134 急ぎ・焦り・怒り
空を飛びながら街を眺める事数分。
エルフもコナー君も居なくて、怒りでたまに魔力を送るのを忘れてバランスを崩す。
どこ、どこなの?
コナー君は傘も、防水の魔導具も持ってない。だから町の中を歩いてるなら保護しなきゃいけないし、連れ去られたんだったら……連れ帰さないと。
ついでに、連れ去った奴らは懲らしめる。
エルフはプライドが高くて排他的、弱肉強食で長がすべてを決めている。独裁的。
多分、どの種族よりも『隔離者』に対しては厳しいと思う。自分の種族の格が下がるって感じているから。
何が、格を下げる、だ。『隔離者』は星にとって必要な存在なのに。
そんなの誰に言ったって信じてもらえないだろうけど、そうなのに。
セプス、ミスはミスでいいから、せめてちゃんと監視しておいてよ……!
けど、廃屋とか山小屋とかには、私は詳しくない。
怒りと焦りで苛々している中、誰かに頼らなきゃと思った。
アイルズ。詳しそう。だけどこの格好じゃ、宮廷には行けない。
ビサ。詳しいと思う。だけどまだ仕事中だろうし、部下の兵士にこんな無様な姿晒せない。
少年、狐ちゃん。詳しい。だけどどこにいるか分からないし、協力してくれるかどうかも分からない。
「エリアス――」
病院?
私は少し方向を変えて、病院の方向に飛んで行った。
エリアスなら詳しいはず。それに病院に居る。でも、時間的にエリアスの勤務時間はそろそろ終わり。だから急がないと。
急が……ないと。
「風――追い風になれ」
ありったけの魔力を注いで、風を吹かす。
と、危く病院を通り過ぎるところだった。ふっと羽ばたくのをやめて、病院の敷地内に降り立つ。着地の際は、羽ばたいて衝撃をなくして。
後ろを振り向くと、門は閉まっていた。と言う事は、患者さんはいないはず。
良かった。エリアスとゆっくり話せる。
エリアスの診察室に、行かないと。
不思議と、道中誰とも会わなかった。他の先生に会ってもしょうがないのに。
もしかして、もう皆帰っちゃってるのかな?だったら、院長先生にエリアスの家を聞かないと。
そう思いながら、診察室をノックする。
「はい」
ああ、良かった。居たんだね。
キイ、と音を立ててドアを開けた。白衣のエリアスが椅子に座っていて、私を見ると目を見開いて立ち上がる。
大げさだな。
「どうした?何かあったのか?」
「コナー君が居なくなったの」
エリアスはそれを聞いて、驚いたように目を瞬いた。その後、タオルを差し出してくる。それを断って、エリアスと目を合わせる。
「エリアス、どこかの廃屋とか山小屋、心当たりない?」
「……ただ単に、出掛けただけじゃないか?」
「雨が降るって事を知ってたんだよ。コナー君が外に出かけるって事は有り得ない。それに、エリアスも知ってるでしょ……コナー君、『隔離者』なんだ。しかもエルフの。だから追われてるって事も」
「確かにその可能性は高いし否めないが、こんな濡れてまで」
エリアスがぐしぐしと髪の毛を拭いてくる。鬱陶しいとは思わないけど、急いでるんだから少しはちゃんと話を聞いてほしい。
ああ、もう。
コナー君が困ってるかも、泣いてるかもしれないんだよ。悠長な事、言っていられない。
「エリアスだって、私が居なくなったら捜すでしょ」
「まあ、そうだな。けど一度落ち着いて」
「嫌だよ!ねえ、コナー君が泣いてたらどうするの!?私や狐ちゃん、少年とは違うんだよ!ただの、普通の子なんだから!」
私みたいに転生した偽物の子供じゃないんだ。狐ちゃんとか少年みたいに精神が強いわけでもない。
普通で普通の、ただ魔力の補給が出来ないだけの男の子。怖かったら、痛かったら泣くんだよ。
そんな子がこんな雨の日に居なくなって、しかも誘拐されたかもしれないって言うのに。しかも友達だっていうのに、友達としても、魔王としても見逃せない。
私はエリアスの腕を掴んで、精一杯頼んだ。
「お願い、教えて。捜すの手伝って?」
「分かった、捜す。ユアンはどうした?後から来るか?」
「……来ない。来ないでって言ったから」
「はあ!?魔王が護衛に来るなって言って、あいつがそれを聞いたのか!?」
「ユアンは、今は、要らない。邪魔に――なるから」
ユアンが居たら私を心配しちゃう。どんなことするにも、一回一回説得しなくちゃいけなくなる。
そんな時間、今はないんだから。
「それより、早く行こうよ」
「ユアンが居ないなら、許可できない。一度屋敷に戻って、ユアンを連れて行け」
「何言ってるの、そんな時間ないよ」
「そうじゃないと俺は協力しない」
何それ。
ユアンが居なくても平気だし。自衛くらい、出来る。そんな事よりコナー君が。
私は踵を返して診察室から出て行こうとした。大きい音を立てて、扉が閉まる。目を細めて、エリアスを振り返った。
エリアスも、私の事を睨み付ける。
私はエリアスのところまで歩いて行って、短剣を取り出した。
「今、私すごく怒ってるんだ」
「俺も怒ってるぞ。護衛なしでなんて、何言ってるんだ?お前、自信があるのはいいが、襲われたらどうするんだ」
「襲われないよ、空を飛ぶんだから」
「……何かあった時」
「何もないよ、エリアスが居るんだから。でも嫌なら来なくてもいい。ビサのところへ行く。もう体裁がどうだとか言ってらんない」
「ッ、分かった。じゃあお前は家で待って」
「本気で言ってんの?」
指咥えて待ってろって?
睨むと、エリアスはかなり深い溜息を吐いた。悩む必要あるの?
私、怒ったら強いんだよ?
コナー君が居なくなってるってのに、雑魚に構ってる暇ないんだから一瞬で片すよ。
「ああ、分かったって。三か所、心当たりがある。恐らく近くではないだろうな。近くの山の山小屋は所有者が住んでいるし、廃屋はすべて取り壊されている。危険な場所は国が結界を張ってるから」
「で、その三か所って?」
近くの山小屋は~とか、どうでもいい。可能性が有る場所は全部行く。
エリアスもそれが分かったのか、手短に説明してくれた。
「南に二つ、東に一つ。東のはかなり遠いぞ」
「分かった、行こう」
「おい、俺はどうやって行けばいいんだ?」
「……背負ってあげる」
「……嘘だろ?」
話し合いの結果、空に居る間私が風魔法で浮かせてあげるっていう事になった。
羽の風もあってかなり容易だからね。快適でしょ。
じゃあ、行こうか。
まずは南のところから。
飛ばすよ、エリアス。コナー君、少しだけ、ほんの少しだけ待ってて。
閲覧ありがとうございます。
エリアスだけでも結構強いんですけどね……。
次回、コナー君視点。