護衛編 思考
ミルヴィア様に吹き飛ばされた。あれだけ大きな魔法を使ったというのに、息が乱れてさえいなかった。私の方はと言えば、バリアなど関係なく貫通してきた風魔法が、胸にあたって痛む。
ミルヴィア様は何も言わない。こちらを見てさえもくれない。
私は少しして、部屋を出て行った。外にはレーヴィ様が居て、私の腕を思いっきり掴む。
「お主……そのような事が許されると思っておるのか?」
「思っていませんよ。私はただあの方を守りたいだけです」
「……なら好きにするがよい」
レーヴィ様はそう言って、部屋の中に入って行った。慰めに行ったのだと思う。
今回の選択に迷いはない。ミルヴィア様がどう思っているのか分からないが、公爵家の評判のためだけではない。私の行く場所には色々な貴族が注目していた。そんな私が魔王の側にいると知られれば、世の中は問題視するに違いない。
ふとそれも思い出し、そしてミルヴィア様に私が付き従う限りミルヴィア様は多くの制約を加えられることになる。
この呪いは解けないのだから。
それは今まで封印してきた考えだけれど、私があちらへ移ってからしばらく、好きに過ごせばいいと思う。
ミルヴィア様も、気持ちの切り替えは得意だろう。
私はそう自分の事を誤魔化しながら眠りについた。
翌日、ミルヴィア様が出掛けたのが窓から見えた。コナー様と話す光景も、今は自分と程遠い場所で起きているように感じる。
ああ、レーヴィ様が護衛ですか。なら安心ですね。
任務を放棄したくせに、心配する権利などないのだが、心配なものは心配だ。
恐らくミルヴィア様は、私が出発の日に来てはくれないだろう。笑って送り出されるのが辛いから、それは全く構わないのだが……。
コンコン
「はい」
「カーティス様がお呼びです」
目を細める。どうやら叱られに行かなければならないらしい。
タフィツトへ向かう途中、私は説明の手順を考えていた。もうミルヴィア様が説明を終えているだろうし、軽くでいいだろう。
執務室の扉を叩き、中に入る。カーティス様が、呆れたようにこちらを見ていた。
「まったく、せっかくミルヴィアが一度止めたのに……なにやってるんだ?あの子を失望させたいのか」
「そうではありません」
「そうではありません?そうじゃないか。実際あの子は失望している。君はあの子の側を離れていいと思っているのか?」
「……」
カーティス様は厳しい目を向けてくる。私は無言を貫いた。
カーティス様は立ち上がると、私の目の前まで来る。カーティス様は、大して振っても居ないナイフを私の頬を掠めた。つうっと血が滴る。
さすがに威力が高い。恐らく肉弾戦で戦ったとしたら、私は負けるだろうと思えるほどの技量と筋力。細身なのに、狼男は身体能力が高い。
「無言。あの子の時もそうだったのかな?それであの子を怒らせて」
「私の意思だと言いました」
私が話すと、カーティス様はかなり驚いた顔をしてから、怒りのこもった目でこちらを見た。
「そんなストレートに言ったの?理由は話した?自分が居ると迷惑だから、自分が居ると不幸が起こるからって、ちゃんと言った?」
「詳しくは言っていません」
「じゃあ……行った方がいいと思いますって言った後、ミルヴィアに少し止められて、すぐに自分の意思だと言ったわけだ。止めてもらおうともせずに」
「止めてはもらえないでしょうから」
それでミルヴィア様が怒ったのだとしたら無理はない。ちゃんとした理由も伝えられず、ただ自分の意思で辞めたいのだと言われただけなのだから。
カーティス様は机の中から書類を取り出して、机に叩き付けた。
「ならここにサインしろ。僕はもう知らない。そんなんなら、アイルズに任せた方がずっとマシだ!」
「……!」
それは違います。
そう叫ぼうとしたけれど、違わないかもしれない。
ミルヴィア様はアイルズ様に傷つけられた事などない。これからの事は分からない。だが今のところ一番傷付けてしまったのは私だろうから。
「っ!」
「口答えしたいならするといい。僕はもう何を言ったって聞かない。ミルヴィアの護衛に戻りたいなら頭を下げて、自分が悪かったと詫びて、ミルヴィアから了承をとれ。どうせ、あの子はもう連れ戻さないだろう」
「……はい」
私はおとなしく書類にサインをした。これで恐らく、しばらくすれば私は伯爵家へ移る事になる。
カーティス様は書類をしまうと、出て行けと手を振った。私はタフィツトを離れて、庭に出る。そういえばミルヴィア様はアイルズ様に逢いに行っているはずだ。
庭から外を眺める。アイルズ様は恐らく私の話を聞いたら、飛びつくだろう。すぐに自分が護衛になると言うに違いない。
それに、もし今のミルヴィア様に付け込まれて、この屋敷に来ることになんてなったら。
私はゆっくりと庭へ出て裏門に手を掛け、開けようとした。錠は掛かっていない。行こうと思えばすぐに行ける。幸い謹慎とは言っても自室にいろと言われたわけでもないし――。
「何やってるんですか」
背後から声を掛けられ、振り向く。コナー様が、敵対心丸出しでこちらを見ていた。
どうやら本当に嫌われてしまったようですね。
「外へ出ようかと」
「どうしてですか」
「ミルヴィア様が心配なんですよ」
コナー様は私を睨み付けてくる。少し威圧感があり、驚いた。
「ミルヴィアは平気です。レーヴィさんが居るんだから。早く部屋へ戻ってください」
「レーヴィ様だけでは、アイルズ様を押えられるかわかりませんし」
「だったら!なんで!辞めようとしてるんですか!」
コナー様は怒鳴り、目に涙まで浮かべてこちらを睨んで来た。
「私が行くのは、ミルヴィア様に被害が及ばないようにです」
「……僕はエルフから逃げて来たから、分かります。というか、僕が今のユアンさんの立場と似ているから、分かります。ミルヴィアはそんなの気にしません。僕がどれだけ厄介でも、ミルヴィアと僕が楽しければミルヴィアは一緒に居てくれる。そんなのも、分からないんですか?」
なら。
「あなたは自分がミルヴィア様の側にいて迷惑だと思わないのですか?」
「思いますよ。で、それがどうしたんですか。ミルヴィアが側に居てくれるって言いました。居てほしいって言ってくれました。嬉しくないんですか?じゃあここに居たいって思わないんですか?」
「思います。だからこそ、今、心配だから、見に行こうと思っているんです」
コナー様はそれを聞いて静かに言う。
「ユアンさんは考えてない。ミルヴィアがどれだけ困って悲しんで寂しくて泣きそうでそれを誰にも言えなくて、どれだけユアンさんと居て安心してたか考えてない」
「……」
「自分の部屋に戻ってください!今ミルヴィアがユアンさんと会っても、ユアンさんが満足するだけです。ミルヴィアは寂しいだけ。悲しいだけ。ミルヴィアの事を考えない人なんて、ミルヴィアと会ってもいい事なんてない!」
コナー様は精一杯叫んだようで、一気に息を吐いた。こちらを睨みつけて、辛そうにしている。
子供なのによく考えていますね。
私は踵を返して、自室に戻ることにした。
ああ、あの方までそう言ってくるとは思いませんでしたね。
どうやら私が居なくなっても、ミルヴィア様はうまくやっていきそうです。
閲覧ありがとうございます。
その時ユアンは~編です。
次回、ミルヴィア目線に戻ります。狐ちゃんと少年に話すところからです。