庭師編 小さな怒り
昨日は木の手入れをしてたんだけど、知らない人が中に入って行った。
夜になってお布団に入ったときに誰だろうと考えてみたけど、何にも分からずに寝ちゃった。だから今日は、あの人が誰なのか考えてみようと思って。
僕は休憩時間に、花壇の端っこに座って考えた。
あの女の人はカーティス様みたいな金色の髪をしていて、ユアンさんみたいな透き通った青色の目をしてた。目がチカチカするようなピンク色のドレスを着て、傍らには執事の人が居た。
執事の人は何か紙を持ってた。何の紙だろう。
多分貴族の人だと思うんだけど、公爵家に出入りできる人ってことは、すごい偉い人か、公爵様だよね?
あーっ、どうしよう。挨拶した方がよかったなあ。梯子に上ってたから、上から見下ろしちゃったし。女の人には気づかれてなかったけど、執事の人とは目が合っちゃったし。
使用人の礼儀一つで、公爵家の品格も落ちちゃうかもしれないって前にミルヴィアが言ってた。あれは、ユアンさんに向けて言ってたんだけど……。
「あ、コナー君、おはよう」
「ミルヴィア!おはよう!」
僕は立ち上がって、ミルヴィアに笑顔を向ける。ミルヴィアも笑ってくれた。
ふと、いつもの姿がないことに気が付いて、きょろきょろと周りを見渡す。居るのはレーヴィさんだけで、ほかの人はいなかった。
「ユアンさんは?」
「……」
あ、聞いちゃいけないやつだ。
なんとなく、ミルヴィアと遊んでいく中で分かって来た事がある。
ミルヴィアは質問に答えるのがすごく早い。すぐに答えてくれないという事は、難しい事を考えてるか、それかどう説明しようかと考えてる時だ。
今は絶対に後者。だってさっきまで庭をキラキラした目で見渡してたレーヴィさんも、心配そうにミルヴィアを見てるもん。
「えっとねー、ちょっとトラブルが起きちゃってね、今はレーヴィの方が都合がいいんだ」
誤魔化されてる。
「そっか」
ちょっと悲しくなったけど、笑って答える。ミルヴィアが申し訳なさそうに目線を外したのも、気が付いた。
ミルヴィアも隠すのが下手だけど、僕も隠すのが下手だなあ。
「庭師、ずっと気になっとったんじゃが、なんでお主は神楽と仲がいいのじゃ?一見普通の子供のように思えるが……」
「欠点以外は普通です」
僕はにっこり笑って答えた。最近はこう答えるようになってきてる。
だって、パーティーとかですっごいよく聞かれるんだもん。何故なのでしょう、って、大人の人が僕に敬語使って話しかけてくれるんだよ。
ものすごい緊張してそう答えたら、そうか。って気に入られた。
ここで言う欠点って、とんでもない欠点なんだけどね。
「欠点、は、ないんじゃないかなあ」
「え?あるよ、たくさん」
ミルヴィアの言葉に驚いて、そう言った。反射的に言った事だったけど、合ってると思う。
細かいところがたくさんあるし、すごい大きな欠点も一つあるし。
ミルヴィアは考え込むようにしてから、首を振った。
「ないよ」
「……ありがとう」
魔法が使えないのが欠点じゃないのかなあ。
かなりの欠陥だと思うけど……そう言っちゃ、他の『隔離者』の人に失礼かな。でも、実際そうだとは思うし、難しいところだと思う。
「やはり、お主のような普通の子供が、神楽という変人と仲が良いのは納得が行かぬなあ」
「そっち!?」
ミルヴィアが思いっきり叫ぶ。僕もそう思っていたから、ありがたい。
レーヴィさんはかっかっか、と大笑いしてこちらを見た。
「他にもいい女はたくさん居るんじゃから、こやつは止めた方がいいぞ!」
レーヴィさんが、悪戯っぽくにやりと笑った。
えっと、他にいい人が、止めた方が……?
……………。
……………………………。
………………………………‥。
…………………………………………!?
「いっ、いえ、違います!」
「何が違うのじゃ?儂にはそうとしか見えぬ!」
「レーヴィ!コナー君をからかって遊ぶんじゃないの!ごめんね」
ミルヴィアがはにかみつつレーヴィさんの頭をげんこつで殴る。う、痛そう。
いやいやいや、ミルヴィアは確かに好きだけどそうじゃないし!
ああもう、ミルヴィアの言う通り、からかわないでほしい。
「僕はユアンさんみたいな人じゃないので、恋愛はまだです」
カチン、とこの場が固まった気がした。
あ、あれ、禁句?今言っちゃだめなやつ?そういえばユアンさんが居ないのはトラブルが起きたからだ、ってさっきミルヴィアが。
「あー、そういえばユアンはね、今色恋沙汰で問題起こして謹慎なの」
「え!?そうなの!?」
「ん、そうなの。しかも相手からこっちに来てくれって言われてね」
「そっかあ。断るのも大変そうだね」
もし昨日の人だったら、立場的にも断りにくそう。貴族の間のお付き合いって、難しいらしいからなあ。
「それがね、ユアン行くんだって」
え。
僕は数秒固まってから、さっき二人が固まった理由を理解した。だって、ユアンさんがミルヴィアを置いてどっか行くなんて。
いっつも一緒だったし、一人の時の方が珍しかったのに。
確かに僕はユアンさんが嫌いだよ。この前ミルヴィアが攫われたとき、かばってあげられてなかったから。
けどだからこそ、次がないように気を付けるって感じで行ってほしかった。
それで辞めるって、僕、そんな男の人大っ嫌いだよ。ユアンさんはユアンさんで、ミルヴィアの事守りたいならずっとそばにいないとだめじゃん。
なんだよ、ミルヴィアの事守ってくれるのユアンさんとかしかいないのに……。
「ミルヴィアが一緒にお出掛けして楽しそうなの、ユアンさんだもんね……」
何も言わずに、微笑んで立っている。悲しそうに、寂しそうに笑ってた。
何さ、ユアンさん、僕はミルヴィアが大好きだから、絶対、こういうことしてほしくなかったのに!
「僕ユアンさんが大っ嫌いだよ!」
大声で叫ぶ。もしかしたらお屋敷に聞こえてたかも、一瞬ひやりとした。
「……ふっ、はは、あはははは!」
ミルヴィアは数秒めをぱちくりして、大声で笑った。レーヴィさんも呵々大笑する。
逆に僕がぽかんとなっちゃった。え、なんで笑ってるの?
「そっかそっか、大っ嫌いか。そうだよね、あんな奴!」
「大声でそんな事言う奴初めてじゃ。普通はもっと慎み深く生きてゆくべきじゃぞ」
「え、あ、ごめんそんなつもりじゃ」
「いーのいーの。私は素直なコナー君が大好きだからね、逆に裏でぐちぐち言うような人になってほしくないもん。ばっちり私に言っちゃって。くっ、はは、そうだよねえ、あんな奴嫌いだよねえ」
「あ、だからごめんって」
「いいんだって。そろそろ行かなきゃ。じゃあね、何か問題あったらお兄様に言ってね。遠慮なく!」
「じゃあの、庭師よ。また会おうぞ」
二人はクスクス笑いながら、僕に手を振ってどこかへ行った。どこ行ったんだろう。
僕はしばらく呆然としながら二人が言ってたことを考えて、また作業を始めた。
つまり、素直に言えって事だよね。
閲覧ありがとうございます。
コナー君、率直です。
次回、夢魔編。レーヴィです。お兄様じゃありません。