148 修羅場
エリアスの手を握って目の前の状況を把握しきれてなかった。
なんじゃありゃ。修羅場かな?私居ない方が良い感じ?
さっき伯爵とか言ってたなあ。伯爵家とイザコザ起こしたくない。出来ればこのままユアンが収めてくれれば一番なんだけど、無理かなー?
エリアスは今すぐ帰りたいって顔してるし。そりゃそうだ。私も帰りたい。
まあでも、確かに。
令嬢+騎士=面倒事って決まってるもん。この方程式は絶対に覆らないよ。
「どうしようか」
「お前が仲裁に入れば収まるんじゃないか?主だろ」
「いくら六歳の私でも分かる。ここに私が飛び込んだら危険だと」
まず令嬢がどういう事か問うだろうし、あの執事も切れ者っぽいし(令嬢の執事って言ったら切れ者っていう勝手なイメージ)、何より私が巻き込まれる。
ユアンの私事に私を巻き込むな!って叫びたい。
っていうか、目の色が同じってだけで好きになるって……あるのかなあ。確かに、この世界じゃ同じ色の目とか髪は珍しいよ?けどさ、どうなんだろう?
「目の色が一緒ってだけで好きになるもん?」
「仲間意識が強くなれば、そうなる事もあるんじゃないか?というか、お前早く行け。収めて来い。俺が帰れないだろ」
そう言って私の手を離した。ちぇ、一緒に来てくれりゃあいいのにさ。
私は頭を少し掻きながら、ユアンに近付く。えーっとー、とか言いながら。
うわ、なにこれ嫌な予感しかしない。
令嬢は私に気付くと、眉を寄せてユアンを見た。執事は、私を睨む。
いやいや、私に非はないよ?付き合ってるわけじゃあないんだから。
「あー、ユアン、帰ろう」
「ミルヴィア様……」
ユアンが目を細める。多分ユアンは私に気付いてて、でも敢えて何も言って来なかったんだと思う。
ユアンなりに気ぃ使ってくれたんかな。でも来ちゃったからね、言い訳できないしさっさと帰ろうよ。
気遣いは嬉しいんだけど、私はユアンの主だからね。
さらに言うとお兄様の妹だからね。
私が面倒事を起こしたら、公爵家を巻き込むの。必然的にお兄様まで巻き込んじゃうの。それも嫌だから。
何より、ユアンが居なきゃ帰れないじゃん。
「だれですの?まさか、あの子が公爵家の?」
「あの方の妹です」
「まあ!あのお方の。以前お誘いを断られたのは大変残念でしたわ~。またいずれ、機会があれば……」
伯爵令嬢の目が光る。確かにあの目はユアンの色と似てる。そして意外と気の多い子だった。
まあ、二人はカッコイイから気持ちは分からんでもないけどさあ。
あの顔は絶対復讐するつもりだって。
さあ、ユアン!帰るよ!ハウス!
「ねえ、ユアンさん、わたくし確信致しましたわ。このようにみすぼらしい格好のこの子より、どうかしら、わたくしのドレスの方が似合っていると思いません?」
むっ、みすぼらしい格好なのは街だからだし!
舞踏会の時は綺麗なドレス着たんだからね!
「申し訳ありません、私は今ミルヴィア様に使えております故」
「……あなた!」
私に向かって叫ばれた。
仮にも伯爵家令嬢が、公爵家の令嬢に向かってなんて口の利き方!
身分を弁えなさい!
と叫ぶことも考えたけど、状況とか年齢的に諦めた。っていうか公爵令嬢っていうより私魔王だし……。
魔王に向かって叫ぶなんて、かなり度胸あるよねこの子。あ、髪が見えてないから分からないのか。くっ、帽子取ってくれば良かった!
今帽子取るのも、不自然かなあ。
「あなた、高い賃金でユアンさんを釣って、自由を無くしているのでしょう!」
いえ、ユアンから一日中私の側に居たいと言ってきますが?
「まともに外にも出られないのよ!」
週に何度か訓練場に行ってますけどね?
「わたくしの側に居た方が、ユアンさんにとってとてもいい生活が出来ますわ!」
だって休日あげるって言っても要らないって言うんですもん。
「伯爵令嬢。ここは建物の裏とは言えども屋外。大声を出すのは慎んでいただきたい」
鋭い眼光でそう言えば、伯爵令嬢は信じられない、と言った表情でこちらを見てきた。
この手のタイプはあれだね、自分がその気になれば何でもできるって思ってるんだね。
悪いけど、通用しないよー。戦闘も心理戦も何もかも、勝つ自信あるよ。
「わたくしは、ユアンさんにとって最良の選択肢を提示してるのよ。なのに、なんだというの、その口の利き方は!」
いや……どっちかって言うとあなたが失礼なんですけど。
人の護衛に手を出した挙句こちらを失礼呼ばわりとは。
いい度胸をしていますね?
「ユアンは私専属の騎士。あなたに譲るつもりもなければ、奪われるつもりもない。何より縁談目的のあなたとは違い、私は護衛してもらいたいのだ」
「……!護衛目的ならなおさら、他の騎士でいいはずですわ!」
「良くはない」
私は上を向いて、伯爵令嬢の目をしっかりと捉えた。
そして同時に、伯爵令嬢も私の目を見る。そして、その目が見開かれる。そうだよね、黒い目って珍しいもんね。
「私はユアンを信頼している。ユアン以上に腕の立つ騎士など居ない」
そう断言する。舞踏会で会った騎士って、冒険者ギルドのAランクって言ってたのに、ユアンより弱く見えたからね。
けど、伯爵令嬢はカアッと顔を真っ赤にして、執事に向かって叫んだ。
「この子の顔に傷を付けなさい!」
なんで顔!?
そう思って一瞬呆気にとられたけど、直後に執事の人が動いたのを捉える。
やばっ、躱さなきゃ――
カキン……
私が後ろに跳び退ろうとすると、ユアンが支えてくれる。果物ナイフのようなものが、ユアンの長剣に当たって弾かれていた。
……この執事、動きが機敏すぎるって……。
一瞬ガチで怖かったからね?訴えるよ?
ユアンが数秒、執事を睨んでいると、執事は果物ナイフを胸ポケットにしまった。
「お嬢様」
「なっ、何よアーズ」
「止めましょう。これ以上は、お嬢様が傷付くだけです」
「アーズ、私の命令に逆らう気!」
「お嬢様」
執事に諌められて、伯爵令嬢は目に涙を浮かべて私達の方を見た。
そ、そんな顔されても。
「分かりましたわ。あなた達が私に敵対すると言う事は、よぉく分かりましたわ!」
それだけ言って、伯爵令嬢、及び執事は訓練場の裏から出て行った。ふと後ろを振り返ると、エリアスの姿はもうなく。
逃げやがったな!
ユアンが申し訳なさそうに私の方を見てくる。
いやね、別に良いんだよ?ご主人様だしね。下の人の責任は上の人が取る。だから上の人って偉いんだよ。多分。
「帰ろうー。いやあ、疲れちゃった。ビサは合格できるかなあ」
「……はい。申し訳ありませんでした」
「いーのいーの」
そう言って表に出る。それと同時に、訓練場から伍長と、ビサが出て来たのが見えた。
伍長とビサが、敬礼を取る。
あ、終わったんだ?
ビサは私に気が付くと、目を細める。私は首を傾げて、ビサのところまで駆け寄る。
さてさて。
「ビサ。どうだった?」
「……引き分けでした」
「え?」
「これ以上長引かせられないからと、引き分けで終わりました」
ビサは無表情にそう言った。
えーっと、引き分けってあるんだ?
「どうなるの?」
「審議の上、判決が出るそうです」
技術とか動きとか、そう言うところかな?
ええ、まさかの引き分け?負ける可能性も十分あり得ると。しかもビサは全然納得が行っていなさそうだし。
うーん、悔しいなあ。
「そっか。そんじゃ、ビサ」
「はい」
「これから訓練ね」
私は引き攣った笑みを浮かべてビサを見る。
ビサ。
負けちゃだめって、言わなかったっけ……?
閲覧ありがとうございます。
最後の最後に持って行かれた感。
ユアン以上に腕の立つ騎士は居ないと言うのは、贔屓目ではなく本当にあまりいません。
ユアン以上となると、政府に就職する可能性が高いので、騎士にはあまりならないんです。
次回、お兄様に報告です。