138 『吸血』再び
夜寝る前、当たり前のように蝋燭を一つ点けてレーヴィが寝る前の髪の手入れをしている時、私は布団の中で頭を抱えていた。
悩んでるわけじゃないよ?
痛いの。
こう、激しい痛みじゃないんだけど、内側から針で刺されてるような……怖っ。
まあとにかくそんな感じでツキツキと痛いんだ。
なんで~?最近割と規則正しい生活してるのに。風邪かなー。
そこまで言ったところで、感じる既視感。ああ、これあれだな。マズイヤツの前触れだ。
「レーヴィ、お願い、血ぃ吸わせて……」
「ん、来たか」
「来た。マズイって、この前みたいなことになりかねんよ」
実際は前兆から発症までちょっと時間があったけど、どうなるか分かってる以上危険な気しかしない。
この前みたいなことはもう嫌だ!
布団から抜け出して、レーヴィに向き合って、牙を突き立てようとすると――
「だめじゃ」
「なんっで!眷属!」
「いや、それを持ち出されると儂も聞かざるを得ないのじゃが、儂も最近ちょっとずつの吸収しかしておらん。血、一滴も無駄には出来ん状況でな。悪いが『吸血』はユアンからにしてもらえぬか」
「だめだって、夜にあそこは行けないって」
今度こそ本当に怒られちゃうから。二度とユアンの顔見られないくらいになりそうだから。
ええ、けど、エリアスはいないしお兄様はもう寝ちゃってるし。
ノックして、入ってすぐ事情話せばいいかな?『吸血』なら怒られはしないだろうし……。怒られる暇なく事情を話すとか。
「レーヴィ、付いて来てもらえない?」
「儂はあそこだけは行きたくないのう。ちょっと色気がすごいのでな。呑まれそうじゃわい」
「……さいですか」
ユアンとレーヴィの長話は聞いてみたい気もするんだけどなあ。だめか。
私は渋々、ベッドから降りて部屋を出た。
あー怖い。怒られるかなあ……いや、きっと大丈夫、理解はあるはずだから。うん、大丈夫。
あ、そこまで怖いなら明日の朝にしろよって思うじゃん?
無理なんだよね、これが。あれだよ、一日中何も食べて無くて空腹な時にグルメ番組見させられた気分。
グルメ番組見させられてないけど、まあ気分的にはそんな感じなんだよ。
アルトの部屋の前を通る時はかなり慎重に通った。そして、何よりこの前の一件でコナー君の部屋とユアンの部屋が間近だと言う事が分かった。分かってしまった。
だからなるべく音を立てないようにしなければ……一応防音はかなりしっかりされてるはずだし(魔導具で)、大丈夫だとは思うけど。
せっかく寝てるところを起こすなんて真似、出来っこないし。
ゆっくり歩く事十数分。
ユアンの部屋の前に着いた。やべえ、この前と雰囲気一緒だ……。
ええい、ままよっ!
コンコンコン
「……はい」
「えーと、ユアン?ちょっとお願いが――」
「残念ですがそのお願いは聞けません。お戻りください」
!?
え、そう来る?話も聞かず追い返す!?
えええええ、嘘でしょ、せっかく来たのに!来る間一生懸命言い訳考えてたのに!
「いやいや、話くらい聞いてよ」
「申し訳ありませんが、聞けません。ミルヴィア様、前に言った事をお忘れですか?」
「憶えてるよ?けどこの前と同じ用件なんだってば!頭痛いし、早めの方が良いって言うか」
「それなら明朝に致しましょう。とにかく今日はお戻りください」
ユアン、なんかキャラ変わってない?いや、変わってないんだけど、なんかすごい冷たいんだけど。
こ、ここまで来て引き下がれない……!意地だ!
「ユアン、お願いだって、お腹空いた!」
「お断りします。前に男性の部屋に夜中入るのはだめだと申したでしょう」
「言われたけどさあ……ごめん。ねえ、お願い!ほんとに!」
「だめです」
ぐっ、だめだ揺らいでくれない。なにさ、謝ってんじゃん。もうお腹空きすぎて泣きそうだってのにこいつは。鬼化して後悔するのお前だぞ!
私はドアに向かって、怒りをぶつけるようにして言い放つ。
「分かったよ!じゃあ今度エリアスからもらうからいい!」
「……」
無視か!
もういいよ!もうユアンなんかからもらわないから!
……子供かっ!
はあ。どーしよう。レーヴィからもらっても罪悪感があるだけだし、お兄様はせっかく調子が良くなってきたところだし。
やっぱり、土下座してでもエリアスからもらうしかないかなあ。今回は何が何でもユアンからはもらいたくないし。はあ、子供みたいだな私。
自分で呆れながら、踵を返して部屋に戻ろうと歩き始めた。
キイ
振り向く。確認。滑り込む。
これらの動作を、一切の迷いなくやっていた。よっし。
「入っちゃったからね」
「本当は無理にでも追い返すつもりだったのですが……仕方ありません」
「とか言って、嫉妬しただけじゃん?」
わくわくしながら、からかうようにクスッと笑う。
あー、良かった。やっぱり血はユアンから飲むのがしっくり来るんだよねー。なんでだろう、やっぱり初めて飲んだのがユアンの血だから?刷り込み?
「どうぞ」
「ありがと!」
ユアンがベッドに座ったので、私も座る。言っておくけど不用心じゃないからね?何かあったら即逃げ出す体勢だよ。
逸る気持ちをなんとか抑えつつ、向き合って座り、手を伸ばして肩に抱き着くと牙を当てる。それからつうっとゆっくり牙を刺す。
こく。こく。こく。
「終わりです」
「んぐっ!え、早!」
三口しか飲んでないよ!
「美味しかったでしょう?」
美味しかったけど!美味しかったけども!
違う、全然お腹いっぱいになってない。私はお腹いっぱいになりたいから来たのに。
ジトッとユアンを睨んでいると、ふう、とため息を吐かれた。
「また明日。今日はもうお戻りください」
「えー」
「ああ、それと、少しじっとしていてくださいね」
「?」
「心苦しいですが……お仕置きです」
え。
慌てて退こうと思ったら、シーツに足が引っ掛かって倒れた。ユアンの手が伸びてきて、私の髪の毛を一筋とると、唇に押し当てた。
くっ!
「言うまでもなく私にそんな気持ちはない!」
足を振り上げてユアンの腕を振り払うつもりが、ひょいと躱されたので空振りする。
いつか後悔させてやる!
「私はそんな甘々なの望んでないから!」
「知ってますよ。だからこそじゃないですか」
「っ、そんなんだとユアンから血貰わないよ!」
「あなたがそれでいいのなら、次回からはエリアス様からもらってもいいですよ?」
ぐう、こいつ、さっき引き留めたくせに。物音立てて振り返らせたくせに!
「いいよ、次からはアイルズのもらうから」
「……それだけは、止してほしいですねえ……」
ユアンに腕を引っ張られて、起き上がる。私はため息を吐いて、ユアンの首筋を見つめた。
あ、そうだ。
私はユアンに覆い被さるように飛び掛かる。もちろんユアンは倒れる事無く受け止めたけどね?
その体勢のまま、さっきの傷口を舐めた。よし、これで治るはず。
「ありがとうございます」
「いいえ。そんじゃ、明日の朝お願いね。忘れてたら承知しないから」
「仰せのままに」
そう言って、私はユアンの部屋を後にした。
空腹のまま布団に入って――空腹のまま、目を閉じた。
閲覧ありがとうございます。
ユアンの心情としては、絶対に中に入れたくなかったかと。ユアンやらかしたっぽいです。
次回、お兄様に血をもらいに行きます。