147 見学
私は私が言うと普通の、ユアンに言わせればすごく忙しい、お兄様に言わせれば暇な日々を過ごしていた。
ちなみにお兄様は、忙しくないって意味で暇って言ったわけじゃなく、好きな事をしてないから暇だったでしょと言ってた。いえいえお兄様、全部趣味です。
火民の日、私はいつも通り操作魔法の本を読んでいた。
実はもう少しで実践が出来そうなんだよね~。やばいぞ、実践できるようになったら一気に忙しくなりそう。
実践まで行ったら、一度操作魔法の授業はお休みするかな。さすがに操作魔法と魔導具の勉強はきつかったわ。スケジュール的には空いてるけど、精神的にキツイ。
あーっ、久々に体動かしたい~っ!狐ちゃんとの訓練、この前狐ちゃんの用事でナシになっちゃったからなー。
「ミルヴィア様、今日はビサ様の試験日ですよ」
「え?あ、そう言えばそうだ。あーっ!忘れるなんて!」
弟子の試験日!師匠が忘れる!
私は本を閉じて、ちらりと時計を見た。十一時過ぎ……もうとっくに始まってるよね。
急に落ち着かなくなってきちゃった。でもまあビサだし、たぶん大丈夫だろうね。この前話したときは、プレッシャーは特にないみたいだったし。
「行ってみますか?今日は暇でしょう」
「まあね。うーん、行っちゃう?けど試験の場所知らないよ?」
「第一訓練場だったかと」
「なんで知ってんの!?まあ、知ってるなら行くか」
本を本棚に戻すと、着替えるために衣装室へ向かう。
ビサ。
落ちたら訓練一週間休みなしでやるからね……?
私はローブを羽織って出かけた。結構お気に入りなんだよね、このローブ。魔法使いって感じしない?
道中注目を浴びるのはかなり慣れたけど、やっぱり落ち着かない。「何見てんの」とは言えないし。何見てんのって言うか、ユアンを見てるのは一目瞭然なわけで。
ユアンと一緒に居ると私まで注目されるのが唯一嫌な点ではあるよね。
しばらく歩くと、ユアンが前に在る大きなドームのようなところを指差した。周りは柵で囲われていて、門番が四人も居る。
外側は窓がなく、天井が一部ガラスになっている。
「ここです。第一訓練場」
「そう言えば、第二訓練場はないのに第一はあるの?」
「通称ですね。ここはかなり風格が違いますので」
「……そうなの?」
「中に入ってみれば分かると思います」
門番の前に行く。当然、道を塞ぐように四人の門番が立ちはだかった。
面倒だなあ。
「どちら様でしょうか」
「ここは子供の来るところじゃないよ~」
「帰れ。貴族の娘が来るところか?」
「ここは騎士の立ち入り禁止です」
な、何なのこの人達。すごい守ってるじゃん。
「それに今は試験中だよ~。危ないから子供ちゃんは帰ろうね~」
良く見てみると、全員同じ髪と目の色をしてる。軍服と帽子で見づらかったけど、全員赤茶色だ。目の色も同じ。違うのは背丈と髪型、表情かな。
っていうか、あのバッチ……。
「伍長のうちの四人だな。待ち時間は門番か」
「!」
四人の目がスッと細くなった。四人のうち一人が、腰の長剣に手を当てている。ユアンの手がピクリと動いたのが分かった。
手を挙げて制する。
「私は魔王だ。見学に来た」
「……魔王?ねえ、ちょっと、この子魔王なの?ねえ、ねえ」
「落ち着けファアル。大方魔王に憧れた子供だろ」
帽子を脱ぐより赤魔石見せた方が手っ取り早そう。
そう思ってボタンを外す。四人はさっきとは違って目を見開いてた。赤魔石がちらりと見えると、四人が一気に一歩下がってお辞儀した。
えええ……魔王の権力って怖っ!
「失礼しました、魔王様。お詫び申し上げます」
「いや、いいんだ。分かりにくい格好だからな」
大して堂々としてるわけでも無いし、分かりにくいわな。
私は頭を下げる四人を見た。っていうか、頭下げても見下ろせないんだよね、私背低いから。
しかも四人とも足が長いって言う。
羨ましいっ!
私前世は背が低い方だったからなあ。体育の時一番前に居て、腰に手を当てるポーズでちょっと恥ずかしかったのを憶えてる。
「ですが魔王様、ここに騎士は立ち入り禁止です。その、ここは兵士の訓練場です。騎士は入れません」
「ではここで待たせておこう」
「ミルヴィア様!」
「ちょっとだけだから」
ユアンには申し訳ないけどね。付いて来てくれたのに本当に申し訳ないけども。
ここで騒ぎは起こしたくない。
というわけでユアンは入口の小さな待合室みたいなところに通してもらって、待っててもらう事にした。
中は三重構造になっていて、外側は警備の兵士。二つ目の空間は準備室みたいなところ。中はすごく広い訓練場になっている。真ん中の空洞はすこし窪んでいて、上のガラスの部屋から眺められる。
私は一番呑気そうな伍長の一人にそこへ連れて行かれた。
「ここから見えるんですけど、あ、見えましたよ」
「……あれがビサともう一人か」
「はい。おー、お兄ちゃん結構いい戦いしてるな」
いや、私から言わせてもらえば、長剣同士の戦いだからビサとしては余裕のはず。どうして手こずってるんだか……って、あ、そっか。
訓練場の仕組みを知らないビサと、熟知している伍長とでは分が悪いんだ。慣れない会場で、足場も木じゃなく土だからちょっと違うんだ。
「ふむ」
ガラスに手を当てる。頑張ってほしいなあ。
落ちないでよね、ビサ……?
「魔王様、魔法使ってないですよね?」
「は?」
「いえ、魔王様ほどの魔法使いなら壁なんて越して魔法を使えるのではないかなと思ったので」
「使えないな。操作魔法は勉強中であるが、精密な魔法でなければ壁越しに効果は表れない。私にはまだ無理だ」
男性はふうん、と呟いて、まだ疑わしげにこちらを見ていた。一応、ガラスから手を離す。
疑われるなんて心外だなあ……実力で勝たなきゃ意味がないのに。どうして訓練したんだって話でしょ、それじゃあ。
そう思いつつ、二人の戦いを見ていた。かなり長引きそうで、持久戦になりそうだ。
あー、どうだろう。最終的にビサが特攻して終わりそうだな。
「……ミルヴィア、なんでいるんだ」
聞きなれた声がして、思わず振り返る。
そして、思わず声が漏れた。
「こっちの台詞だよ」
エリアス、あんた何してんの。
「俺はただ興味があっただけだ」
そう言って、エリアスは椅子に腰掛けた。
……あなたどうやって入ったのよ……。
閲覧ありがとうございます。
訓練場は足場が土で、砂埃も立ちやすいのでなれないビサは苦戦してます。
次回、エリアス編。