174 説明
さてと、どう言ったものかな。
後ろで立つ騎士をちらっと見て、その後本に目を戻し、考える。
三百四号室、アルトはまだ寝ていて、レーヴィは庭をお散歩中だ。つまりこの部屋に居るのは私と騎士だけって事になるんだけど、これから一人追加の予定。
怒りそうだなー。一番反対してたのは少年だし。
怒りはしないかもしれないけど、呆れるだろうし苛立つだろう。その光景がありありと想像できるよ。
なんだかんだ言って、少年は優しいから。
どうしようかなあ。なるべく刺激せずにお伝えしたいものだけど。それとも、狐ちゃんの千里眼でこの光景を伝えられて、何も言われないまま絶縁、とか……。
背筋に悪寒が走った。ぞわっと鳥肌が立つ。有り得ない展開ではない気がする。
それはやだ。せめてはっきり絶交だと言われた方がマシだった。
「何かお悩みですか?」
「お前のせいで悩みが尽きないんだよこの阿保……!」
今すぐ蹴りつけたい気持ちを必死に必死に抑え、両手を握る。
そもそも戻ってくんなら最初っからこんな騒ぎ起こすなよ!お前どれだけ裏切り者って罵られても反論しちゃだめだからね!報いを受けなさい!
皆から滅茶苦茶に怒られればいいんだ。
怒りで頭の中がごちゃごちゃになりながら、窓の外を見る。そろそろ少年が来るんじゃないかなと思って。なんとなく気配と言うか、そういうのが感じ取れた。私も結構人とかけ離れてきた気がする。
じーっと見ていると、いきなり窓が開いて人影が飛び込んで来た。当然ながら少年だ。私の知りうる限り、窓からこんなダイナミックに登場するのは少年しか居ない。予想通り、その人には猫耳と尻尾が生えていた。
少年はずかずかと私の方に寄って来ると、ギラギラした目でこちらを見て来た。尻尾がふさふさになっている。
こわっ。猫の目って瞳孔が開くとこんなに怖いんだ。
私も立ち上がって、微笑む。
「いらっしゃい、少年。お茶でもいかが?」
「いらねえよ!なんでこいつがここに居るんだ!」
そう言って、地団太を踏んで騎士を指さす少年。
いやあ、そんなに怒ると体に良くないよー?抑えないと。
「路地裏で何故かボロボロになってたからね、拾って来たの」
「だからッ!裏切り者なんて必要ねぇだろ!」
「私は裏切り者ではありませんが」
「ユアンは黙っ」
「お前は今は黙ってろ!」
少年の大声が耳に悪い。私は一歩下がって、宥めるように手のひらを晒した。
本気で怒ってる……。
「やっぱり魔王には護衛が必要でしょ?大丈夫、心の底から信頼する事は無いし。これからは魔王と騎士として、やっていくよ」
「はぁ……?お前、それ本気で言ってんのか?」
「本気本気。大真面目」
「茶化したような言い方すんな!」
また、少年が地団太を踏んだ。ビリッと空気が揺れる。
ちょっと、落ち着こうよ!?猫って静かに行動するものでしょ!?
「そもそも!最初に裏切ったのはこいつだろ!何許しちゃってんだよ!甘々かよ!」
「いや、ね?だっていつ何があるか分からない世の中じゃないですか。強い人は全員味方につけておかないと、後々面倒でしょ?」
「何があるか分からない世の中、裏切り者をもう一度仲間にすることほどのリスクはねえな!」
「確かに」
「納得するなら今すぐ捨てて来い!」
「そんな捨て猫を捨てろって言うみたいに……」
「捨て猫の方がまだマシだ!」
あー、うん、うん。そうだね。
私はにっこりと笑い、少年の肩に手を置いた。
「落ち着こうね?」
「……っ」
真読魔法。
少年が徐々に落ち着きを取り戻していく。それと同時に、怒りと引き換えに不機嫌になった気がするけど、まあそれくらいなら。
「座って」
「……その代りお前、ちゃんと説明しろよ」
「もちろん。といっても、さっき言ったこと以外の説明なんてないんだけどね」
少年が座ったので、私も座る。同時に、心臓がドクドク脈打ち始め、安堵感が襲って来た。
うわ、今更ながら恐怖が。あのまま絶交の流れになっても全然おかしくなかったよ。
あー怖かった。今後二度と少年を怒らせないようにしよう、うん。
「お茶要る?」
「いらねえ。それより説明だ。経緯を、詳しく、一言の漏れもなく。伝え忘れたことなんて微塵もないって確信できるくらいに、説明しろ」
「……えーっと、そうだね……」
ここまで詳しい説明を求められたのは初めてだった。言われた通り、お使いに行って何を買ってどこをどうやって帰って来たかまで全部話した。
話し終えてようやく、何を買ったかは要らなかったかもしれないと思った。
少年は深い溜息を吐くと、私の方を……じゃなかった。私の後ろに立つ騎士を見る。
「ちなみに、俺は反対だ。一度裏切った奴は二度目もやる。一度『離れる』の選択肢を選んだ奴は、次もそれを選ぶ。だからこそ魔王は突き放したって、思ってたんだけどな」
「最初はね?でも、今は違うし。気が変わったの。いい事でしょ?」
「なあ、俺はさあ、お前は優しーから、有り得ねえほどに他人に慈悲を与えちゃう奴だから、こいつを拾って来たんじゃねえかって思ってんだよ」
そこまで高評価もらってたんだ。嬉しいね。
少年は私に視線を戻す。
「前は伯爵家って言う、どうであろうとこいつを受け入れるところがあったから突き放したけど、今はどこにも行く当てがないこいつだから、拾って来たんじゃねえの?今だって、もしこいつが魔族領を出て行けば行く当てがあるって言ったら、捨ててもいいんだろ?」
「酷いな、そこまで薄情じゃないよ」
「じゃあこいつが出て行きたいって言ったら?」
えー、またそんな事言っちゃう?
「それは無いと思うけど、仮に出て行きたいって言っても、こいつもう魔王の側近だからね。そう簡単には――辞めさせないかな」
そう言うと、少年は少しだけ安心したような表情を浮かべた。
やっぱり、優しいんだよなあ、少年は。皆もだけど、優し過ぎて泣けてくるよ。
結局は、心配してくれてるだけだしさ。
「じゃあ、俺からはもう何も言わねえよ。お前は中途半端な奴だなとか、お前って結構馬鹿だよなとか、そういう事を言うのは止めておいてやる」
「今の、わざとにしても無意識にしても相当質が悪いね」
少年ってたまに感情的に責めて来るから、怖いわ。無感情でも怖いけど。
「じゃあ、実験とか始める?」
「いや、ちょっとだけ待て」
「?」
首を傾げる。これ以上に何するって言うんだろう……。
少年は立ち上がると、騎士に近寄った。嫌な予感がしたのは騎士も同じようで、一瞬目を細める。少年はいやらしくにやりと笑った。
「裏切り者って自覚は持っとけよ。自覚しとけ。それだけで少しはマシになると思うぜ」
「そのようですね。皆様から言われますし、自覚はしているつもりです」
「だろうな。ああ、そうだろう。よしよし、それならいいんだ」
少年はにこっと笑う。私は一瞬それだけかと安心して、次の瞬間、思わず飛び出しそうになる。
少年が氷で出来た剣を持ち、騎士の喉元に切っ先を向けていた。瞳孔が開き、尻尾は騎士の足に絡みついていた。つまり、逃げられない。
「なあ、次、魔王を裏切ってみろよ。俺らの信用を、信頼を、無碍にしてみろ」
剣の角度が変えられて、騎士の喉に触れる。
「本当に、本気で、許さねぇからな……俺と、妹と。二人で、お前を殺してやる」
「勝てるのですか?」
「生意気言ってんなよ。お前は仇でもあるんだ。剣で斬って爪で裂いて牙を食い込ませて、相打ちになっても殺す」
氷の剣は蒸散し、足に絡んでいた尻尾は元に戻る。少年は大股でソファに座ると、私に対して不敵に笑って来た。
「なあ、いいよなあ、飼い主さん」
「……お好きにどうぞ、ノラ猫さん」
いいよなあも何も、止められる気がしないし。
「許可もらったからな。裏切るんじゃないぞ」
「もちろん、魔王様を裏切るなど以ての外です」
「どの口が言うんだ」
「あー、はいはい、少年、魔導具の勉強しようよ」
二人を宥めてから、本を広げる。
やっぱり皆こんな反応なのかなあ。ビサの反応も気になるけど。
それにしても、裏切ったら殺す、ね。
少年なら本気でやりそうで怖い。
閲覧ありがとうございます。
久々の更新です。間が空いてしまいすみません。
次回は、次の目的の話です。




