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14 聖ランディッド病院

どうしてだ…どうしてこうなった…書きたい事書こうとしたら長くなってしまった…。

 ふわっふわのは転移中の雲かと思ったけど、目を開けてみたらそうじゃなかったらしい。私の顔を覗き込むお兄様と目が合った。考えてみれば、向こう行くときに雲なんか乗らなかったもんね。


「わっ!お兄様!」

「ミルヴィア!」


 お兄様が驚いて抱き着いてくる。ふわふわのベッドに体がますます沈む。これ、羽の中に直接寝てるみたいな寝心地なんだけど。もう一回寝そう。


「お兄、様、眠い…寝ていいですか…?」

「寝ちゃだめだ!ミルヴィア、一体どのくらい眠ってたと思うんだ!?」

「一晩…」

「馬鹿!十日は経ってるぞ!」

「…は…?」


 へー、特殊相対性理論?良く知らないけど。


「そうなんですか」

「そうなんですかじゃない!ユアンが起こしに行って、ずっと寝てるミルヴィアを見つけたんだ。もし目覚めなかったらと思うと…!」

「…」


 お兄様が取り乱してる。そんなに心配だったのか。左側を見てみると、ユアンが立ったまま力なく笑っている。こっちも絶対心配してた。心底ほっとしたような顔だもん。


「安心しました。病院に連れて行こうかとも提案されたのですが、ここまでになるとあまり動かさない方が賢明だと言う事で…」

「そっか。ありがと」


 二人からしてみれば怠そうに見えるんだと思うけど、眠いから気怠いだけだ。多分、精神的には十日間寝てない事になると思う。まさか十日も徹夜する日が来ようとは。


「ねえ、寝ていい?ちょっと疲れたから」

「でも…疲れたって、ずっと寝ていたし、もしまたずっと寝てしまったら…」


 疲れたというのは嘘じゃない!病気じゃなく、異世界転移によってだ!だから寝させてくれ!


「デーリ!ちょっと来てくれ」


 デーリと呼ばれた白髪白髭の老人は私に歩み寄ると、何かを口に咥えさせた。


「口の中で転がすのじゃ」

「ん、んー?」


 言われた通り、転がす。大きさは大き目の飴。転がすのが難しい。舌触りがざらざらしてるし、気持ち悪い。黒板を引っ掻いた時みたいなゾワッとした感覚が気持ち悪すぎる!


「よし」


 急に丸い塊が抜け、咽る。今度はつるつるとした玉を入れられた。小さ目での飴くらいの大きさ。

 『私』は今、何してるんだろ。寂しがってなきゃいいけど…。


「ふむ、熱は驚くほど下がっておる。この一瞬で何があったのか」


 飴は転がしていくと溶けて行った。うん、これ本当の飴だ。甘い。美味しい。私って甘党なのよ。


「じゃが、十日、苦しそうに高熱を出しておったからのぉ、病院に行った方が良いじゃろ」

「許しません!」


 ぴしゃりと聞こえたでっかい、うねっとした気持ち悪ーい声。私の大っ嫌いな声。


「この子はまだ五歳です。外に出るのは早いわ」

「何を言う!」


 お医者さん(?)が驚いたように言う辺り、普通五歳でも外に出るんだろう。私だって外に出たい。昨日、じゃなくて、十日前、ユアンと出かけた時に見た景色が懐かしくって仕方ない。…大袈裟かな。体感的には昨日だし。

 

「母さん!ミルヴィアはもう五歳で、僕がミルヴィアを病院に連れて行こうとしたとき、いつだってそうやって――」

「カーティス、黙るのよ。ねぇ、ミルヴィアちゃん?あなただって行きたくないわよ、ねぇ?」


 甘い、ねっとりとした声。お兄様も何故か黙ってる。一番不思議なのが、いつも私から拒絶されてるのに自信満々で居られるのか。

 声で誘導――獣族!


 パアン!


 すぐに手を叩く。獣族・猫種・ラビラット。これが、声で誘導を可能とする種族だ。そして、ラビラットの誘導から目を覚まさせるには、地球で言うところの猫だまし。やっぱり本の知識は正確らしく、お兄様はハッとしてお母様を睨み付けた。


「ああ…ミルヴィアちゃん、すごいわね。私のカラクリを見破るなんて」

「私の真読魔法の足元にも及ばないカラクリだった」


 私だって、詠唱なしの不言魔法で真読魔法が使えれば……そうなれば、絶対に私が上なのに。誘導なんて生半可な物じゃなくて、本当に操れるのに。

 

 だめだよ、と薄ら聞こえた気がした。私の、『私』の声で。もしかして、私が間違えそうになった時、『私』が正してくれたのかな、とか思ったり。とか言ったら『私』に怒られそうだからやめとくけど。


「退け、母上に聞いてるわけじゃない」

「あら、でもカーティスは、私の味方よね?」

「いいえ」

「は…?」

「お兄様はもう暗示にかからない。誘導されない。一度正気に戻れば」

「か、カーティス!カーティス、分からないの?お母様からの願いなのよ!」

「母さん、僕は母さんじゃなくて、ミルヴィアの味方だよ」

「出てって。さもなくば力尽くで追い出す!」


 魔力開放。

 今回の転移で分かった事がある。転移中は魔力が全部解放され、周りに圧迫感を与える。そうした事で転移中の圧迫から逃れ、更にはロケットのように後ろに噴出することで早く転移が済む。その魔力開放によって齎される効力は、圧迫だけでなく怒気のような恐ろしさも含むと私は考えてる。怒り全開の人を見たら、怖いでしょ?

 予想通り、その場に居た四人はビクッと体を震わせて私を見ていた。無表情+魔力解放+怒気。そりゃ怖いわな。


「わ、分かったわ…」

「早く」


 更に魔力を解放すると、お母様は急いで出て行った。行った瞬間、魔力解放を抑えた。魔力を内側に仕舞い込むイメージで。うん、成功。魔力が漏れて無くなるって事はなさそう。


「魔王様、儂はしがない医院の医師でして、その、う、恨みを買うような事はないと思いますが、どうかご容赦を…」

「は?」


 何?何の事?

 混乱していると、ユアンが耳元に顔を近づけてきた。


「魔力解放は、誰でも怖いのですよ」

「あ」


 そうだった。お母様を退場させるし、お兄様とユアンは分かってくれるだろうと思ってたけど、お医者さんの事考えてなかった。いやー、これ使いどころが難しいね。


「母上を追い出すためだけだ。それであなたを怖がらせてしまったのなら、悪かった」

「いえ、そんな、滅相もない」


 頭を下げてみれば、お医者さんがすごく申し訳なさそうに言った。うーん、無愛想だけど怖がらせないってどうやれば出来るんだろう。少女漫画では、こういうキャラってモテモテだったりするんだけど。


「じゃあ、行こうか。ユアンは、付いて来るの?」


 お兄様は渋々聞く、というように引き攣った笑いを浮かべながら言った。ユアンはいつもの笑顔を浮かべて「はい」と言う。


「もちろん、護衛ですので」

「……そう」

「お兄様、私もユアンが一緒の方が心強いです」

「……ミルヴィアがそう言うなら」


 お兄様ははあ、と目立つため息を吐いてから、私に向かい合った。


「ミルヴィア、ほら」


 お兄様は笑いながらこちらに手を広げてくる。もしかして、抱っこするつもり?

 

「え?だめですよ、悪いです」

「いいから」

「だって、お兄様は公爵家の子息じゃないですか!」

「いいって。それとも、ユアンはいいのに、僕はだめなの?」

「う…ユアンも許したわけじゃ、きゃっ!」


 女の子らしい叫び声が上がって、若干恥ずかしい。それより分かんないのが、ユアンが私をお姫様抱っこしてる事かなー。…ってうぉい!


「何すんの!」

「カーティス様は拒絶されたので、私ならいいのかと思いまして」

「いいわけない、ちょっ、下ろし、わあっ!?」


 暴れたら落ちる。落ちまいとすれば拒絶しない事になる。とりあえず暴れると、一瞬落ちる感覚になり、びっくりしてユアンに掴まってしまった。ユアンが勝ち誇るように笑ったのを見て、イラッとする。


「ユアン、そのままこっちに渡して」

「惜しいですが、どうぞ」

「どうぞ、って、私は物か!」

「物と形容してしまっては、魔王様ではなくなってしまいますね」


 冷静に笑顔で返される事ほどムカつく事はないらしい。


 お兄様に渡されて(・・・・)、部屋を出る。どうやらあの部屋は特別室だったらしく、銀色のプレートが掛かっている。


「プレートの色の意味とかってあるんですか?」

「金色は執務室、銀色は特別室、赤は主の自室、緑は風呂、青はトイレ、何もかかっていない部屋はただの部屋、かな。僕の部屋は金色だから執務室って事になる。この屋敷には少なくとも五つは執務室があるよ」

「お兄様と、お父様と、後は?」

「三百四号室は爺様の執務室だったらしいよ。あとは曾爺様、曾々爺様のかな」

「三百四号室が」


 つまり、私は間接的にお爺様にお世話になってた事になる。ありがたや~…なんちゃって。


 屋敷を出ると、門には馬車が止まっていた。毛並みの良い馬二匹が引く馬車だ。


「馬車で出掛けるのですか?」

「このままが良ければ、このままでもいいけど?」


 そうだ、今お姫様抱っこなんだった。一人で歩ける、って事なんだけど、さすがに心配か。って、そりゃ、五歳の女の子が熱出したら車で行くよなぁ。車じゃないけど、歩いて行けとか言うわけないか。

 そこは素直に飲み込み、馬車に寝かされる。ふわふわのちょうどいい高さのクッションまであったので、それを枕にする。


「揺れますか?」


 心配になってお兄様に聞くと、お兄様は安心させるように笑顔のまま首を振った。

 

「風魔石を使ってるから大丈夫だと思うよ。寝てたらちょっと揺れを感じやすいと思うけど、酔いはしないんじゃないかな?」

「魔石?」

 

 魔石って、家に伝わる物じゃないの?それ使っちゃって大丈夫?

 

「魔石はね、っと、ごめん。今のうちに診察券を作らないといけないんだ。癪だけど、ユアン、教えておいてくれる」

「はい。魔石というのは家に伝わるものの他に魔獣から取れて、魔力を流すことによって使えます。種類は多すぎて言えませんね。一応一つの魔石にも、様々な属性がありますが、強く出ている属性の物を使います。それは主に色から分かりますね。魔力を微量に流してその流れ方からどの属性があるか調べる方法もありますが、それはあまりやりません。あまり意味のない作業なので」


 ユアンがすらすらと述べる。詳しいな。じゃ、この機会に色々聞いちゃいますか。

 カタン、と音がしたと思ったら、馬車が走り出す。え、ホントに揺れない。最新の車みたい。あんまり綺麗な道じゃないのに、すいすい走ってく。すごいな、風魔石!


「魔獣と魔物って何が違うの?」

「大きな違いは(コア)があるかどうかですね」

(コア)?」

「魔物には(コア)がありますが、魔獣にはありません。だから魔石で補っているんです。つまり、死んでも転生しません」

「へ、へー」


 自分が転生した身の上なので、なんかフクザツ。私にも(コア)があったのか。


「人にも(コア)はあります。それと、魔物には理性がありますが、魔獣にはありません。ただ本能のまま行動します。魔獣は見つけたら即討伐というのが一般的で、飼いならす人は居ません」

「少し居る、とか」

「居ません。人族にもそんな物好きは居ませんよ」

「ふうん」

「あとは、そうですね、大きさでしょうか。一応言っておくと、この馬車を引いている馬は魔物です。細かい種族を言うと、獣族・馬種・バッドラヂッドになりますが、これ以上大きいと魔獣と見做される事がほとんどです。例外として飛行族のバードラゴンなどは居ますが、ほとんど、魔獣となりますね。大きいとそれだけ、力があるので本能に忠実になります」

「…なるほどねぇ」


 バードラゴンって馬より大きいのか。見てみたい…


「バードラゴンはかなり奥の山奥に居るので、見れませんがね」


 うっ。

 何故そのような的確な事を言うんだ!ちょっと悔しいじゃないか!


「一番大きい魔獣って何?」

「巨人族でしょうね」

「おぅふ…」


 居るんだ、巨人。思わず変な声が漏れたけれど、ユアンは聞こえなかったのか、それとも聞こえないふりをしてくれてるのか、ただ微笑んでる。


「巨人族・能種・レンドレットは一番大きく、一番本能に忠実な巨人です。身長は634メートル」

「ふぁっ!?」


 634(ムサシ)!スカイツリー!スカイツリー!大きすぎじゃない!?横幅もあるから、正確にはスカイツリーより大きいじゃん!


「まあ、上空からの迎撃よりも下から足を這い登って目を潰し、その隙に口の中へポリットの実を投げ入れるのが普通ですが、何分634メートルもあるので、上るまでに何千人も死にますね」

「でしょうね」

「ある意味、上って行く人が一番安全だと言われています。だから、レンドレットが出たら皆我先にと上りに行きます。でも、そんな沢山上ったらさすがに気付かれます。そして、そこからは上る事が困難になります。上ろうとしてる人が居たら、口に放り込みますから。だから」


 ユアンが一度言葉を区切り、いつもの笑顔で言い放った。


「その時は、上る人がポリットの実と一緒に口の中に入りますよ」

「……っ」


 そんなことを笑顔で言えるユアンが恐ろしくて、その笑顔の中に埋もれた感情が見えなくて、どうしてそんな事を知ってるのかも分からなくて、私は渡されていたタオルで目を覆った。


「寝るね」

「はい、ごゆっくり」


 しばらくすると、私は浅い眠りについた。


「…ユアン、大丈夫か?」

 

 どれくらい経っただろうか、ちょうどまた目が覚め、うとうとしかけた時に聞こえた声に目を覚ました。

 大丈夫、ってどういう意味?盗み聞きしても罰は当たらないよね。


「何がですか?」

「今の話、お前の故郷の話だろう」

「ええ、そうですが」

「そうですが、って…ミルヴィアは知らないからいいとして、僕にはそういう冷たい態度を取らなくてもいいんじゃない?」

「羨望ですかね」

「は?」

「あの町で生き残ったのは、私と、公爵家の四人だったのですよ」

「…」

「金を使って、攻撃に回るはずだった部隊を買収し、しかもその部隊を囮にしてのうのうと逃げ去った」

「それが僕らだと?悪いけど、時系列的に言えば全く関与してない事になるよ」

「そうでしょうね。ですが、あの部隊は全員切れ者だった。その部隊を買収できるほどの金を持った公爵家の人間に憧れ、同時に軽蔑したんですよ」

「そう」


 キイ、と軽い音を立てて馬車が止まった。体が揺さぶられ、多少ぐずってから起きる。

 やっぱり、ユアンの故郷が巨人にやられたのか。私には関係ないと割り切れるけど、でも、気になるな。確か、三百四号室には手を付けてなかった事件書類があったような。後で見てみよう。あれは魔獣が起こした事件別になってたから、すぐ見つかるでしょ。


 馬車から降りた私は、開いた口がふさがらなかった。

 

 横に広い、レンガ造りの建物。建物自体は白く塗られていたけれど、レンガだという事は分かる。窓が並び、入り口がある。その入り口には何百人もの白衣を着た人。全員が頭を下げていて、一人だけ一番前に出ていた人は顔を上げると、私に笑いかけた。


「ようこそ、聖ランディッド病院へ、魔王様」

「…び、病…院?」


 それは、どう見ても横に広いマンションだった。

閲覧ありがとうございます。

すみません、長くなりました。予定では原稿用紙10枚分くらいに抑える気だったんですが…文字に起こしてみると長く感じます。


次回はマンションみたいな病院で診察します。

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