135 お待たせ
当たりは東の遠い廃屋だった。そこまで辿り着くまでに、二時間もかかっちゃった。
私は空を飛んでる間、エリアスが落ちないように制御しつつ考え事をしなきゃいけないから大変だった。
その大変だと言う気持ちすら忘れるほど、猛スピードで向かっていたけど。
廃屋の前に降りると、エリアスも一気に降りた(落ちた)。
私は扉が閉まってるかも確認せずに蹴破った。
「――来たよ」
聞こえないだろうけど、呟いた。
で。
奥に座っているコナー君の姿を見た途端、ここまで何とか保っていた理性の箍が外れた。
コナー君は手を縛られていた。
上半身のシャツが破けてボロボロになっていて、あちこちに傷。
それに綺麗だった髪も均一になんてなっていなくて、床にはぱらぱらと髪が散らばっていた。そして、何より。
コナー君は物凄く響いたであろう扉を蹴破った音にも目を覚まさず、目を閉じていた。
「――コナー君?」
「お前っ、どうやってここが分かった!」
「君は、誰?もしかして……魔王?」
無視して、コナー君の方に歩いて行った。エリアスが後ろで舌打ちしたのが分かったけど気にしない。
コナー君、死なないで。
死んだら私、悲しくなるから。セプスが大嫌いになるから。
それに、悲しくなったら何するか分かったものじゃない。下手したら暴れまくりそう。
「っ、お前!」
手が掴まれた。痛いなあ……何?
背の高い方の耳が長い人が私の手を掴んでいた。耳が長いから、多分エルフ。耳尖ってるし。
その人のもう片方の手には鞭がある。コナー君の体には鞭の跡がある。
「……あなた達が」
「お前誰だ?魔王なのか?」
「うるさい。黙っていろ」
凄む。とたん、物凄い魔力の渦を感じた。
これは敵わない。
短剣を抜き取ると、魔法を捌く。背の低い方のエルフがやったみたいで、こちらに手のひらを向けていた。第二射として、植物の蔦が地面から生えてる。太いから、捕まったら逃れられないと思う。
「兄さんはあっちの男をやってよ。魔王の相手は僕がやる」
的確な人選だな。
エリアスは肉弾戦が苦手だし、魔法の精度はあっちが上だ。いずれ必ず越えるけど。
ああっ!
コナー君がコナー君が気絶してるって言うのに、構ってる暇ないんだよ!
飛んでくる蔦を、短剣で切り裂く。太い蔦が一刀両断されて、エルフが目を細めたのが分かった。
まあね、しょうがないよ。黒髪の魔王だもん。魔法派だと思われたってしょうがない。実際そうだしね。
けどさ。
「次期軍曹の師匠が、魔法しか使えないと思うなよ?」
ビサとの訓練は長剣。多少扱いは違うけど、何かあった時対応するのはこの短剣だし、素振りもしてる。
魔法派って……良く言うよね。
両方扱える人はどっちだっつーの。
「いいね、面白そう。でも僕だって今の魔王に負けるなんて思わないよ」
「黙っててくれないか」
耳障りなんだよ、その声。
エリアスは……。
エリアスの方を盗み見てみると、かなりエリアスが優勢だった。迫り来る鞭を躱しつつ、バリアで弾いて鞭の耐久度を下げてるみたい。
そんなもんで鞭が千切れるとは思わないけど、まあ、あっちには切り札があるからね。『操霊』なんて、予想してないだろうし。
けど持久戦にしちゃだめだ。コナー君、見た限りじゃかなり危険。早く連れ帰って、エリアスに診てもらわないと。
「始めようか。早く帰りたいのでな」
「うん、天国に還してあげる」
魔王は死なないよ。強いからね。
また蔦が足元に生えて来たので、一気に跳んで短剣で斬りかかった。
さすがに予想していたようで、かなり太い蔦に弾かれる。さっき太いと思ったのはどうやら中級サイズらしい。もっと太い蔦がうじゃうじゃしている。
何より気を付けなきゃいけないのが、コナー君に気が向く事。抱えて逃げられたらたまったものじゃない。
それに、蔦を火で燃やしたいけどこの廃屋が燃えて、コナー君が危険な目に遭っちゃう。
決着は一瞬で着けないと。すぐに着けるつもりだけどね。
地面から生えてくる蔦を、上手く躱して相手の懐に入り込む。とたん、柱みたいな蔦が伸びてきて遮られた。何とか避けたけど、あんなんに当たっちゃひとたまりもない。幸い、この廃屋天井が結構高いから避けることは出来そう。
それにしてもあれは固い……短剣じゃ斬れそうにないな。チッ、ユアンの剣だけでも借りれば良かった!あの剣切れ味良いからスパッと斬れるのに!
若干後悔しつつ、羽を生やして滞空時間を延ばす。どんどん床から生えてくる蔦……じゃないなもう。柱を避けて短剣を持って乱舞する。
これじゃ、長引くだけだ。緑の髪だから魔力総量はそこそこあるだろうし。
「エリアス、お遊び止めて本番行くよっ!」
「チッ、分かった!」
地面から生えてくる蔦。それを蹴って移動する。もう危険だとかどうだとか、いい。
コナー君が助かれば、私はそれでいい。
私ならちょっとくらいの怪我は平気だから、特攻しなきゃ。
斬りかかる角度を調整して、エルフを囲ってる柱を斬った。あ、斬れた。割とスパッと。
やっぱり角度が大切だね。
柱の中に入って、後ろ側からエルフの首筋に短剣を当てた。
「私は今、怒ってるんだ。悪いがこのままここで殺したって良いんだぞ」
「……油断大敵、だよ」
「!」
エルフがぽつりと呟いた言葉で、大体察すことが出来た。後ろを振り向いて、太い蔦が迫ってくるのが見える。しかもさっきの柱みたいな蔦が。
これじゃ、斬れない……!
ザシュッ
目を瞑って防御の姿勢を取っていると、蔦が来ないのが分かった。目を開けてみると、私の周りにバリアが張ってある。それに蔦が切り刻まれてるのも見えた。
え……エリアス?いや、あの遠さからじゃ無理だし、交戦中だし。なんで?
「ミルヴィア!」
「あっ」
バリアが解かれた。もう一度、エルフの首に短剣をあてがう。
一瞬の隙に逃げられなかったのは多分、私が咄嗟にエルフの足を斬ってたから。
ふふん、我ながらナイス判断。……て言ってる場合じゃない、エリアス!
エリアスの方を見ると、相手を寝転ばせて押さえ付けていた。
お、おお……。
「あのなあ、俺はこの件に巻き込まれてるんだ。あの庭師は民間人だ。どうなろうと助けには来た。けどな、こんな事巻き起こしてくれて、俺は今怒ってるんだぞ?」
「え、エリアス、あのー」
「後で魔王とカーティスにも説教する」
「ごめんなさい許して下さい!」
やべー、本当に怒ってる。
けど、早いトコ無力化しないとコナー君危険なんだから!死んじゃったら、私もうエルフ許さないから!
そう思っていると、唐突にエリアスが手を挙げて、エリアスの手に白い何かが巻き付く。
お、これは……来るか。
「来い」
「我ら、主様の命に従いうぬらの精神食い尽くしたり」
「我ら、主様の命に従いうぬらの精根使い果たしたり」
「我ら、主様の命に従いうぬらの精力腹におさめたり」
おお、我らトリオ、久しぶり。
けど……このままじゃこのエルフ、いつになっても同じこと繰り返しそう。
脅しとこう。
「本当は殺したい。私の友達を苦しめた事を後悔させたい。だが、それじゃ魔王の名に傷が付く……今回だけは殺しはしない。――見逃しも、しない」
「……負け惜しみは言わないよ」
我らトリオが二人の頭の上に乗ると、二人は気を失った。
そうと分かると、すぐにコナー君に駆け寄って首筋に手を当てる。
脈は、打ってる。呼吸も正常。本当に気を失っただけみたいだね……。良かったあ……。
「ミルヴィア、安堵しているところ悪いが、このままじゃどうなるか分からない。一度病院に引き返してから屋敷に帰るぞ」
「ん……分かった」
「そいつはお前が背負ってやれ。俺はこいつらを霊魂に持っていかせる」
「はあい」
……霊魂って物理的な接触出来たんだ……?
そう思いつつ、私が羽織っていたローブを風魔法で乾かしてから着させた。帽子も被らせて、雨がなるべく当たらないようにする。
エルフも雑魚っちゃ雑魚だった。けどエリアスが居なけりゃかなり大変だったと思う。雑魚って言ってたけど、うん、ちゃんと認識改めて訓練しないと。
……剣の訓練も少しはしておこう。あとさっきの現象、レーヴィとかユアンなら分かるかなあ。いや、霊的な事ならアルトの方が詳しいか。
「帰ろう、コナー君。……ごめんね待たせて」
「行くぞ」
「ん」
コナー君を背負った。私も鍛えてるだけあって、軽々背負える。エルフの二人は、霊魂に支えられて空を飛ぶみたい。
まあ、こんな怪しい人達は歩けないわな。
その後途中休憩してコナー君の様子を見つつ、三時間かけて屋敷に戻った。
閲覧ありがとうございます。
戦闘シーン苦手です。精進します!
次回、エリアス編で後日談。