは耳と尻尾をピンと尖らせて、かなり緊張しているみたいだった。
少年は尻尾の毛が段々立ってきて、少し、イラついてるのが分かる。
……狐ちゃん、もしかして今まであんまり少年に反抗してなかったのかな?
「分かるの。けど……けど、魔王がそんな人だと思えないし、それに、先代魔王と魔王は全然別人なのっ」
「国を治めてることに変わりはねえだろ」
「無種族狩りは、確かに酷かったの。でも当代魔王はそんな事しないの。それが分かり切ってるのに、躊躇する理由なんてないの」
なんとなく、狐ちゃんが怯えながら言っているような気がした。
少年の瞳孔が少し広がり、狐ちゃんに対して敵意に似た感情を向けていることが分かった。
うわ、どうしよ。いや、さすがに攻撃しようとしたら止めるけどさ。
口論くらいなら、良いと思う。そして、狐ちゃんが少年に歯向かってるっていうのも止めにくい。
「お前、先代の魔王から受けた仕打ちを忘れてねぇだろ。たまに夢に見るんだろ?だったら」
「だからっ、『先代』魔王なの!当代魔王とは全くの別人なの!それに!」
「俺はお前みてえに割り切れねぇんだよ!」
少年が立ち上がって、思いきり叫ぶ。下手すれば庭まで届いたんじゃないかってほど、大声で。
狐ちゃんが怯えて、涙を浮かべて少年を見る。ちょっと、やりすぎじゃないか。
「少年、それは――」
「魔王は黙ってろ!」
久々に怒鳴られて、っていうか敵意を向けられて、私も押し黙ってしまう。
……友達に怒鳴られるってこんなにショックなのか……敵だったら、全然大丈夫なのに。
エリアスも、止めるべきか迷っているようで、目を細めていた。アルトは、全然意にも介さないでぼうっと見てる。
「俺だってそんなの分かってる!でも譲れねぇことだってあるだろ!?俺は全部無くして、魔王に全部奪われたんだぞ!」
「いつまでもそんな風にしてたら進めないの!」
狐ちゃんが、溢れそうな涙を必死に瞬きせずに、堪えながら言う。
だから、やりすぎだって――言いたいのに。
言えない。
「先代魔王のせいで全部無くして、でも、この魔王のおかげでどれだけ助かったか分かってないの!魔王の名前、どれだけ使ったか数えきれないはずなの!」
「っ俺は!」
「魔王の友達ってだけで助かった事がいくつあるか、お兄ちゃん、解ってないの!お兄ちゃんが批判してる魔王に、私はたくさん、助けられてるの!」
「――――ッ!」
少年が、剣を出す。どこに仕舞ってたか分からないけれど、華奢な短剣を取り出した。
ここで得意の魔法を放たなかったのが、理性を保ってたんだと思う。
ただ、そんな事を考える余裕もなく、私は飛び出して、狐ちゃんに抱き着いてソファに押し倒していた。庇うように上に重なって、斬撃の痛みを覚悟した。
全然痛みも衝撃も来ないから、恐る恐る後ろを見る。
騎士が、長剣で短剣を弾き飛ばしていた。私が見たときには短剣が宙を舞っていて、それをエリアスが辛うじてキャッチしていた。
「……魔王、重いの」
固まった空気を破ったのは狐ちゃんの一言で、私は慌てて降りる。
騎士も、長剣を仕舞う。アルトが大丈夫?と声を掛けて来た。
「魔王様」
「んっ!?あ、うん。なんだ?」
慌てて騎士に返事をする。慌ててばっかだな。
でも、許してほしい。
騎士から発せられる空気が、明らかに普通の物じゃない。言葉も堅いし、こっちまで声が震えてしまう。
怒らせた。
「発言を許していただけますか?」
「あ、ああ。いいぞ」
騎士の顔には笑みが浮かんでたけど、久々のこの恐怖。向けられた対象は私じゃないけれど、この怒気には勝てる気がしないね。
少年はビクッと小さく震えると、無意識か、一歩下がった。
分かるよその気持ち……恐ろしく怖いんだよね。
「そのような物を、屋敷内で振るうのは止めていただけますか?危険ですし、魔王様の血が流れたらどうしましょう」
「知るか、そんなもん。だいたい、魔王が原因で口論になってんだぞ」
「武力を行使した時点で口論の域に留まりません。それに、口論になったのはあなた方の間で意見がまとまっていなかったからでは無いのですか?」
じりじりと、騎士が一歩踏み出す。少年は身を固くして一歩下がった。騎士は更に笑みを深めて、細くした目から明らかな怒りを発しながら詰め寄っていく。
「子供の喧嘩だけなら結構です。ですがここは公爵家。魔王様の御前です。そこで武器を振るう等、許される事ではないでしょう。それに、年下を相手取って武器でもって切り伏せるのは感心致しませんね」
「こ、子供の事に口出しするなよ。魔王に刃を向けたわけじゃねぇ」
「ええ、それはそうですね」
そこで、四歩騎士が引く。
あれっ、結構簡単に引くんだ。意外。叩きのめすくらいするかもしれないと思ってたのに。
「ですが、子供の喧嘩で刃物を使うのは称賛されませんよ」
「……」
「少し言い過ぎましたかね。失礼致しました」
ちらりと騎士が、こちらを見てくる。
うん、ま、いいんじゃないかな。ほどほどだと思うよ?実際、私怪我してないし私に向けられたわけじゃないしね。
別に短剣突き付けられても私は構わないんだけど。友達だし。
「少年」
「…………なんだよ」
「謝った方がいいんじゃないかな」
息を呑んだようにする少年を見る。少年は息を吸って、吐いた。
子供だしね。しょうがないよ。
私も、言っても子供なんだけどね……。
「悪かった。言い過ぎたし、やり過ぎたよ」
「私も怒鳴っちゃったの。ごめんなさい、なの」
うんうん。いい子達だ。元凶は私だけど。
私が微笑んで頷いていると、少年が私の方に歩いてきた。
「少しだけなら飲ませてやる」
少年が私と目を合わせて、そう言った。でもすぐに視線を外す。
「えっ?」
「……付いて来てもらうのは俺らの方だ。少しくらい、協力しないといけないのも本当だしな」
少年がバツが悪そうに、目を泳がせる。狐ちゃんに言われて納得しちゃったかな。
私は遠慮するべきかどうするべきか迷ってると、少年が足を踏み鳴らす。
「俺が良いってんだから良いんだよ。悪用は、まあ、出来ようがないし」
「んー、まあね」
『変化』って一時的に魔力を高め、それに伴い髪色を変える事が出来るっていうのが主な役割だからね。 私みたいな黒髪の人は需要がない。まあ、髪色を変えられるくらいだね。
そしてそれが今、私にはとっても必要なわけで。
「じゃ、飲ませてもらおうかな」
「……ただ、条件がある」
「おう」
でしょうね。なんかそういうの慣れて来ちゃったんだけど。無償は期待してなかったからね。
条件とか、その代り、とか、そういうの多過ぎない?処世術ってやつ?
「人族領でだけ、使え。魔族領では帽子で過ごせよ」
「なんで?」
「意味もなく使われんのはやなんだよ。それに、魔族領で使うと猫族が居るってバレるだろ」
「ん、オーケー。了承した」
「よし」
少年が少し、笑った。いつもみたいな悪戯っぽい笑顔じゃなくて、目を細めて子供らしい笑顔。ちょっと意外だった。
こんな笑い方も出来るんだねぇ……。エリアスの笑顔を見た時くらいの感じ。
好きかもしんない。
「じゃあ、えーっと。どうやって飲もうかな」
私と少年には若干、身長差がある。普段一緒に居る分には全然大丈夫なんだけど、牙を首筋にあてるとなると高い。
よし。
「少年、座って。私膝の上に乗るから」
「……おう」
少年は引き攣った笑顔で答えた。さっきの屈託のない笑顔はもうどこにもない。明らかに文句を言うのを我慢している笑顔だった。別に文句言われてもいいんだけどなー。ほら、意見の交換って結構大事でしょ?
少年がソファの上に座ると、私はその上に乗っかる。
「重くない?」
「重くもないし軽くもない。微妙なライン」
微妙な気分になった。
いや、別に軽いって言って欲しかったわけじゃなくってね。なんだろ……乙女心って複雑だよね。
そこで私は、じーっと監視するみたいに見詰めてくる他の四人を見た。
「見られてるとやりにくいんだけど?」
「そう言われてもな。飲んでいいのは『少し』だけなんだろう。監視しておいた方が良くないか?お前、喉乾いてたら止められないだろ」
「んー、そっか。そういう事なら良いよ」
私は少年の白い肌に牙をあてがう。様子を伺おうとしたけど、ここからじゃ何も見えないし、ゆっくり牙を沈めて行った。途端、あふれ出して来る、真っ赤な血。
「つっ」
少年が声を洩らしたけど、今抜いても意味がない。どうせまた刺さなきゃいけなくなるだけなんだから。
私は徐々に出て来る血を、口に含み、飲んでいく。
滅茶苦茶美味しい。もっと飲みたい、あわよくば飲みつくしてしまいたい!
はやる気持ちを抑えながら、せめてゆっくり味わいながら飲んだ。五回喉を鳴らした時、
「それくらいにしておいたらどうだ?もう十分、コピーできただろう」
そのエリアスの声で、私はそっと牙を抜いた。傷口は舐めてアフターケアも万全にね。
美味しかったっ!
「ありがとね、少年」
「良いよ。いいから早く下りろ」
「ごめんごめん」
私は少年の膝から下りると、微笑みかけた。
美味しかったー!やっぱり新しい血の味ってのは新鮮でいいな。この世の中にはまだまだたくさんの知らない血が在るのね。ああ素敵。
「魔王が危ない事を考えているの」
バレた。
でも、吸血鬼としては至極まともな事を言っていると思うんだけどなー。どうなの、そこら辺。
「吸血鬼としてはまともだが魔王としてはまともじゃないから即刻止めろ」
「ハイ」
呆れた表情のエリアスに言われ、私は返事をして椅子に戻った。椅子に座るとアルトが体を寄せて来たので、寂しかったのかなあと思いながら頭を撫でてやる。
「茶髪ってのも結構目立つし、銀髪は滅茶苦茶目立つけど、エリアスは何かあっても大丈夫だし、狐ちゃんはずっと少年と居れば問題ないかな。どちらにせよ黒髪よりか目立たないよね」
「バレてもどうとでもいいわけが利くぜ?銀髪くらいなら、な」
黒髪は言い訳できない、と言われて苦笑いを浮かべる。日本だったら青髪が一番目立つんだよ。なのにこの世界じゃ普通って……。
何が普通なのか全然分からなくなってくるね。
なんだかんだ言って、黒髪を除けば色の濃い茶髪が一番魔力があるんだよなあ。そもそもこの世界の人は、黒髪なんていう物が存在する事自体疑問に思っているのではなかろうか。
それとも、歴代魔王で黒髪だった人も居たのかな?
わ、気になる。今度調べてみようかな。
「じゃあ、ここから先は綿密な計画を立てよう。さっきの計画をもっと詰めていく感じで」
「了解」
ああ、そうだ。髪色変える練習しなきゃね。
私は『変化』をオンにする。魔力を髪に、目に、送る感覚を意識して。
よし、出来そう。で、色は――
私の頭の中に、色んな人の髪色が思い浮かぶ。誰にしよっかなあ。やっぱりそこそこ魔力がある方がいいよね。でもって、身近な人のを参考にしたい。
んー。
うん、決めた。
お兄様の妹なら、これでしょう。
私は髪と目を両方金色にチェンジすると、満足して微笑んだ。
閲覧ありがとうございます。
久しぶりだからと張り切ったら長くなってしまいました。これでも大分削っています。
ユアンはミルヴィアに刃が向かない限りはそれほど怒りません。今回は子供がオイタをしたから叱っておくかくらいの気持ちだったと思います。
次回、狐ちゃんとお話。




