158 安心感
「魔王、どうしたの。元気がないように見えるの」
やっぱり安心するなあ、狐ちゃんの声は。なんていうか、足元がしっかり固まってるような安定感?
狐ちゃんは首を傾げて、私の目をじっと見てくる。なんか観察されてるみたいで居心地が悪い。自然と体が強張った。
それを見て、狐ちゃんが目を見開く。隣にいる少年は、逆に目を細めた。
「お前さ……」
「あー、あのさー、ちょっとお願いがあってね」
「……何だ?」
半ば無理やり、話題を逸らす。少年は何故か警戒して私の話を聞く。
やば……落ち着けミルヴィア、今日は滅茶苦茶皆に心配されてんだから。エリアスがあんな素直になるなんて、私相当落ち着いてないから。
やらなきゃいけないことはそう多くないし、エリアスにあたった時みたいにしたら悪い。
「ユアンが問題起こして?っていうか問題に巻き込まれてね、辞めるんだって。それで、評判の管理をお願いしたくって……いいかな」
「まあいいけど、ははあ、それで落ち込んでるのか」
「落ち込んではいないけど」
「魔王、誰がどこからどう見ても落ち込んでるの」
そ、そこまで言わなくてもいいじゃん。ただ混乱してるだけだって。落ち込んではいないよ。
ああもう、早いところ帰ってお兄様の事手伝わないと。忙しいなあ、お兄様の事手伝うだけなのにいつもの数倍は忙しく感じるよ。
っていうかなんで少年は警戒を解かないわけ?
「神楽にではなく、儂にじゃな」
「あ、なるほどね。安心してよ少年、私が居る限り、この子は単独で動かないから」
「前にお前に命令されて動いてたけどな!」
「あれは例外です~」
「例外があっちゃ困んだよ!」
「あー、やっぱり漫才やってると落ち着くな」
「漫才じゃねえから!」
うん、今どっちかって言うと漫才っていうのが通じたのに驚いているよ。この世界にも漫才ってあるのね。人族との戦争でそんな余裕ないだろうに。
もしかすると他の転生者が伝えたのかもなー、とか思いながら、周りを見渡す。
思ったのが、さっきから巡回中の人たちから見られてるなって。やっぱり、心配されてんのかあ。
ちょっと、いやかなり居心地悪いぞ。
「魔王、私が言うのは違うかもしれないけど、剣の一族は魔王にとって必要だと思う、の」
「おい、おまっ」
「お兄ちゃん、私はそう思ってるの」
「俺はそうは思わねえよ。魔王はあんな奴と離れておくべきだ。毒されたらどうすんだ?」
「っ、だってこんなに落ち着かない魔王、初めてなの!魔王の事を考えるのっ!」
「違う、そうじゃねえよ!だってあいつが居たらいつかは魔王が責められるだろ!?あいつの評判は悪いしそれに、俺らと居るなら――」
「あー、ごめんごめん、待って。ありがとね、私の事考えてくれてるのはすごく嬉しいんだけどね、後ろで市民団体の方々がざわついてるから」
それを聞くと、二人はパッと言い合いを止めた。市民団体と関わり合うと、無種族だとばれるからね。
あんまり好ましくはないでしょ。さすがに処刑だー!ってなったら今の活動全部ほっぽって止めに行くけどさ。お兄様には悪いけど。
私は振り向いて軽くお辞儀をする。お騒がせしました、的な挨拶。市民団体の人もお辞儀をして、裏路地から出て行った。
「ま、まあ、評判とかは任せるの。人脈だけは自信があるの」
「分かった。ありがとね。安心だよ、そう言ってもらえると」
「……でも魔王は、剣の一族が居た方が」
「さあ、もう行こうかな。時間取らせちゃってごめんね。任せるよ」
「魔王!」
狐ちゃんが涙目で、大声で叫ぶ。
きっと、と続けた。
「魔王は剣の一族を怒っているの。分かるの。だけど、居ないと魔王は不安なの。安心できないの。ほぼ依存してるって言っても過言じゃないと思うし、私はそれでもいいと思うの。だから」
「狐ちゃん」
私は狐ちゃんに対して微笑む。狐ちゃんはむしろゾッとしたというように、びくっと震えた。
「大丈夫、安心できてるから。何かあれば二人を頼るよ」
「だめ」
少年はしゅるりと尻尾を私の前に持ってくると、にやりと笑う。
「分かった?」
「……んー……」
「なんかあったら俺が助けるから。だけど、頼りまくるのはだめ。俺は、裏の世界を守るんだから」
「……分かった。ありがと」
「分かればいいんだよ、分かれば」
偉そーに。実際助かってるから偉そうでも構わないけど。でも、たまーに出るあのデレみたいなのはなんなの?
ツンデレ?少年ツンデレ属性?でもあんまりツンツンしてない。普通に優しいもんね。
ツンデレはむしろエリアス?エリアスも普通に優しいか……。
いや、いいや別に。属性とか考えてる余裕ないんだわ。
「ちなみに、最近は少年何やってるの?」
「え?あー、なんもしてねえよ」
「ふうん」
絶対なんかしてるよこの人。本当にやばい事してたら庇えないからね?というか庇わないからね?
まあ少年の事だし、本当にやばい事ってのはしてないでしょ、多分。どっちかっていうと平和を保つ存在だし、魔王としては関わっててよかったかも。
ギブ・アンド・テイクは無しにしてるから、別段一緒に居てよかったー!っていうのはない。
ただ、安心感は桁外れだよね!
「じゃあね、私は帰るよ。バイバイ」
「ああ、じゃあな」
「……今のうちに、引き留めといた方がいいと思うの……」
「ははっ、ありがと。じゃあねー」
狐ちゃん、心配してもらえるのは有難いけど、引き留めるつもりはないんだ。
あいつならやっていけると思うからさ。
公爵令嬢として、ここは譲れない。譲った人材を返せなんて言うのは、マナー違反だしね。
閲覧ありがとうございます。
久々の少年登場。ミルヴィアにとって、友達はこの二人とコナー君しかいないので、この三人の安心感は半端ないと思います。
次回、お兄様と仕事しながらお話しします。