18 怒られました
目が覚めた時、頭がガンッと痛かった。
痛~ッ!
なにこれ、薬を飲んだから?副作用?
あ、ふわふわ。特別室だ。うーん、もう寝たい。寝よう。今なら、まだ、寝れそう――
「ミルヴィア?起きた?」
お兄様の声。穏やかな声だなぁ。声が穏やかな時って、ロクなことが無いんだよなぁ。
お兄様は返事が無いので、更に続けた。
「寝てたら返事して?」
「寝てます」
逃げられないと分かって、起きる事にした。起き上がると、にこやかなお兄様。その後ろでびくびくしてるエレナさんと、こちらはにこやかでも普通のにこやかなユアン。
あ、これ、逃げられないやつだ。
「ミルヴィア、どうしてベッドを抜け出したのかな?」
「その前に。あの部屋の前で立ってた衛兵さんは?」
「どうもしてないよ。後でクビにするつもりだけど」
「しないでください。むしろ役職をあげて下さい」
「どうしてかな?」
「あの人、お兄様に対しての忠誠心がありました。他の人には決して、決ッッしてなかったものです。お願いします」
「…ミルヴィアに言われてもなぁ。結局ミルヴィアを逃しちゃったわけだし」
「まぁ、そうですけど。この前のやられたら、エレナさん、多分気絶しますよ」
エレナさん、かなり吸血鬼に対して恐怖心を抱いていたようだしね。
私、実は今恐怖で一杯なのです。一刻も早く逃げ出したい。
「ミルヴィア、いいか、興奮状態で逃げ出すなど正気の沙汰ではない。普通の魔法使いだったらいいけど、吸血鬼がそうした場合、街一個が全滅したというのがオチだ」
オチって。かなり酷くない?私そんな危険生物。なるほど、エレナさんが怖がるわけだ。…あっ、いけない涙が。
「もしユアンが吸血鬼になっていたらどうするんだ?もしこの屋敷が血で染まったら?僕はミルヴィアを斬らなきゃいけなかった!」
「はい…」
言い返す言葉が見つからない。だって正論だから。でもさ、教えておいてくれても…というのは言い訳にしかならない。今は素直に反省しとこう。
「マーチスが対応しなかったらどうなってた事か…!」
「マーチス」
「異種族対応の医師だよ」
「じゃ、おに、いえ、あー、吸血鬼とか狼男とかゾンビとか?」
「ゾンビは腐敗してるだけの死体だ。そして、エレナは僕が狼男だと知ってるから遠慮しなくていい。ユアンが知ってる事も、さっき聞いた」
「へ、へえ」
結構知ってる人居るじゃん、と思ったけど、私・エレナさん・ユアンの三人だけか。
「ゾンビっているんですか」
「どこで知ったのか気になるけどね」
どき。
鋭い。まさか地球という星です、なんて言えない。
「本です」
この答えは便利。何が何でも本!本は本!本にはすべてが載っている!…なんちゃって。
「話を逸らすな」
「バレタ」
「ばれるよ。それに気になってたんだけど、どうもおかしいんだよ。ミルヴィアの言動って」
「え…何がですか?」
「普通、魔王だろうと吸血鬼だろうと、十歳くらいまでは子供っぽいはずなんだ。我がままは言うし、泣く。なのにミルヴィアは、聞いた事も無いはずなのに敬語を使う。どうして?」
「…」
これはまずい。本で知ったとは言えない。あの本棚には物語が無かったし、見よう見真似だとしても私の敬語はしっかりしてるはずだ。
「それは…」
「それに、ゾンビ。あれは刺激が強いと思って、本棚から抜いておいたんだけど?」
「…」
ヘーソウナンダー。シラナカッタナー。
って、これは本当にまずいぞ。この世界に転生者なんて居るのか知らないけど、これはまずい。どうしよう…?
「あと、普通ならさっき抑えられなかったはずなんだ。普通ならね」
「それは、私が普通じゃない事を示唆しているのでしょうか」
「示唆とか、普通知らないよね」
「これ、事前に練習してました?」
「まあね。理解不能の妹を前にしてるんだから。でも、ミルヴィアはミルヴィアだし、もしも変な子だとしても、別に、ね。魔王だし、変でも変じゃない」
「…言えません」
言うか迷って、言い訳するか迷ったけど、言えないと止めた。何を言ってもだめだったと思う。だから、何かある。だけど言えない。そういう事にした。
「そう。言えない、か。魔王は天才だし、そういう事もあるのかな」
「ですが、ミルヴィア様」
いきなりユアンが口を開いたので驚いたけど、驚くほどでもない。私はユアンをしっかり見た。
「これから先、どこに行くにも、私を連れて下さい――屋敷の中でも」
「分かった」
「あと、ミルヴィア」
「はい、お兄様」
「お説教はまだ終わってないよ?」
そう言われて、背筋に氷が滑ったような心地がした。
「そもそも寝ているように言ったのに勝手に動き回ってること自体がだめだし、どうして三百四号室に何て行ったんだ?あそこは広いし使用人が出入り禁止だから見つけにくい場所なんだ。それと調べ物があろうと明日まで待てば良かっただろう。もしどうにかなると思ったなら大きな勘違いだし、あの状態のまま放置だったら魔王の実力を乱用した事は間違いない。そうなれば国一つ滅ぶところだった。僕だって対処できなかったよ。副官が来てくれてなんとか相討ちになったとしても、その時には時既に遅しだ。もしかしたら勢いに任せて勇者のところに行き、万智鶴様の剣まで折ったかもしれない。ミルヴィアは万智鶴様の剣が無いと死ねないんだよ?あと…」
延々続くお兄様のお説教に、私は大人しく右から左に流さないよう精いっぱい気を付けながら聞きました。
三分の二は流れちゃったけど。
「――とまあ、これくらいかな」
「お兄様、私、お庭に行って癒されても」
「だめ。何のためのお説教だったの」
「ですよね」
あの綺麗なお庭で癒されたい。ああ、癒しが欲しい…。
コンコン
「はい」
「失礼します、魔王様、じゃなくて、ミルヴィア様に用があって来ました」
「コナー君!」
コナー君は大きい花瓶を持って部屋に入って来た。お兄様が居るのを見て一瞬足が止まったけど、お兄様が微笑みかけるとほっとしたように中に入ってくる。気弱なのかな?可愛い…癒しが…自分から来た…来てくれた…。
「ミルヴィア様、えっと、お花を用意しました」
「お兄様、エレナさん、あとユアン…は、出てくれないよね」
「はい」
そんな満面の笑みで言われても。
「じゃあ、僕らは失礼しようかな」
「ミルヴィア様、失礼しました」
二人が出て行くと、私はコナー君が持って来た花瓶に目を移した。
綺麗!
青と緑の、綺麗な花が並んでいた。なんとも表現出来ないけど、きらきらと花弁や葉に着いた水滴が光ってる。
「えっと」
「タメ口ね。約束したでしょ」
「うん。これはマトラっていう花なんだ。綺麗でしょ」
青色の花を指して、コナー君が言った。
「コナー君、これ、どこから採ってきたの?」
「コナーでいいよ?これは庭から。ちゃんと手を合わせたから大丈夫」
「手を?」
「ちゃんとお礼をしてから摘み取らないと、呪われるんだ」
「そうなんだ」
そう教えられるのかな。摘み取る時は手を合わせないと呪われるわよ、みたいな。無闇に子供が摘み取らないように、とか?
「それじゃあね」
「えっ、もう行くの!?」
私の癒しが行ってしまう!
「コナー君、明日、庭に行ってもいい!?」
「…うん、全然構わないよ。僕は明日は植木の手入れをしてるから。じゃあね」
コナー君はひらりと手を振って、行ってしまった。もう一度言おう。…行ってしまった。
「ユアン」
「はい」
「寝るから出て行ってくれる?」
「いえ、ここに居ます」
「は!?」
「私が居なかったから、抜け出したわけですし、ここに居ないわけにいかないでしょう」
「寝にくい」
「我慢してください。先ほど抜け出した報いです」
「…」
お兄様に怒られてしまえ、と心の中で毒づきながら、私は無理やり眠りにつこうと目を瞑った。
閲覧ありがとうございます。
ミルヴィア、怒られました。コナー君は次回、出ます…と言いたいところなのですが、特別編が入ります。本編ではありませんが、結構重要になると思ういます。




