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弟子編 憤り

 私は試験を突破して残すは一人、強者のみとなった。だから師匠は喜んでくれると思ったのだが、なんだか反応が薄い。しかももうしわけなさそうに、訓練の予定の事を話し始めた。


「しばらく忙しいから、訓練ができないんだ。ごめんね」

「何故ですか」

「ユアンがわたしのところ辞めるんだって。そのやつでね、ちょろちょろっと」


 ユアン殿が師匠のところを辞める?ありえないだろう。

 そうとは思ったものの、私は何も言わずに師匠の方を見た。師匠はびくっと体を震わせ、怯えた目でこちらを見て、レーヴィ殿が不満気にこちらを見ている。

 さ、殺気が……。


「い、いえ、すみません」

「あー、ううん、いいんだけど、私、今ちょっと過敏になっちゃってて、ごめん」

「……やはり寂しいですか」

「ん?全然だよ。レーヴィとか他の人も居るしさ。護衛には事足りるし――」

「そういう問題では」


 師匠は無理に笑っていた。そんな師匠、見たくはない。私は少し顔をしかめた。

 それを見て、師匠がまた笑う。


「はは、平気。ところでビサ、軍曹になった場合シフトってどんな感じ?」

「ええと、木民の日が休みです」

「あー、じゃあその日、私が雇ってもいい?」

「……」


 私は目を見開いた。つまり護衛として木曜だけ雇いたい、と?

 護衛には足りると言っていたが、私も雇いたいと言ってくれている。これ以上の幸福はあまりない。

 だけど、私は苦笑いして首を振った。


「申し訳ありません。やはり軍曹になった場合、部下との関係も大事にしたいので」

「そっか。分かった。ビサならいい上司に慣れると思う。それじゃあ、私が言いたかったのはそれだけだから。じゃあね。最後の強者倒さなかったら許さないからね」

「……」


 最後の一言は、無駄に威圧がこもっていた気がする。師匠はその一言を残して、去って行った。何故今立ち去るのかと思ったが、奥に師匠と仲の良い銀髪の少女と猫耳の少年が見えたため、そちらに行ったのだろう。

 私も踵を返して家に向かう。


 私の家は小さな建物、その一室。寮に入ることも考えていたが、やはり鍛錬は一人でしたいときもあるものだ。兵長になってすぐに、自分の給料で借りられる家を探した。

 まあもう少しいい部屋もあったが、あまり広くても落ち着かない。木造建築でも小奇麗な部屋なので、汚れは全く目立たなかった。

 私は椅子に座り、机を思いっきり叩いた。


 大きな音が狭い部屋に響く。私の部屋の隣室には誰も居ない。もう一つ隣の部屋に住んでいる人は夜に働きに出ている人ばかりだ。問題ない。

 先ほどは師匠を気にして何も言わなかった。責任を問うたりもしない。

 だが……。

 師匠を守るのがユアン殿の仕事ではないのか。いつだって自分が居るから大丈夫だと言っていた。師匠もユアンが居るから安心して、と言っていた。

 その信頼を無碍にするのか。


 師匠が怯えていたのは寂しいせいだけじゃない。ユアン殿のいない街並みがどれほど危険が多いのか、分かったからだ。

 魔族は全く敵意を持たない。だが魔王が居ない間は人族が入り込んでいる。

 巡回している市民団体の警備だけでは限界がある。だから子供には大人が付いて回る。

 ところが今日の師匠は子供二人で歩いているだけ。襲ってくださいと言わんばかりの状況だ。普段ならば何かあっても大丈夫だという意識があったのだろう。ユアン殿が居るのだから。


 今は?

 ギルドから送られてくる不思議そうな視線。市民団体から監視されるような感覚。見知った人が居ないという不安感。

 レーヴィ殿は分かっていないようだったが、私には分かる。そして庭師にも分かるのではないだろうか?

 私は人族から逃げて来た。庭師はエルフから逃げて来た。

 いくら魔族が良好な人だと分かっていても、これらの事は子供には酷すぎる。


 温室で育てられた貴族の娘ならば、泣いていても不思議ではない。それが師匠は違う。

 貴族の娘だ。その前に魔王だ。泣かないのではなく泣けない、不安感を押し殺そうとして更に募らせる。

 本当は私が何か言って上げられれば良かった。無理に笑う師匠を見ていられなくて……なんてただの言い訳だ。下手な事を言ってもっと師匠を傷つける事を恐れただけだ。


「くそっ……!」


 私は今、何もできない。師匠は今、私を求めてはいないからだ。師匠が本当に話したい相手は相手の伯爵だろうし、ユアン殿だろう。

 引き留めない理由も分かり切った事。師匠は、私が軍曹になりたくないと言ったら承諾するだろうし、私が師匠の弟子を辞めたいと言っても、分かったと言うだろう。

 師匠はそういう人だ。そしてその事を誰もが知っている。当然、ユアン殿も知っているはず。それを見越して、知っていて言ったのだというのなら……。


「許さない……と言ったところで何をできるわけでもない」


 それにどうせアイルズ殿あたりが動いているだろう。

 もどかしいというかなんというか……。師匠の周りは優秀な者ばかりだ。私は何もしないでいいというのがなんとも。

 何もしないでいいわけではないかもしれないが、何かせずとも事はうまく運ぶというのが……。

 とりあえず、兵士達の中での噂の管理はしておこう。


 師匠の評判はものすごくいいから、しなくてもいいとは思うけれど。


閲覧ありがとうございます。

ビサの住むところはアパートのような場所で、広くはありませんが住人の交流があるいいところです。

次回、護衛編です。

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