庭師編 助けて
何時間経ったのか。
僕の服は引き裂かれ、赤い血が滲み、怪我は上半身にあちこち。鞭で打たれた胸の辺りはじくじくして痛い。
髪の毛はもう何回も切られていて、少し伸ばしていた髪の毛は多分もう短くバラバラになってるだろう。
縛られた手が痛くて、足もガクガクする。
何より、物凄く寒い。凍え死にそうになりながら、虚ろな目で空を見ていた。
……寒い。お屋敷がどんなに暖かかったか……暖炉の火で暖まりたい……。
「おい、気ぃ失ってねえだろうな?なあ、どうだ、魂の摩耗具合は?」
「……うーん、もうちょっと。これじゃ輪廻の可能性が十八パーセント残ってる」
弟の方が、小さい緑色の欠片を見ながら確認している。
兄の方が、僕に対して鞭を振った。もう痛いんだか何だか分からない。寒すぎて、痛すぎて感覚が麻痺してるんだ。
「チィッ、めんどいな。魂を全部消し去らなきゃいけねえってのに、こいつ、なんで消えねえんだ」
「さあ。図太いって言うのとも違うんだよね。どうやっても、消し去れない。こんなケース初めてだ」
「何なんだ?こいつ、普通の『隔離者』じゃないのかよ?」
「どうだろうね。唯一他の子と違う点と言えば、魔王のお気に入りだけど……変なおまじないでも掛かってるのかな?」
「あの魔王に呪いをかける力なんてねえだろ」
「それに神から呪われた子にまじないの効果なんて期待できないか」
また、鞭が振るわれた音がした。
右腕がびりっと痛む。はは……魂が削られると、五感とか痛覚とか、そういうの諸々が無くなってくるって言われてたけど、本当だ。
音だけがはっきり聞こえてて、もう他は良く分からないや……。
僕は目を閉じて、眠気に身を任せようとした。その途端、ビシッと何かが当たる。
うっすら、目を開ける。ぼんやりと、二人が見えた。
「寝んな。寝たら効果ないだろうが」
「兄さん、もう無理じゃない?魂を傷付けるのはここまでにして、止めに入った方が」
「いや、完全にやってからだ。こんな奴、二度とこの世に生まれない方が良いんだ」
酷いな……。僕の存在が誰にも影響がないわけじゃ、ない、のに。
ミルヴィアと友達になれてよかったなあって思えて、良かったなあ。
僕死んじゃうかな。嫌だな。もっと生きたいなあ。けど、ここから抜け出しても、またエルフから逃げる日々だ。
公爵様のところでもだめだったんだから、魔王城でも、どうか分からない。
「僕もそれには賛成だよ。だけど労力をかけるより楽な方が良いじゃないか。どうせ死ぬ命、楽させてあげよう」
「お前はそうだろうけど、俺は違う。こんな奴、苦しんだ方が絶対に良い」
「ここだけなんだけどね、僕と兄さんの意見が分かれるのは。けどさ、彼に触れなきゃいけないのは僕なんだよ?こんな苦行、一秒だって早く終えたいよ」
「だったら鞭の使い方憶えろよ」
「嫌だよそんな野蛮な武器」
それからしばらく、二人はやいやい言い争っていた。
二人は少し、意見が違うんだ。兄弟でも、違うところはあるんだね……。
「もういい。俺がやる」
「分かったよ、じゃあやってよ」
兄の方が近付いて来て、僕の顔をガッと掴んだ。
兄の方をぼうっと見上げると、兄がジャキッと思いっきり僕の髪の毛を切った。
あ……耳も少し掠った。でも、あんまり、痛くない。本っ当に、痛覚、無くなっちゃうんだな……。
「この世界は弱肉強食だ。俺はお前を喰う。いいか、俺はお前にだけは喰われねえ」
「僕もだよ。族長と喧嘩したら勝つ自信ないけど、少なくとも君と今の魔王には勝つ自信がある」
「っ、ミルヴィアは負けない!」
「……驚いた、まだ叫ぶ元気があるんだ」
弟の方は目を見開いて僕の方に近付いた。
ミルヴィアは、負けたりなんかしない……ミルヴィアは強い。ちゃんと訓練もして、強くなってるんだから。
そのミルヴィアを、否定しないで。僕の友達なんだから。
「あーあ、意識がはっきりしちゃった。ごめん兄さん」
「ったく何してくれてんだ。こいつ、魔王にだけは執着してんだから」
「悪いけど、魔王は魔法が主力だろう?僕の魔法に対抗できるとは思えないな。僕の魔法は繊細ながら大きい魔法が作り出せるんだから」
ミルヴィアだって、頑張ってる。だから、大丈夫だ。負けたりなんかしない。
だから、助けだしてくれる。
「僕にはミルヴィアが居るんだから……!」
「またそれかよ?あのなあ、助けに来ない奴は来ないんだよ。切り捨てられたって考えた方が自然だろ?」
「兄さん、希望を持ってた方がやり易いよ」
「はん、知るか。絶望して死に絶えろ」
また鞭が振られて、僕の首から血が流れる。すごい量ではなかったけど、とくとくと流れる血は見ていて怖い。
僕は朦朧とする意識の中で、頑張って意識を保とうと深呼吸をする。
苦しい……。
五感、痛覚、その他諸々の感覚は無くなって来ても、苦しさはあるんだ。
嫌だ。生きたい、僕は死にたくなんかない。どうやったら、どうしたら、僕は生きて帰れるの!
ガァン!
「!」
「兄さんっ」
ものすごい爆音が響いて、雨が降り注いできた。
「鍵は閉めたはず……!」
「くっそ、蹴破られたか!」
降りしきる雨が、僕の聴覚まで塞いでくる。
あ、もう、音が遠い。
え、嘘。助けが来たのに死んじゃうの?僕は――そんな、嫌な死に方したくない。
「来たよ」
ぐっと、水中から無理やり引きだされた時みたいな感覚で、目が開いた。
けれどそれも一瞬で、ユアンさんが一緒じゃなくて驚いて。
「ああ、良かった」
僕はまた目を閉じた。
閲覧ありがとうございます。
クロアズ兄弟は、大体得意分野が分かれてます。だからこそ拷問も実行できるんですが。
次回、ミルヴィアが蹴散らします。