特別編 楽
私は、虚無の空間で過ごしていた。たまに使役している使いが報告に来るまで、私はただ映画を見るように、宇宙の様子を見ている。
ああ、この宇宙はもうだめですね。爆発する前に消しましょう。
そしてパソコンのデータを消すように、宇宙はふっと消えてしまう。そこに暮らしていた人々も、暑さ寒さを感じず消滅出来たのだから、良い事だとは思っている。誰だって、苦しまず消えた方がずっといいでしょう。
私の問いに答える人は居ない。私はゆったりと椅子に座ったまま、睡眠を味わおうとしていた。あれはとてもいいもので、必要かと聞かれれば必要ではないけれど、、楽しい。ふわりとどこかへ連れて行かれるような感覚が。以前どこかから手に入れた麻薬のようで癖になってしまう。
そうだった。新しく誕生した魔王を確認しておかないといけません。
私はスッと消した宇宙の画面を差し替え、4656星が画面に映る。4656星はなかなか見る機会が無いので、あまり重要視していないのだけれど…あら、あの少女、飛んでしまったのですね。
黒目黒髪の綺麗な少女。この子は私が嫉妬してしまうほど美しい。一つ一つの仕草が丁寧で、1ミリ1ミリを動かす。
他の宇宙の映像を4656星の勇者の映像に切り替える。
やはりこうなりましたか。規格外の力だとこうなってしまう。あの少女は、この子を躱せるか。あまり期待するのも良くない。それでも、私もたまには何かに期待したくもなる。
あの少女、名前は…兄に決めてもらったのですか。
刷り込み。
人は名前を決めてもらった瞬間自我が芽生え、その人を親しい人と認識する。
愚かな少女。自分で決めれば、他の人を信じず我が道を行けたというのに。今頃、我流ではあれど魔法を完璧に使えていたはずなのに。
ああ、やはり人間の考える事は分からない。人に決められて、良い事など一つもない。せいぜい人望を得るくらいで、そのほかは欠点だらけ。
パッと画面が変わり、青髪の男性が映る。
この人、まだ生きていましたか。
『ミルヴィア様』
画面の中で喋る男性は綺麗でも、どこか黒い。人間は裏表ではなく、ブロックのように様々な面がある。この方はその面が多すぎる。人に対してコロコロと変わり、私は面白いとは思うけれど興味はない。
一時は剣の一族と持て囃され、呪いの子と蔑まれ、剣の一族と嘲笑われ、すべてを血に染めると恐れられ。
そのうち感情を見失った可哀想な少年。
私の口元に笑みが浮かぶ。
本当にこの人は面白いのです。いつしかまたあの血に染まった姿を見る事が出来れば、私はこの人に神権を渡してもいいと思っています。ほとんどの人が冗談だろう、と笑って流しますが――本気で、ですよ。
私の任期はあと六千年。彼が死ぬのはいつになるのか。何なら今すぐ交代してもいいけれど、一応、魔王に神権譲渡の取引をしないといけない。
普通神権譲渡に応じる馬鹿はいない。だから彼も応じるとは思えない。それでも言ってみよう。あとの五千六百年、見習いになるのもいいでしょうし。
人族にとって途方もない時間が、魔族にとって当たり前の時間。
魔族にとって途方もない時間が、宇宙にとって当たり前の時間。
こんな常識、いつしか忘れてしまう。人族が七十年で死ぬのに対して、魔族は五百年。
ああ、どうしてすべての始祖は時間を創ったのでしょう。
時間などなければ、すべての差が埋まるというのに。恐らく、魔王と勇者の圧倒的な差も、埋まるでしょうに。
死への時間は生き物で違うのは当たり前の摂理で、私だってどうにも出来ない。死なせる事こそ出来ても、寿命を延ばす事など出来ない。祈られる度に出来るわけがないだろうと笑う。笑って、死せる瞬間を目を瞑って見届ける。その後は使役した者に魂を違う場所に移させる。
そしていつ頃、彼は死に、あの少女は彼の死をどう受け止めるか。いつ頃、あの少女は死に、その死は民がどう思うのか。
悲しむのか、はたまた、喜ぶのか。
私は彼女が其処を離れる日を悲しいと思うのでしょうか。彼女が此処に来る日を、嬉しいと思うのでしょうか。
今後はそれを楽しみに生きるとしましょう。楽しみが無いと、私だって存在しないのと同じですからね。どうせなら機械に任せて宇宙の旅に出たいですよ。
彼女は、次どうするのでしょうね――
ビーッ、ビーッ
ブザーが鳴り響き、宇宙の終焉を告げる。私は腕の一振りで、宇宙を消す。
神が万能だ、なんて、いつだれが言ったのでしょうか。
閲覧ありがとうございます。
今回は短めです。どこかの誰かのお話でした。黒髪の少女と青髪の男性が誰なのかは、皆さんの想像にお任せします。
次回は本編に戻ります。癒しと過ごす一日です。




