155 状況説明
不必要に伯爵令嬢を脅してから、私は部屋に戻った。部屋ではアルトが本も読まずに私の帰りを待っていて、私を見ると飛びついてきた。
おっと。
「お姉ちゃん、大丈夫だった……?」
「ミルヴィア様、どうでしたか?」
「うん、とりあえず座ろうかな。疲れちゃった。
尋ねてくる二人に、私は座ろうと促す。アルトも、当然のように私の隣に座って、私の手を握る。
んー、どう説明したものか。
アルトに心配させないようにっていう気づかいはいらないだろうけど、ユアンにさほど事態は深刻じゃないって思ってもらいたいなー。
さっきも言ったけど、自分から出てっちゃうのは許せないから。
けど最終的な決定権はやっぱりユアンにあるわけで……ユアンがあっちに行きたいって言ったら、私は承諾するしかないんだろうなあ。
「伯爵令嬢がユアンに向かって『勧誘状』だってさ。あ、いや、令嬢じゃなくて伯爵か」
「……!」
ユアンの目つきが鋭くなり、拳を握っていた。
アルトはそれが何?といった風に変わらず私の手を握ったまま。ま、まあアルトにはあんまり関係ないしね!
とにかく、よっぽどごちゃごちゃしなければ魔王は出ていかないけど……でも、もしお兄様がつらくなってきて、それによってユアンが出ていこうとしたら。
その時かなあ、出ていくのは。
でも、それって同時に公爵令嬢=魔王っていうのがばれる事でもあるんだよなあ。
伯爵令嬢にしかばれないだろうって?
あいつ絶対言いふらすじゃん。
「それはつまり、正式にという事ですよね?」
「そだねー、正式にって事だねー」
「……私は出て行った方がいいのでしょうか」
「だめ。出てったら許さないから」
私はユアンを睨み付ける。罪悪感から出ていくなんて、ユアンらしくない。
いいから黙って、武力行使しようとしてる奴らから守ってくれりゃあいいの!
今頃、お兄様は書類を見て頭抱えてるだろうなあ。
ってか、考慮してなかったけど、お兄様がユアンを引き渡しちゃうことはないよね?
妹が危険だから、それに妹に近づいてくるユアンなんていない方がいいし、みたいな。
……ないよね?
「お姉ちゃん、心配……?」
「ああ。心配だな」
何が、とは言わない。
だって、最近ビサの昇進試験もまた始まって、そっちも気になってるっていうのに!
あー、色んな意味で私やばい。
スケジュール、全部なしにしちゃおうかな。アイルズは一旦中止したいと言えばそれでいいだろうし、狐ちゃんは、ちょっと聞かれるだろうけど聞かないでオーラを出しちゃえばオーケー。
ビサは、うん、何とかしよう。
コナー君とのお茶会は、滅茶苦茶惜しいけどしょうがない。今日も、できないだろう。ユアンに伝えてきてもらおう。もうじきお兄様から呼び出しが来るはずだしね。
コンコン
そら来た。
「はい」
「ミルヴィア様。公爵様がお呼びです」
あれ?
公爵様?あれれ?お父様直々にお出ましですか?
ありゃー、はは、これはこれは。
私はなんとも微妙な感じになりながら、部屋を出ようと立ち上がった。
その瞬間、アルトがぎゅっと私の手を握る。
「お姉ちゃん」
「あのお兄ちゃんと待っててくれ。すぐ来る。そうだ、今日はたくさん食べて良い」
私はアルトにそう言って、部屋を出た。ユアンは付いて来なかった。察してくれてありがたい。
外に出ると、やっぱりいたのはエレナさんだった。笑ってはいるものの、何したんですか?って聞いてきてる気がする。
そりゃそうだよなあ。お父様が私の呼び出しなんて、今まで一度もなかったもん。
あれ、あったっけ?いや、なかった気がする。まあどっちでもいいや。
とにかく、珍しいことに変わりはない。
「伯爵令嬢が、ユアンを欲しがってるんです。それで宣戦布告……じゃなくって、勧誘状を出してきて」
「へえ、そうなんですか」
あの方が、と細い声で呟いたエレナさんは、私が出て来た部屋のドアを見る。
なんかもう、なんてことをしてくれたんだと言いたいのがひしひしと伝わってくる。
「すいません」
思わず謝ったエレナさんと一緒にお父様の部屋に行った。
お父様の部屋に着くと、エレナさんは丁寧な所作でノックをする。
中から返事があると、私に入るよう促した。当たり前だけど、エレナさんは入ってくれないらしい。
まじかー。説明なんて嫌だー。
私は嫌々中に入ると、お辞儀をする。扉は閉められてしまった。くっ、逃げられない。
「失礼します」
「ミルヴィア。座りなさい」
思いのほか、お父様の部屋は書類で溢れ返っていて、しかもそのほとんどが処理済みの書類だった。
うーわ、お父様めっちゃちゃんと仕事してるじゃん。
それにお母様が居ないのは珍しいな。
私は用意されていた椅子に座った。
「ユウティ伯爵から勧誘状を受け取ったとカーティスから聞いた。それは、お前の騎士に宛てられているそうではないか」
「そう」
「お前のその態度にはもう何も言う気にはなれんが、俺はな、お前の騎士を引き渡そうと思っているんだ」
「――許さない。いくら父上でも、ユアンをあいつに渡したりなんかすれば……あの日と同じ、悪夢を見せる」
あの日というのは、アルトがお父様を脅した日。
さすがにアルトをけしかけて恐怖を感じさせるっていうのは、アルトを利用してるみたいだからやらない。けど、私だって真読魔法を使えるんだ。
あの日の十数倍の恐怖を味わわせてやる。
そんな私の意図を感じ取ったのか、お父様はかなり焦って手を振った。
「い、いや、違う。そうすると言ったわけじゃない、それを聞くためにお前を呼んだのだ」
「そうか。なら、アドバイスを一つ」
私はお父様に向かって、人差し指を立てて突き付けた。
お父様は僅かに首を傾げる。うわっ、かわいくない!
「伯爵が公爵の騎士に向かって勧誘状を出すこと自体タブーだ。それは、公爵家に対する侮辱に他ならない」
「なんだと?」
「負けたくないのならば断わると良い。公爵家が伯爵家に屈服するなどという、無様な噂は広められたくはないだろう」
私はそう言って笑い、部屋を後にした。
なんか最後かっこつけたけど、実際私、今かなりやばい事態になってる気がするぞ?
お父様はあのタブーさえも知らない。ちなみにさっき私が知ってたのは調べたからだ。あれって侮辱行為にならないかな?って気になって。
案の定なっていたわけなんだけどね。
そうなると、お兄様の負担が半端じゃあない。
どうするか?
…………。
よし、エリアスのところへ行こう。
閲覧ありがとうございます。
なんだかんだ言って、公爵今はちゃんと仕事しています。今は。
次回、エリアスのところへ。