エリアス編 奇遇
『魔王』の『弟子』である『兵長』のビサが昇進試験なので、少し気になって家から出て来ていた。
顔パスで中に入って、訓練場の中を見て周る。
というか、あの四人が門番とは……よっぽど重要だと思っているんだろうな。自分たちの上司が決まる試験だし、当然と言えば当然だが。
見たところ魔王は居ないようだ。居てもおかしくないとは思ってたんだが、まあ不審に思われる心配はなくなるわけで、それはそれで良いと言える。
そう思いながら、待合室でユーディー茶を飲んでいた。
そろそろもう一度見に行くか、と思ってガラス部屋へ向かう。本当は直接会場に下りてもいいんだが、それだと砂埃が酷いからな。
ガラス部屋の中に入ると、俺はこのまますぐに扉を閉めてしまいたかった。
なんでいるんだ。しかも伍長と。
俺が硬直していると、魔王がこちらを見た。それが分かり、俺は声を出した。
「……ミルヴィア、なんでいるんだ」
「こっちの台詞だよ」
「俺はただ興味があっただけだ」
そう言って椅子に座る。参ったな。居ないと分かっていたから中に居たんだが。
「エリアス、どうしてここ入れたの?ちなみに私は弟子の試験見に来ただけだよ」
「興味があって来たら、いいと言われた。それだけだ」
「そうなのか?」
伍長に確認する魔王。伍長は一瞬目を細めた後、頷いた。
良かった。
「有名な医者だと聞いてたので、問題ないだろうと判断しました」
「ふーん?エリアス、ビサの訓練に興味持ってくれたんだ。そこはありがとうだけどね」
魔王が何気に俺の隣に座った。なんでだ。さっきまで立ってただろ。
かと言ってここで退くと立つのが面倒なので、座っておく。伍長はすっと退いて俺らの後ろに回った。
こいつ、気楽そうに見えて案外一番考えているんだよな。
謀反を起こすとして、一番厄介なのはこいつの気がする。
「なんで急に興味湧いたの?」
「昇進はないと言われていた奴が昇進できるかもしれないという事になったんだ。興味が湧いて当然だろう。その師匠がお前だというのも気になる」
「おーっ!褒めてくれてんねー!」
「褒めてはいない。もとよりビサに実力があったんだろう」
「その実力を見抜いて育てたのは私だけどね?」
む。
確かにそうだ。その点に関しては感心していた。同時になんだか悔しいが。
俺は先入観だけで見ていた気がする。兵長は昇進の見込みがない、故に無能だと思っていた。
「そこだけは認める」
「ん、何だろう、エリアスに褒められるのは慣れないな」
「褒めてはいないぞ。認めると言っているんだ」
「同じじゃあないかなー」
「同じじゃない」
俺達が呑気に会話している間も、ビサは奮闘していた。俺が窓の外を見ている事に気付くと、魔王も目を細める。
おそらくこいつは、ビサが負けるなどと微塵も思っていないだろう。そして、負けたら切るつもりなのかもしれない。
魔王だったら有り得そうだ。
基準に満たない、と判断すれば切り捨てる。それが魔王という地位に就く者の当たり前だ。
「ビサが負けたら、切るつもりか?」
「は?切り捨てるのかって事?」
「ああ」
「はははっ!ないない!絶対ないって!」
「……そうなのか?」
「無いよ。ビサは私の可愛い弟子だからね。愛弟子は誰に負けたって良いんだ。ただ、強くするだけだよ」
なるほど。
こいつに常識は通用しないって事だな。前代魔王がそういう性格だったからごっちゃになっているが、こいつは贔屓しがちだ。
他者にとってはかなりマイナスだが、一度気に入られれば切り捨てる事はないのだろうな。
加えて気に入りがどんどん増えていっている。良いと思えばすぐ拾うんだろう。
面倒じゃないのか?
「今のところ、一番気に入っている奴は誰だ?」
「お気に入り?えー」
魔王はしばらく考えた後、結論付けた。
「お気に入りって言うか、好きなのはコナー君だよ。あとアルト、狐ちゃん、少年、レーヴィかなあ」
「一番を聞いてるんだが?」
「同年代の子全般だよー。っていうか背が近い子、かな。だって皆背ぇ高いから首が疲れちゃって」
ものすごく現実的な悩みだな。
本当にこいつは順位付けが苦手だ。恐らく、庭師が一番なのかと聞かれたら一番ではないと言い、だれが一番なのだと問われれば何も言わないんだろう。
「そもそも、一番好きな人とか言うけど、好きな人は好きな人でしょ?一番なんて居なくていいんじゃないかなあ」
「平等主義だな」
「日本人ですから?」
「誰だよそれ」
魔王特有の謎の受け答え。たまにあるんだよな。
しばらく話して、まだビサの決着が着きそうにないと判断すると、俺は帰る事にした。
俺が立ち上がったのを見て、魔王も立ち上がる。
「……なんだ」
「私も帰ろうかなと」
「どうしてだ?弟子の試験、最後まで見届ければいいじゃないか」
「ううん、いい。どうせ勝つから」
なんだその自信。何処から来る。
後ろで伍長が不満そうに唇を尖らせたが、何も言わなかった。魔王に反発できないのは伍長とて同じらしい。
というか、俺が帰るからと言って付いてこなくてもいいと思う。
正直面倒だしな。
「安心してよ、外にユアンが居る。外に出たら、私は家、エリアスは自分の家、で変える方向違うでしょ?多分」
確かに魔王の家の方向とは真反対だが……。
何故だろう嫌な予感がする。このまま魔王に付いて来させてはいけないような。
「ささ、帰ろう」
「お前、危険予知って出来るか?」
「出来ないね。いいのは方向感覚だけだよ」
「まあ、だよな」
どっちみち俺は帰るんだ。今さらまだ帰らないと言うつもりもない。待合室まで行ったらユアンに引き渡せばいいし、問題ないだろう。
そう思って魔王と待合室に向かう。その間、伍長も俺も魔王も一言も喋らなかった。俺が周囲を警戒していたのもあるだろう。
魔王は一度も、俺の方を向きもしなかった。
待合室に着くと、魔王が中に入る。その瞬間、室内の空気が一気に張り詰めたものに変わった。
座っていた者は立ち上がり、立っていた者も姿勢を正す。
魔王が来るだけで緊張するのか、魔王を知らない奴らは。
それにしても、ユアンの姿が見えないな。ユアンなら奥に居ても、魔王の気配だけで出てきそうだが。
「私の護衛が居たはずだが?」
「はっ、先ほど貴族のご令嬢に呼ばれ、外へ出られました!」
「外へ?……珍しいな、ユアンが貴族のご令嬢と」
これか!
「申し訳ないが魔王、俺は今すぐ帰らせてもらう」
「待って。ユアンを見つけるまでは付いてて。一人だと怒られるから」
くっそ、俺は今すぐ帰りたいぞ!
魔王は失礼した、と告げると、外に戻ってくる。魔王は不思議そうな顔をしていたが、お前、ユアンに会ったら即刻俺を帰せよ?
「どこへ行ったんだろう」
「裏だろう。きっと付き人も居るぞ」
「?なんで分かんの」
貴族令嬢にユアンとくれば、大体分かるだろう。
外に出て、伍長に軽く挨拶すると訓練場の裏の方へ回って行った。そこには、燕尾服を着て眼鏡をかけた執事と、金髪で緑の目をした女性がいた。女性はまだ若く、まあ(人間で言うところの18)歳ぐらいだろう。ピンク色のドレスを着て、近くに馬車が止めてあった。
魔王が、あ、と言って駆け寄ろうとしたのを、肩を掴んで止める。これはまずい。
「ユアンさん、わたくし、この前あなたにお会いした時からあなたの目が好きになりましたの。私と同じ色の目……どうか、我が伯爵家に護衛としていらっしゃって」
魔王は勧誘かな、と呟いていたが、前半の台詞からしてまず違うだろう。
「ゆくゆくは縁談もさせて頂けたらなと思ってるのよ」
その若い声が聞こえた途端、魔王はさっと一歩、いや二歩下がった。
分かったか。これは本当に面倒だぞ?自分で対処しろよ?
「申し訳ありませんが、私は公爵家で護衛として働いているので」
「賃金、それに待遇は今よりも良くする所存であります」
俺はすうっと何歩か下がった。それを、魔王が手を掴んで止める。
魔王と居ると厄介事が飛び込んでくるから嫌なんだ!
「帰らせろ」
「だめ。今回だけは付き合って」
閲覧ありがとうございます。
昨日は投稿できず、すみませんでした。これから休む時は出来る限り事前にお知らせできたらと思います。
次回、修羅場です。