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157 激怒


「ミルヴィア様、大丈夫でしたか?」


 私が帰ると、ユアンが真っ先にこちらに駆けて来た。私に異変がないか、あちこち確認している。

 大げさだなー。六歳児だってお使いくらい行くって。気にしすぎ。

 私は大丈夫だから、と答えて、アルトの頭を撫でてあげた。


「お姉ちゃん……どこ行ってたの?」

「あのお兄ちゃんのところだよ。お医者さんの」

「お医者さん?……ああ、あのお兄ちゃん。そっか、なら、大丈夫だね」


 ほら、アルトの方がよっぽど大人びてるよ。ユアンからしてみれば、一回攫われたからこその事ではあるんだろうけど。

 心配してくれるのはありがたい。

 今は自分の事を考えろって叫びたい気もするけど。


「アルト、食事をしよう」

「いいの?」

「ああ」


 数日間に一度だけの、アルトの特別な食事。

 それが私の感情なんだけど、今日してしまうことに決めた。これからは忙しくて、感情を分け与える(?)なんていう余裕、ないだろうからね。

 アルトの食事は最近、一瞬で終わる。なんか、効率的な食べ方を見つけたとかなんとか。

 なんか怖い気もするけど、短く済むならいいって割り切ってる。

 食事が終わると、アルトは必ず眠たくなってくるらしい。今日も、自分のベッドまで連れてってって言われた。


 連れて行くと一瞬で寝るんだよ。私より寝つきがよさそう。

 さてと、ここからなんだよねー、私がやりたかったのって。

 私はアルトの部屋からそっと出て行くと、自分の部屋に向かった。ユアンも何かを察したのか、何も言わず付いて来る。

 一見怒ってるように見えるかもだけど、怒ってはいないよ?

 聞きたいだけだよ?


 部屋に入ると、ユアンが扉を閉めてくれた。自分の部屋なので、ベッドに腰掛ける。

 ユアンは私の前に来ると、私の方をじっと見て来た。しばらく、見つめ合いが続く。


「すみませんでした」


 先に耐えられなくなったのはユアンの方で、私を見ずに目を伏せながら言ってきた。

 おい、こっち向きなさい。


「怒ってないよ。これから、どうするの?」


 ユアンは目を瞑って、いかにも恐る恐るといった感じで口を開いた。


「ミルヴィア様が、お望みならば……ミルヴィア様の護衛を、辞めさせて頂きます」

「そんな事言ってないでしょ?私はユアンの気持ちが聞きたいんだよ?」

「……私は、ミルヴィア様の意思に沿って行動しますので」

「そうじゃない。ユアンは辞めたいの?辞めたくないの?」

「辞めたくはありません。ですがミルヴィア様」


 そうじゃない。

 私はイラっと来て、ユアンを睨み付ける。


「『ミルヴィア様が』言うなら、辞めるんでしょ?自分の意思なんて関係なく。分かったよ。だから今度は、ユアンの気持ちが聞きたいって言ってるの!」

「私は雇い主の意見に沿います。ミルヴィア様が辞めろと言うのならば辞めますし、無論カーティス様がそう仰っても、公爵様がそう言っても、辞めるつもりです」


 つまり、あれでしょ?

 自分の意思は今は関係ない、ほかの人に任せるって事でしょ?

 何それ、勝手じゃん。

 自分の意思で行動しないって事は、自分の言葉の責任を担わないって事だ。私はいっつも、みんなに言ってるし、ユアンなら知ってるはずだよ?


「私は、言葉にしてくれないと分からないし分かろうともしないよ」

「……私は辞めたくはありません。ですが、ミルヴィア様の迷惑になってしまうなら、辞めようと思います」

「そう?じゃ、私は迷惑なんかじゃないから、辞めないでね。絶対だよ」


 念を押して、それでもユアンの不安そうな表情が消えない。

 んー、とりあえず、言ってくれたんだからいいか。迷惑じゃなければ辞めないって言ってくれてるんだし。

 これからの事、考えないとなー。どうしよう。お兄様の書類整理の手伝いをしたいんだよね、私としては。

 出来る範囲でだけど、できる範囲がどれくらいかお兄様に聞かなくちゃ。

 それと、風評被害っていうか、噂が広まっちゃうのを防がないと。それには人脈の広そうな少年と狐ちゃんにお願いしよっかなー。


 ビサとの訓練は、ビサの昇進試験があるからどっちにしろなし。

 アイルズには、次の授業で次から来れないって言おう。何かしら察してくれると思う。


「それじゃ、まずお兄様のところ行って、狐ちゃんのところ。ビサに関してはエリアスに任せて、アイルズに伝えとこう。オーケー?」

「……」


 これらは護衛がいないと危険かもしれないから、付いて来てもらわないと。特にアイルズのところとか。

 これが終わったら、悲しいけど謹慎かなー。

 私がこれからの事をバーッと考えていると、ユアンがやはり、と言葉を発した。

 なんか、悪い予感しかしないんだけど。


「やはり、ミルヴィア様にご迷惑を掛けている気がします。それにカーティス様はやっと仕事が順調になってきた頃ですし」

「だから、どうしたの?」


 私の問いに、ユアンが意を決したように言った。


「私があちらへ移るのが、一番いいのではないでしょうか」


 ……っ。

 私はぎゅっと自分の手を握って、ユアンを見上げる。

 ユアンも相当考えただと思う。だけど、それは絶対、私に対して言っちゃだめだよ?


「さっき行きたくないって言ったじゃん」

「それは私の希望です。今の状況は、私個人の希望を聞き入れてもらえるような状況ではありません」

「私が決めるよ、そんな事。ユアンが行きたくないんだったら、行かなければいい。そうじゃないの?」

「私はここに負担を掛けたくありません。ミルヴィア様ももちろんですが、カーティス様にも負担など掛けたくないのです」

「そもそも公爵家が伯爵家からの勧誘状を受けること自体、公爵家の名に泥を塗る事になるんだよ?それがユアンの意思なら私も尊重しようと思うけど、それが公爵家を思っての事なら」

「私の」


 二人で少し言い合いをすると、ユアンが決心したようにこちらを見る。


「私の――意思です」


 切羽詰まったようなユアンの顔が目に入る。相当考えて、相当の決意で、口にした言葉だろう。

 たくさん考えたんでしょう。

 それでその結果が出たんだと思う。


 ただ、私は、そんな事、言って欲しくなかった。


 私はユアンを見上げる。


「本当に、自分の意思なの?」

「……はい」


 そう。

 なら、好きにすればいい。


 ここで止めてほしかったのかもしれない。

 だとしても許さないとか、言ってほしかったのかもしれない。

 そんなの、知らないし。私は、ユアンの意思なら尊重するって言ったからね。


 私は立ち上がると、思いっきりユアンを突き飛ばした。

 いきなりの事で転んだユアンに、言い放つ。


「出てって」

「……」

「どっちにしろ、さっきの手順は踏んでから断ってよ。そうじゃないと公爵家の名が汚れる。ユアンに汚してほしくなんかない」

「……すみませ」

「出てって」


 ユアンに手のひらを向ける。手加減なしにありったけの魔力を集めて、特大の風の玉をぶつけた。

 とっさにバリアを張ったユアンだけど、そのまま三メートルくらい飛ばされる。

 私は背を向けて、ベッドではなく椅子に座った。ベッドだと、横顔が見えるから。


 しばらくしてユアンが出て行った音がすると、私はベッドに大の字でダイブする。

 そうだ、まずはお兄様のところに行かないといけない。

 でも少しだけ、休んでからにしよう。少し、魔力を使っちゃったし。

 あれだけありったけの魔力を絞り出したはずなのに、まだまだ余ってる。一度に使える量には限度があるのかも。

 これに関しても、調べてみないと。

 頭が勝手に必死に、ユアンの事を考えないようにしてるのがぼんやりと分かった。


 コンコン


 誰……。


「神楽、入るぞ」


 あ、レーヴィ。

 聞いてたのかな。レーヴィになら、別に構わないんだけど。

 レーヴィは私の側に来ると、可愛らしく首を傾げた。心配そうに、私の方を見ている。


「泣いてたのかの?」

「違う。泣いてはいない。ただ、少し悲しくなっただけ」


 意地張らないで引き留めておいた方がよかったかもしれないとかも、思ってはいない。

 だって自分の意思だって言っていたんだから。

 だからこそ、悲しくなっただけだよ。


「あやつは神楽が悲しんでいるのは、本意じゃないと思うがのう」

「ユアンの事は、今は放っておかないと。レーヴィ、これからいろんなことしなきゃいけないんだけど、護衛として、付いて来てくれないかなあ」

「構わんよ。どこへ行くのじゃ?」

「まずはお兄様のところへ行くんだけど……それは、ここにいていいよ」


 レーヴィがあからさまに嫌な顔をしたのを見て、苦笑する。

 護衛だけなら、レーヴィにもアルトにもできる。

 不便は、しないと思うよ。

閲覧ありがとうございます。

ユアンは引き留めてほしかったかもしれませんが、ミルヴィアはそのワード自体言ってほしくなかったわけで。

次回、お兄様編。

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