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177 謝罪

 夜、アルトに食事を上げて寝かしつけた後、私は三百四号室で人族領の資料を端から端まで読んでいた。端から端まで、と言うと量が多く聞こえるかもしれないけど、実際はそこまでない。

 せいぜい、六法全書くらいの分厚さの本が五冊あるだけだ。

 そこには人族の暮らしから政治の仕組みまで、ありとあらゆることが書かれていた。でも少し前の事だから、全部は信用できないけどね。

 三冊目の最終章『人の暮らし~何故人間は争うのか?~』を読み終えた私は、机の上に本を置いた。


 ふう。疲れた。

 本って読み終えると、現実世界に引き戻されたような感覚になるよね。

 で、その現実世界ではいつの間にか、私の前にはお茶が置かれていた。ハーブティーだ。何のハーブかは分からないけれど、緑茶に似た匂いがする。

 騎士を見る。いつの間にかあったワゴンの側で、ニコリと微笑んでいた。

 こいつだな。確実に。


「どうやらお疲れのご様子でしたので、勝手ながらもお茶を淹れさせていただきました、ミルヴィア様」

「はあ。まあ、有難いけどさ……おっ、美味しいじゃん」

「コナー様がハーブを提供してくださったので、それで淹れてみました。調べたところ、目の疲れに良いようですよ」

「コナー君と会ったの!?」


 私は立ち上がらんばかりの勢いで叫ぶ。と、ユアンがシー、とジェスチャーをする。

 くぅ、悔しいけども確かに今は夜中だし……。


「ええ。ものすごい敵意の塊のような視線を投げかけられましたが」

「馬鹿か!私と一緒に行けや!」

「ですが、何度か言葉を交わしたら分かって頂けたようですよ」

「……コナー君が丸め込まれている」


 可哀想……。

 とはいえ、そんなことで揺らぐような薄っぺらい敵意じゃないとは思うけれども。私も、コナー君と話さなきゃなあ。次のお茶会までに、色々考えておこう。

 私はお茶を手に取ると、喉に流し込む。温かいいい香りがした。

 ん、美味し。久々だなあ、こういう味。


「明日はどうするのですか?」

「ビサとアイルズに報告しに行く。確実に止められると思うけど、聞くつもりはない。……あと、お兄様にも言わないとね」

「ビサ様とアイルズ様は止められるでしょうけれど、カーティス様には叱られるでしょう」

「うん」


 叱られて、折れないようにしないとね。


「ま、お兄様ユアンの事嫌いだしね。叱られるっていうよりも、ついて行くって言い兼ねない」

「…………そうですね」

「ま、お兄様にはここに居てもらわないと困るし、連れてくつもりはない」


 ユアンが少し悲痛な表情をしているけれど気にしない。

 自業自得って言葉がぴったりと当て嵌まる。

 ………………。

 反省しろばーか。


「ユアンの事を嫌いな人ばっかりで悪いんだけど、魔王の護衛である以上、付いて来てもらう事になるよ。オーケー?」

「ええ、分かりました」

「前以上に気を配るように」

「仰せのままに」


 魔王って多分、魔族領では百パー狙われないけど人族領行ったら地下牢行きだと思うのよね。当たり前だけど(敵国の王様みたいなもんだし)。

 私はハーブティーを飲み干すと、ソーサーの上に置いた。


「美味しかったよ。ありがと」

「喜んでもらえて何よりです」

「明日は忙しくなるねー。あ、もしかしてもう今日?……うわっ、もう二時……」


 目をこする。そろそろ眠くなって来たかもしれない。

 目を瞬いて、本をまとめる。読めなかった分は次の機会にしようっと。あー、ちょっと眠いな。ベッドにはレーヴィが待っている事だし、早く行こう。


「じゃ、ユアン、こんな遅くまで付き合わせちゃってごめん。おうち帰って休んで」

「ッ、ミルヴィア様」


 立ち上がって、じゃあねって言おうとすると、ユアンが回り込んで私の前に立った。

 んっ?何?

 首を傾げる。眠気が少しだけ吹き飛んでしまった。何してくれてんだ。せっかく、久々にゆっくり眠れそうだったのに。

 でも怒鳴る気にもなれなかった。だって、ユアン、かなり真剣な表情なんだもん。

 似合わないよ?止めよう?シリアスなのは他のところに任せよう?


「ミルヴィア様、あの」


 私は無言で次を待つ。もう眠気は吹き飛んだ。


「私の考えで、ミルヴィア様を傷付けてしまい申し訳ありませんでした」


 ユアンが頭を下げる。綺麗な青髪が垂れた。私は目を細めて、それを見る。

 …………ふうん?


「そして、ミルヴィア様を傷付けたにも関わらず戻ってきて、考えなしだったと」

「いいよもう」


 ユアンの頭に右手を乗っける。ユアンの体が強張ったのが分かった。

 うわ、髪ふわっふわじゃん……イメージに反する。

 と、シリアスシーンに有るまじき感慨を覚えた。


「何で謝るの?最初にユアンが出てったのはユアンの考えでしょ?それが間違ってたと思うの?」

「ですが、結局戻ってくるのなら意味が無かったと思います」

「そっか。うん。分かった。でも、戻らせたのは私の意思だよ。だから良いの。被害者が加害者を許すって言ったら、しがらみは無くなる物なんだよ」


 外野がどうこう言える事じゃない。

 実際、他の人達もそれを分かってくれてると思う。ユアンの事を嫌いでも、結局私の気持ちを優先させてくれるし。

 ユアンを戻したのは、私のわがままだ。

 だからユアンが裏切り者と罵られても反論しないのと同じように、私は意志が弱いとか、その程度の考えだったのかと言われても反論しない。


「ですが」

「否定から始める人は嫌われるよ」

「これ以上嫌われますかね?」

「私からも嫌われちゃうよ。いいの?」

「……それは、勘弁してほしいですねぇ」


 少しだけ、笑ったのが分かった。そうそう、ユアンは笑ってなくちゃ。

 悲痛な表情とか謝るとかは、似合わない。


「えっと……とにかく、私はユアンの事嫌いになってないから。謝ってほしいとも思ってないから。元通りの付き合いを希望します」

「仰せのままに」

「……じゃ」


 わしゃわしゃわしゃっ。

 ふわふわの髪の毛の感触を楽しんでから。


「おやすみっ!」


 逃げるように三百四号室を出て、部屋に戻った。

 最後、後ろの方で


「本当、面白い方ですね」


 ユアンの笑った声が聞こえたので、私も少し笑ったけど。

 まあとにかくね、私はそんなの気にしないし、『公爵令嬢と騎士』が『魔王と騎士』に変わっただけだと思って、付き合いたいからねー。

 あー、ちょっと疲れた。


 明日、ついて行きますって滅茶苦茶言われそう。それにユアンへの精神攻撃が物凄い事になりそう。

 まあ私のユアンの事だし、それくらい大丈夫でしょ。


「おぉ、神楽。遅かったのう。待ちくたびれたぞ」

「レーヴィまだ起きてたんだ」

「儂は元々夜行性じゃ」

「そんなこと言ったら吸血鬼もそうなんだけどね」

「うむ。そうじゃの。じゃあ、お休みじゃ」

「うん、おやすみなさい。明日は、アルトのお守り頼んだよ」

「引き受けた」


 やっぱり、護衛はユアンじゃないとね。

 そんな事を思って、微笑しつつ、スイッチを切った。

閲覧ありがとうございます。

ミルヴィアは言うほど気にしてないです。少し壁が出来た程度ですね。

次回、色んな所へ。

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