162 『青髪の騎士』
コンコン
控え目なノックで起き上がる。今何時だろ?寝てた感覚的に、八時くらいかな。私にしては寝坊した。いつもだったら五時には目が覚めるのになあ。
はい、と声を出すけど、その声は明らかに眠そうだった。そのせいか、扉の前の人も戸惑ったようだ。ていうかレーヴィいないじゃん。どこ行ってんの?
扉が開いて、お兄様が顔を出した。私はお兄様の顔を見た途端飛び起きて手櫛で髪を整えた。お兄様はその様子を微笑ましそうに見ていた。私が一通りやり終えてベッドから抜け出すと、お兄様はようやく口を開いた。
「おはよう。今起きたかな?」
「はい。ごめんなさい」
「ううん。よく眠れてたみたいで良かったよ」
「え……っと、何かあったんですか?」
「さっき伯爵家から使者が来てね」
「使者!?」
あの無礼者で公爵家を敵に回すような無能な奴が、使者を出すの!?急にそんな手順踏む!?手順ぶっ飛ばして勧誘状送って来た馬鹿が!?
今更礼儀正しくしても遅いんですけど!
「うん。そうだよねえ?今からちゃんと手順踏んで色々やったら、許してもらえるとでも思ってるのかなあ?寛容な公爵家の面子を保つために表向きはよくしてやるけれど、僕は許せないなあ」
「は、はい」
気のせいかな?お兄様の周りから禍々しいオーラが出てる気がする。オーラに混じって殺気がある気がする。
伯爵家の皆、やばいんじゃないかな?ウチと関係なくなったら伯爵家なくなるんじゃない?
その時はお手伝いしようかなー。大したことはできないけど、まあ変な噂流すことくらいなら出来るよね?
「で、使者が今日ユアンを迎えに来るって。どうやら令嬢様も来るらしいよ。見送る?」
私の表情が固まる。
ユアン、今日行くのか。そして伯爵令嬢も、ご丁寧にお迎えに来たってわけだ。それで、私が見送るかって?
はは。笑えるね。
「お兄様、冗談を言いに来たんですか?」
「まさか。冗談なんて言わないよ」
お兄様はにっこり微笑んだ。だけど冗談みたいな話だよねー。お兄様、私が見送るって言うと思ってるのかな。
いや、思っていないか。ただ、万が一、私が行きたいって言うんだったら可哀想連れて行こうと思ったから誘いに来てくれただけだ。その優しさはすごく嬉しい。嬉しいけど、私は行かないし少しも見送りたいだなんて思えない。
「行きません」
「そうだよね。でもミルヴィアなら、もしかして笑って見送るんじゃないかと思ったから」
「お兄様がそうしてほしいと言うならやりますよ?ついでに伯爵家一行に恐怖を植え付けてやりますよ?」
私が両手を広げてなんでもなさそうに言うと、お兄様は苦笑して首を振る。
「今回は遠慮しておこう」
残念。やりたかったのに。ついでに言えば、どうせもう会わないんだったらユアンの心を傷付けたいとか言うのもなくはない。怒ってるし、どうせならやってやってもいい。
だけど、今まで世話になったからね。そこまでやっちゃったら恩知らずじゃん。恩は感じてるんだよ?一応。許すつもりはないにしても。
「そう。……そうだ、門で見送るから、三百四号室の隣の部屋からなら、門が見えるんじゃないかな」
「……」
「じゃあね」
お兄様はまたにっこり微笑んでから、部屋を出た。コツコツという足音が遠ざかっていく。
三百四号室の隣の部屋……って言ったら、いつもエリアスが泊まる時に使ってる部屋か。っていうか、それを教えたって事は、行けと。
姿は見せずとも見送れと、そういう事?
相変わらずお兄様は人が悪いなあ。あんな奴知らないって。
まあ気になるから行くんだけどね。
でも、本当に門なんて見えるのかなあ。窓枠に乗っからないと見えないんじゃない?それだったらもう一つ隣の部屋の方が――って、そっか、そこは物置きみたいになってるんだっけ。
少し埃っぽい感じがするし、まあそこをお兄様が勧めたんならそこに行こう。
私は風魔法と身体強化で一気にそこまで行くと、窓枠に座った。メイドさん達のおかげで、ここはそんなに鉾っぽくない。布団のシーツも整えられている。
私は少しだけ窓を開け、『五感強化』をオンにする。下にはコナー君が居て、花の手入れをしていた。
声掛けようかな。でも、ここにいるのが外にばれたらちらちら見られそう。一応光の反射とかを利用して、と。
目を光のチャンネルに合わせると、光の反射具合も見えるから、ここが見えづらいように窓ガラスを調整すればいい。
ま、こんなもんでしょ。うん、我ながらいい出来。風が吹いても動かないように防風バリア張っておいたし、完璧!
最近魔法の中ではバリアの種類に興味があるんだよねー。主に使われるのは正式名称としては『物理及び魔法反射バリア』ってやつなんだけど、他にもいろいろな種類があるから調べてみると楽しい。
そもそもバリアっていうのは、魔力の反射で何を遮るかを決められるっていうものなんだ。だからまあ、私が常にやってる目への魔力供給と似てるね。
しばらく外を眺めていると、お兄様が門に向かっていた。三階の窓の一つが少し空いているのを見て満足そうに笑ったのを見逃さない。
そりゃあね。気になるから来ますよ。当たり前でしょうよ。
私が門を見てるお兄様をしばらく見ていると、屋敷から誰かが出て来た騎士服を着た、青髪の――うん。
真下に居るコナー君が立ち上がったのが分かった。わっ、お願いだから行かないでよ?コナー君は巻き込みたくないよ。
私の願いが通じたのかはたまた神様が止めたのかは定かじゃないけれど、コナー君はその場から立ち去った。それでいい、と私は内心で拍手。
「カーティス様」
私の耳がユアンの声を捉える。さすが『五感強化』、こんなに離れてても分かるなんて。本当なら屋敷中の声が聞こえても不思議じゃないんだけど、その点は集中している箇所の音っていう事でなんとかなっている。
「この度は本当に……」
「今、この屋敷で発言する事は許せない。言っておくけど、今となっては伯爵家は敵勢力だよ。そちらに加担するって事は忘れないでよね」
「肝に銘じます」
肝に銘じても遅い。
って叫びたいのをぐっと堪えて堪えて堪えて、何とか言葉を飲み込む。だって敵って言われているのと一緒なのに、今更謝っても許してもらえないのに、よくやるよほんと。
そう考えていると、ガラガラと言う騒音が聞こえてきて(に聞こえるのは私が今『五感強化』をオンにしてるからなんだけど)、門の前で止まった。二頭が引く黒いつやのある馬車だ。中からまず執事が出てきて、お嬢様を外に出す手伝いをする。
私の頭の中にふと、ここから火炎弾をぶち込んでやろうかという考えが芽生えた。お兄様も巻き込まれそうなのでやめたけど。
「お出迎えご苦労様ですわ」
伯爵令嬢が馬車から出てくる。いつも通り、派手なドレスを身にまとっていた。
ご苦労様っていうのは、目上の人が目下の人に言う言葉なんですがね。
マナーも知らないのか、この箱入り娘は?
「ユアン様、行きましょう?」
「アリファナ嬢。ユウティ伯爵はどこに?」
「居ませんわ。当たり前ではなくて?」
確かに。お兄様、それは聞くだけ無駄ですよ。
公爵家に喧嘩売っておいて平静を保ってここに来れるわけない。ましてやあの勧誘状は娘から言われたものだとしても、ユウティ伯爵のサインがしてある。
さすがにお兄様と面と向かって話すってわかってる場面には来ませんよ。
「さあ、ユアン様行きましょう。エスコート、してくださいますわね?」
「……もちろんです」
ユアンの表情は、ここからは見えない。『視界良好』とか使ったら見えるかもしれないけど、別に見たくもないし。
ユアン伯爵令嬢の隣に行くと、腕を組んだ。後ろのお兄様に気を使いながら――本館の方を見上げて、窓を一つ一つ確かめながら。
この部屋の窓にユアンの目線が行った時、目が合った。今このガラスは太陽の光を反射してて向こう側からは見えないはずだから、気付いたのは私だけだと思う。でも確かに、目は合った。
「失礼しました、カーティス様」
執事の人が、お兄様の前に頭を下げながら移動した。そして、お兄様の手を取って、一握りの、金貨を渡す。小金貨か大金貨かは分からないけれど、その硬貨は一瞬金色に光ったから、間違いがない。
お兄様は、その金貨を押し戻した。
「これ以上冒涜する気か」
それは、お兄様の、殺気と怒りと冷たさを混じった声だった。出来るなら、私もあいつらに言ってやりたい。
これ以上ここに近付くな。
これ以上ここに居るな。
二度と公爵家の名を口にするな。
叶うならば。
「魔王と言う言葉さえも、お前らには口に出してほしくはない!」
外に聞こえない程度に叫ぶ。
そうだよね。私言ったもんね?
公爵家への宣戦布告であり私への宣戦布告だと、言ったもんね。
私の騎士を奪って行った。例え私が止めなかったとしてもそれは事実だ。言っておくと、この怒りは伯爵家全体に向けられている。
もちろん青髪の騎士も、例外ではない。
「……お姉ちゃん」
いきなり聞こえた声に驚いて、扉の方を振り向く。そこで、アルトは珍しく焦点を合わせた目でこちらを見ていた。
「あのお兄ちゃんなら、心配しないで。僕が呪っておくから」
「アルト、呪わなくていい。ただ普通に、ここに居てくれ」
アルトはこくりと頷くと、私の側に来る。私の手を握って、また焦点の合わない目で空を見つめた。
まあ、今どうこうするつもりはない。皆無と言っていい。
ただ、一つだけ心配があるんだよね。
勧誘状には、今よりもいいお給料を払うと書いてあったけどさ。
月に五十万円以上も、払えるのかなあ……?
閲覧ありがとうございます。
最近本当に更新が滞ってしまい申し訳ありません。次回からは少しスムーズになる(予定)です。
次回、エリアスが来ます。