15 強い人・三人目登場
もしかしてと思ったけど、ここ、本当に日本でいうマンションと同じだった。ただ、扉が木とあとエレベーターが無いというのはあったけど。
診察室は一階だけで、あとは入院中の患者さん。まあ、結構広いマンション…じゃなくて病院だから当たり前だけど、他に入院を請け負っている病院は無いらしい。だから入院する時のお金はすっごい高いんだとか。私は入院しないけど。
あと、レンガだと思ってたのはレンガモドキ。土魔法で固めたブロックを積み重ねただけでした。ちょっとショック。レンガがあるのか!と感動してたのに。
と、これ全部、お兄様が診察室までの道すがら教えてくれたんだけどね。さすがに病院の中ではお姫様抱っこしてもらうわけにはいかない。
魔獣の話を聞いた後だったし、近くが森だからびくびくしてたら、ユアンにくっと笑われた。
「ユアン、聞こえてるからね」
「すみません、あまりに可愛らし、いえ、おかしいので」
「言い直してもだめだからね!おかしいって、酷いよね!」
「心配しなくても、ミルヴィア、ここは魔獣除けがされてるから」
「魔獣除け」
「そう。滅多にいないけど、ドラゴン・スカルの燈魔石というのがあってね。燈魔石に魔力を込めると、最強の魔獣除けになる」
「燈魔石、ね」
ドラゴン・スカル。骸骨って事かな?気になる。こっちも調べてみよう。事例があれば調べやすいだろうし。
調べたいリストに一つ加わった。
「燈魔石は、ドラゴン・スカルでもあまり取れないんですよ。私の故郷でも、取れませんでした」
「ユアンの、故郷」
巨人に侵されたユアンの故郷…調べないと。
とか思ってたら、ユアンが耳元で囁いた。
「聞いていたのでしょう?馬車での会話」
「…そのなんでも見通してる感じ、すっごいムカつく」
見破られた。やっぱり、巨人の事も調べて…
「調べるのでしたら、『ディダースの事件』で調べるのが良いと思いますよ。そこそこ有名ですから」
「……何も言わないし何も考えない」
まずい。お兄様には聞こえてないと思うけど、もしお兄様にも気付かれてたら恥ずかしすぎる。
「ディダース、ですか。忘れられない事件です」
院長が言う。院長は獣族・鹿種・ピリョーロ。小さい角が生えてる、目の細いご老人だ。髪の毛は真っ白だけど、髭は生えてない若干小太り。愛嬌のある院長だった。その笑顔が胡散臭いのは、とりあえず気のせいだという事にしておく。
「ディダースの事件と言えば、誰もが耳を塞ぐ痛々しい事件ですがな」
「院長、知っているのか」
振り返ってそう言えば、院長はにっこり、違った、にったりと笑った。
「知ってます、知ってますとも。ディダースでは、住民が手出しできず、皆が殺されたのでしょう。最終的には狩人の一家が犠牲になりそれ以上の犠牲を防いだとか。…まあ、町は全滅でしたがな」
くつくつと気味の悪い笑い方で院長は笑った。何がおかしいんだろう。
「狩人の一家?」
「ええ、確かその一家の名前は、ル」
シャイン、と音が聞こえたかと思えば、次の瞬間、院長の首に剣が当てられていた。横を見れば、ユアンが眉を寄せて険しい表情で剣を抜いていた。その表情に寒気を覚える。
怖い。
咄嗟に思った言葉を頭の中で否定して、声を上げる。
「ユアン!」
「院長、それ以上口を開こうものなら、いくらこの町の命綱であろうと、斬る」
ユアンの敬語ではない、言い放つような声。狩人の一家の名を聞きたくないのか、もしかしたら聞かせたくないのか。私は口を開いた。
「ユアン、剣を仕舞え」
「…ご命令ですか」
「私は命令はしない。仕舞いたくないのなら、そのまま斬るがいい。但し、何であろうとここの命綱を切った償いは受けてもらう」
無慈悲かな、とも思ったけど、ユアンが従わないはずがない。ゆっくり院長の首から剣を離し、鞘に仕舞った。
「飼い犬が失礼した」
一言だけ言うと、ユアンを一瞥してから前を向いて歩き始めた。お兄様が見てたのは知ってる。お兄様はこちらに意識を向けながらも歩いてたから。それは分かってる。だからどうなろうと、私が被害を被る事はなかった。でも。
…こえーっ!
私が前触れを感知出来ないまま剣を抜いて院長の首に当てるとか、何それ!私がやられてたらバリア張る間もなくやられてたけど!やばい、今のままじゃ勇者の前にユアンに斬られそう!
「飼い犬」
「ユアンは飼い犬」
「少々違うかと」
「今は院長の前だから容赦しない」
ヒュン、と手に持った短剣が鳴る。今のままだとユアンに負ける。斬られる。魔法を使えば分からないけど。
「許しを請うような無様な真似はしません」
「そう」
短剣を仕舞う。目を閉じ、開ける。
無理。この無慈悲な感じの演技って疲れる。元々無慈悲じゃないし。慈悲にあふれた可愛い女の子だし。
「とても演技には見えません」
「殺す」
うん、撤回しようかな。慈悲にあふれた可愛い女の子、ではないな。うん。
五分ほど歩くと、お兄様が振り向いた。前には少し違う扉。何が違うと聞かれれば、灰色のプレートが掛かってるとか、木の質が違うとか、いろいろある。
「着いたよ」
連れて行かれたのは一階の診察室だった。かなり豪華なので、貴族用なんだろうと思う。中は至ってシンプルで、診断書の束と木の机、木の椅子、あともう一つ木の椅子と、小さ目の寝台。日本の診察室からパソコンを無くして、機械を紙にして、鉄を木にしたらこうなる。つまり、システム的には同じだと思う。
「そこに座ってください」
私の診察を担当するのは若い医者で、眼鏡をかけていてキリッとして、インテリっぽくてかっこいい。戦場とは無縁の人間だなー、と頭のどこかで考える。
私は示された椅子に座る。男性の目は、私ほどではないにしても黒かった。
「魔王、でしたね」
「それが?」
「いえ」
珍しいな、私を魔王って呼ぶ人。普通は魔王様って呼ぶんだけど。気にしないよ?ほんとだよ?
男性は不言魔法で手のひらに青白い光を浮かべると、私の体に翳した。そっと動かす。擽られてるみたいで身を捩りたくなる。
「動かないでくださいよ」
「動かない。そこまで耐えられないほどではない」
悔しくて根性で動かないように体を固定すれば、黒い目がこちらをちらりと見た。何、この人。なんていうか、得体の知れない恐ろしさというか…火の玉を見た時みたいな怖さがある。見た事ないけど。
男性は光を消し、私に寝台に寝るよう言った。私は大人しく従い、仰向けに寝転がる。
「あとはじっとしててください」
いきなり、寝台に吸い付けられるような感覚。振り解きたい。気味が悪い。
「じっとしてて」
「…どれくらいで終わる?」
「あと一分」
この状態で一分はきつい。頭がクラクラする。
「これ、何をしているんだ?」
「魔力の検査ですよ。異常があれば一番に魔力に表れますから。どうでもいいですが、あまり話さないでください。魔力の量が多いと、検査に時間がかかるんです」
「これは、魔導具?」
「そうです。血魔石を入れてあります。貴族にしかこの措置は取らないんです。っあー、喋らないでもらえますか」
「この後は何をする」
「血を少量とって、薬を渡します。喋らないでもらえますか?」
「薬とは」
「喋るなと言っている」
ビシリと言われ、口を閉じる。
「名前はなんて言うの?」
私の口調に、その場に居た全員が驚愕の視線を向ける。当たり前だ。私がこう喋るのは、ユアンだけだからね。
「エリアス」
「私はミルヴィア。魔王と呼びたいなら魔王でいいよ」
「…変わってる」
「そうなんだ。自覚はないけどね」
吸い付くような気持ち悪い感覚が終わり、起き上がる。背中がじんじんと痛い。魔力の流れの検査がこんなに痛いなんて、行くの迷うなぁ。本当は迷わず行きたいんだけど。
「驚くほど変化がありません。変化が無いという表現より、むしろ活性化しているといった方が正確でしょう」
「活性化?」
「はい。魔力の流れというのは、感情に大きく左右されます。悲しい時は微妙に滞りますし、嬉しい時滞ることなく綺麗に流れます。今の状態は嬉しさというより興奮が勝り、今ならどのように強力な魔法でも撃てると思います」
「興奮、って?」
お兄様が笑顔で聞いてくる。私は分からない、というように首を傾げる。お兄様、例によって怖いです。
「熱があったからじゃないですか?」
無難な答えを言う。だってそうかもしれないじゃん。『私』に会って興奮したってのもあるかもしれないけどさ。でも、ホントのところ誰も分かんないんだから。
「異常なところは何もないですから、また熱が出た時の薬だけで。採血も、今回はいいです」
エリアスは書類に何やらすらすらと書き込むと、戸棚から一つ瓶を出してお兄様に渡す。
「夕食前に」
「はい」
お兄様はニッコリ笑い、私を連れて馬車に戻った。私としては途中からいなくなった院長が気になってたんだけど、お兄様とユアンはそんなのかんけーねーと言わんばかりに堂々と廊下を歩いていました。
「帰ろうか」
さっきと同じ位置に座ると、馬車がカタンと音を立てた後に動き出す。
帰ったら調べる事は、巨人の事件と、魔石の事と、バードラゴンかな。よし、帰ったら、早速三百四号室に行こうっと。
閲覧ありがとうございます。
強い人がもう一人出てきました。また出てくる…かもしれません。
次回は調べ物をします。