149 報告まで
ビサとの訓練を終えて家に帰ってくると、アルトがとてとて歩いて来てしがみ付いてきた。
ん???
私が戸惑っていると、アルトが上目使いでこちらを見る。
「お姉ちゃん……疲れてるの?」
久しぶりにでた!アルトの千里眼!
私はアルトに目線を合わせて、頭を撫でる。本当、子供って良く見てるよなあ。
ラアナフォーリだから?どっち?
「いや、大丈夫だ。私のお兄様に用があるから、もう少し夢魔のお姉ちゃんと遊んで待っててくれ」
「……うん」
アルトは素直に頷いて、レーヴィの手を握った。レーヴィが頷いてくれたので、私も頷き返す。
んで、ちょっと面倒なことになりそうなので。
私はユアンの方を向くと、命令する。お願いじゃないよ。命令。
これからする事にユアンが付いて来ると、かなり面倒なんだよね。
お兄様の琴線に触れる恐れがある。元凶であるユアンには来てもらわないのが一番!って事で。
「ユアンは待ってて。これからお兄様に、伯爵家の事を報告してくるから」
「あれは私の責任です。私が謝罪しに行きます」
「どこに?お兄様んとこ?お兄様のところへは報告しに行くんだよ。一方的な恋慕だったし、ユアンに非はないでしょ?でもお兄様が私を危ない目に遭わせたって言う名目でクビにするかもしれないから、待ってて」
「ですが」
「命令ね」
さらりと言ってのけ、ユアンに手を振ってタフィツトへ向かう。ユアンはまだ不満気、というか納得が行っていなさそうだったけど、滅多に命令を出さない私に命令されると聞かないわけにいかないらしい。
さあて、面倒なことになった。
ユアンにはああ言ったけど、実際貴族同士の問題ってかなりややこしい。一回問題が起きれば、その家とはいいお付き合いは出来ない。
公爵と伯爵じゃ、爵位が違うからあっちから何かしてくることは出来ないと思う。
けど、風評被害って言葉の通り、あっちが悪い噂を立てれば必然的にこの家の立場が危うくなる。
場合に寄っちゃ魔王の職権乱用ってのも有り得るかもだけど、うーん、それはあんまりしたくないんだよねえ。
身内を贔屓してるとか、思われたくないし。それに、どこからどこまで嘘かも分からないし。
あー、どうしよう。舞踏会ではめっちゃ気を付けてたんだけどなあ。
世の中にゃ正論言われて怒る人が居るんだよ。さっきのが正論かどうかはさて置き。
おし、着いた。
コンコン
「はい」
よし、居るね。
失礼します、と声を掛けて中に入る。入った途端、癖で書類の処理済みの数と未処理の数、部屋の清潔さとお兄様の顔色を瞬時に確認してしまった。
異常なし。
「あ、ミルヴィア。どうしたのかな?」
お兄様の声も、ゆったりとしてて疲れては居なさそうだしね。
はあ、よかった。尽力した甲斐があったってものだよ。
私は勝手に椅子を持ってくると、お兄様の前に置いて座る。お兄様は小さく首を傾げる。
「伯爵家のご令嬢と、些細ですが揉めました」
「……どういう事かな?」
うおっ、ちょっと怒り気味?怖いですよ?
私は説明するため、まず今日ビサの昇進試験を見に行った事を伝えた。さらりと引き分けだったって事も。それでその後裏に行ったら、伯爵令嬢とユアンが会ってたと。
お兄様はその説明を聞くと、かなり深い溜息を吐いた。
「ユアン、承諾すれば良かったのに」
「今の労働環境が気に入ってるんだと思います」
「あいつは問題を起こすね」
「いえ、私の監督不行き届きでもあります」
ん、今日はなんだかすごく真面目に話してる気がするな。
私自身、あの伯爵令嬢に腹が立ってるからかな?
あの上から目線……ちょっと、いや、本当にちょっとだよ?これで高慢だとか言われちゃったらちょっと困るんだけど。
ムカつくなと。
「難しい言葉を知ってるんだね」
「そうですか?それでお兄様、金髪に緑色の目をした伯爵令嬢を知りませんか?」
「さあ……二、三人、思い浮かぶ人は居るけれど」
さすがです。さすが、貴族関係の書類を一気に処理した人です。
伯爵令嬢の事は憶えてるんですね。
まあ、何度も何度も書類で見たはずだし。あ、ちょっとまたお兄様が可哀想になってきた。
「あと、執事の人がかなり強いと思います」
「ああ、それならアリファナ嬢かな。この間の舞踏会にも来ていたよ」
「げっ、来てたんですか……」
にしてもアリファナ嬢、ねえ。
お嬢様気質っぽかったし、悪役令嬢の香りがぷんぷんするぞ。いやね、ユアンが承諾するなら渡すんだけど。
その場合主人公が私になってしまうので勘弁してほしい。
「執事が相当腕が立って、確か巷を騒がせていた盗賊団を潰したのは彼じゃなかったかな?その他の功績から、一度男爵にならないかと誘われたんだけど断ったらしいよ」
「さすが、詳しいですね」
「何度か書類で見たからね。けど実際に会ったわけでは無いから、人柄は知らないよ。それにしても、アリファナ嬢か。厄介だな」
「そうなんですか?」
興味があるので、食いついてみる。
お兄様は頷くと、資料を持って確認する。その資料は私が観ちゃいけない奴なんだけどね。見たくなるね。
「何度か先代魔王に、こいつが気に食わないと直訴している。本当、大した勇気だよ。実際魔王はほとんど取り合っていなかったけど、噂は広まったって」
「え、でも私が魔王だとは知りませんよね?」
「多分ね。国総出で隠してるから。なんかもう色々と無駄な気がするけど」
確かに。
いや、そこはどうでもよくて。
むしろばれちゃったほうが手っ取り早い気がするんだよなあ。アリファナ嬢の場合、魔王が分からなければ次は副官とか、悪ければ大公とかに直訴しそうだし。
うわっ、最悪じゃん。
それが魔王の事だってばれたら、アリファナ嬢の評判と一緒に私の評判もガタ落ちするだろうし。
なによりそれによって貴族の信頼失っちゃうし……。
あれ?事態って思ったより深刻だったり?
「でもまあ、僕が出て行けば握り潰せるけどね」
「あ、ハイ」
深刻じゃなかった。
全然安心してよかった。
私が若干引いていると、お兄様がこちらを向いた。。何故か背筋が寒くなる。
お兄様はパサリ、と書類を置く。その動作も、後ろから夕陽が差し込んできていて、逆光で暗く見える。
お兄様がにこりと微笑む。頬杖をついて、書類をトン、と指で叩く。
「大丈夫。全部、僕に任せて?」
お兄様。
お兄様に任せたら、アリファナ嬢の立場が危うくなりそうなのですが。
気のせいですか?
気のせいですよね?
閲覧ありがとうございます。
妹に何かあったら絶対許さないお兄様。
次回、エリアスとビサの話。