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13 嫌な夢だな

 暑い…。

 夜、私は何故か暑くて目が覚めた。喉がカラッカラ。もう真夜中だし、メイドさんを呼ぶのも面倒くさい。かと言ってこの部屋に水があるわけもなく――あ、あるじゃん。


「我の喉を癒せ。水飲」


 初級中の初級、水飲。これは喉に水を流すだけで、胃には魔力しか残らないんだけど、それでも喉を潤すには適している。私は水飲で喉が潤ったところで、もう一度ベッドに入って深い眠りについた。


************************************************


 ここ、どこだろう。

 私が居たのは見慣れた部屋だった。思い出せない。どうしてここに来たのか、私には分からなかった。

 

 青色のシングルサイズのベッド。そこに、私は寝ていた。ただ、今までのが夢だったのか、とは思わない。何故なら、視界の端にある髪の毛は真っ黒で、感覚的に小さい体のままだったから。逆に、今が夢の中なのだ。


 どうして、今さら…。


「目、覚めた?」


 聞き慣れない声。どこか懐かしい声。飛び起きて、声がした方向を見る。そこには『私』が、無表情のまま『私』を見ていた。


「あ…」

「お帰りなさい」


 無表情のまま、『私』は言った。背が高い。髪の毛も、黒いけど明るめで今のような漆黒ではない。ドクン、と心臓が鳴った。緊張していた。


「明るくなったね、性格」

「…私が話してるのを聞くのって、変な感じ」


 『私』は、私の髪の毛をさらりと撫でた。無表情の中に、不思議そうな翳がある。


「髪、黒くなった。すごく、綺麗」

「私は前の方がいい」

「そう」


 『私』は私がベッドから下りるのを手助けすると、本棚に近寄った。


 そう。何かが、おかしいと思ってたの。


 空っぽの本棚。その中に残る一冊だけの本。あったはずの机が無い。ベッドは残っていたけれど、そのほかは撤去されていた。分かっていても、何だか悲しい。


「これは、アルバム」

「…」


 一冊だけ残った本を指差して、『私』は言った。私は頷いて、『私』を見つめる。相変わらずの無表情だった。


「あなたは、何なの?私はどうしてここに戻ってきたの?」

「逆に聞くよ。あなたは、どうしてあの世界なんかに転生したと思う?」

「……分からない……」


 俯いて答える。分かったらいいのに、と思ってた。顔を上げると、『私』が目の前に立っていた。


「あなたが、この世界に絶望したから」

「…」

「あなたが、こんな世界嫌だ、もう何もしたくないと思ったから」

「…うん」


 そうなんだ。やっぱり、そうだったか。銀行強盗を見て、争いたくないと思ったから、争いのない、魔族の王になんてなったんだ。


「でも、違う世界に転生するのに、無傷で居られると思う?」

「…思わない」

「あなたは魂の一部を、地球に置いて行った。それが、『私』」

「うん」


 つまり、この『私』は幽霊。本当なら存在しない存在って事だ。


「私は全部見てきた。大好きな本が捨てられる瞬間も、お父さんとお母さんが泣きながら幼稚園の時に買ってくれた机を捨ててた事も――私のお墓も」

「…そっか。どうだった?」

「普通だった。もうちょっと豪華なのが良かった」

「ぷっ。何それ。やっぱり私だなあ」


 私なら思いそう。『私』はうっすらと笑った。緊張していたのが解れたのを感じて、周りを冷静に見渡す。

 私の物は、アルバムと本棚、ベッド以外何も残っていなかった。でも、お父さんとお母さんが泣いてたのを聞けただけで、いいや。

 

「ここに居るのは、あなたが魔力を飲んだから。体が熱かったのは、私があなたを呼んだから」

「そっかそっか」

「それと、あなたの魔力の多さは、あの女の人の血を飲んだから」

「ふーん」

 

 吸血鬼だけじゃなく、魔力の多さもそうなのか。


「あの女の人、見た事ある?」

「『私』が無いなら、無いんじゃない?」

「向こうの事だよ」

「無いね。どうして?」

「…」


 ん?なんで思案顔?もしや私、魂の中の知性の一部を置き忘れたわけじゃないよね?今、私が馬鹿になってるとかないよね。


「おかしい」

「何が?」


 さっきよりも緊張が解けて、無表情の中にも僅かな変化が見て取れるようになった。もしかして、『私』も私が緊張してたから緊張してたのかな?まだ、少しのリンクは残ってるのかな?


「何が。そう、何の力が働いてそうなった?どうしてあの人と私のリンクがある?」

「だーかーら!何の事言ってるのかさっぱり分からない!」

「私、幽霊になった」

「知ってるよ、そんなもん」

「だから、過去に行き来できる」

「何そのチート」

「それで、ニュースを見た後、おかしいと思って銀行強盗直前に戻ってみた」

「へー」


 ちょくちょく突っ込みながら話が進んで行く。


「私を含んで、十人が居た」

「ふぅん」

「ニュースで報告されていた死亡人数は…九人」

「…は?」


 十人、で、死亡人数は九人。

 目の前がぐらっと揺らぐような感覚に陥った。あの、私を守ってくれた、綺麗な、黒髪の、女の人は、死んでないの?


「それが、死んでる」

「え、何それ。どういう意味?」

「そっと女の人の脈を確認してみたら、やっぱり生きてない。戻って来てニュースを確認したら、九人。私にも分からない。もう一度戻って皆の脈を確認してみても、皆死んでる」

「うー、私に言われてもな。私だって知りたいし…」

「…」


 『私』はすごく悩んだ後、ふっとベッドに倒れ込んだ。はー、と深いため息を吐く。


「のんきだ」

「え?」

「向こう行って変わったのか」

「文句でもある?」


 『私』はゆっくり首を振って、またため息を吐いた。


「私、誰とも会話できない。誰とも目を合わせられない。いつか病気になりそうだ。死にたくっても死ねない、生き返りたくっても生き返れない。私、どうしよう」

「…」


 もしかして、『私』は私より辛いのか。どうしていいか分からないから、意味もなく女の人の調査なんてしてるのか。


「世界一周でもしようかな」

「いいじゃん!私、たまにこっち来るからさ、呼んでよ。それで、話そう」

「…そうだね。そうしようか」


 でも、『私』はハッとしたような顔になるとだめだ、と呟いた。


「ね、さっき透過だっけ、その魔法使ったでしょ」

「えー、ばれてるの」

「私はね、全部見えるから」


 『私』は切なそうに言うと、ニッコリと笑った。ドキッとする。何がって、その暗みがある憂鬱そうな笑顔と、決まった言葉しか紡がない口元が。今の私とは全然違う、重みがあった。

 

 この人の方が、ずっと、魔王に向いてる…。


 どこかで考えてしまうその思いに、考えちゃいけないと思いつつもその笑顔を見ていると考えてしまう。私のはずなのに私じゃない、私が死んで、多分もう五年は経ってる。その間静かに、眠りもせず、何かをしようと考えてたんだと思う。


「…透過って、普通戻れないじゃない?」


 現実に引き戻されて、慌てて頷く。


「今もね、戻れないんだ。ごめん。呼び出しちゃって。リンクが繋がったら戻れるから、大丈夫だと思うけど」

「そうなんだ。大丈夫だよ、ユアン…護衛騎士には、誤魔化しとくから」

「お願いだよ?」

「…ん」


 彼女の方が。私じゃない、彼女の方が、綺麗な気がする。活発な私より、重みがあって、綺麗で、陰のある、そしてそれがまた綺麗な、彼女の方が。


「私は、魔王になんてなれない」


 私の心を察したかのように、『私』は言った。


「私、ここに来てずっと思ってた。なんで私がここに残ったんだろう、って」

「ここ…?でも、ここに居たら、お父さんとお母さんと会える」

「うん、ずっと悲しんでるお父さんとお母さんが、こんな家、って言って引っ越すところもね」

「……え?」

「ここ、もう誰も居ないよ」

「――――」


 頭が、真っ白になった。

 誰も居ない?お父さんもお母さんも?この家を、手放したの?


「こんな家、あの子の面影しかないって言ったの。悲しかったんだろうな。ただ、辛かった。涙が出ないこの体で、泣いた」

「…わ、私、」

「うん、あなたも辛かった」

「全然、辛くなかった!」


 叫びながら立ち上がる。辛くなんて、無かった。すごく、楽しかった。責任感なんて感じなくてもいいのかもしれないけど、悪いと思ってしまう。私はどうしようもなかったけれど、何かできたら、と思ってしまう。


「何もできないのに何かできたら、って言うのは、ただの傲慢だよ」

「…っ」

「私、やっぱり日本中を隈なく旅する。もしかしたら、魔法使いとか居るかもね」

「そっか」

「だから、そっちはそっちで頑張ってね。勇者なんかに負けないで」

「負けるかも」

「負けないよ」


 『私』は強気に笑った。その笑いは私とすごく似ていて、私が大きくなったらこんな風に笑うんだろうなーと思ってしまった。

 

「あなたが、魔王なの。あなたしか、魔王じゃないの。一番強いのが、魔王だよ。だから、勇者に負けたらだめ。勇者に負けた魔王って、これまでどのくらいだったか知ってる?」

「知らん」

「勇者が22950人居て、魔王は今まで、294人」

「…?」

「だから、勇者が何人も退かれて、魔王は何百人も相手してからくたばったの」

「くたばったとか言わないでもらえる」

「魔王の方が何倍も強いの。そりゃ、当たり前だよね。でも、今回の勇者は危ないから気を付けて」

「危ないって、何が?」

「ヒミツ」

「はあー!?」


 私、「ヒミツ」なんて言う性格じゃないよね!ちょっと『私』!もうわたしだかたわしだか分からん!


「あっちでは大丈夫?」

「ん、さあね。まあ、ユアンなら大丈夫でしょ」

「すごく信頼してるね」

「うん」


 『私』が意外そうに言った。そういや、地球(こっち)では人を信頼した事なんてなかったっけ。


「あいつ、強いから。殺戮を繰り返すでもなく、ただ訓練して強くなったから」

「ふーん。私もしばらくそっちの様子見てるからさ。…あ、リンクが」

「リンク?」

「繋がったかも。うわ、急がないと」


 『私』は立ち上がると、アルバムを開いて手を置いた。何してんの、と思っていると、アルバムが白く光り出す。


「っあ、切れた。ごめん」

「切れた、とか、どういう意味?」

「地球上では、思い出や人の想いが詰まったアルバムにたくさん魔力が宿るの。だから、異世界への出入口もここが一般的なんだけど」

「異世界に行く事自体一般的じゃない」

「ごめん、一瞬繋がったのに、切れちゃった。タイミングが難しいな」

「…お父さんとお母さんは、アルバム、持っていかなかったんだ」

「持って行ったよ?これは霊体。アルバムは霊体の方がずっと魔力が宿りやすいから」

「へー」


 知らなかった情報に感心する。博識だな。私より知ってるんじゃないか?


「ちなみに言っておくと、私が向こうに行く事も可能だよ。行った瞬間実体化してしまうから行かないけど」

「え、実体化出来るの?良いじゃん、来たら?」

「魔王と同じ顔をした大人が居たら混乱するに決まってるでしょ。人族領に行ったら絶対砲撃間違いなし」

「そうだけど」


 そうだ、私と『私』って年齢が違うだけで顔、一緒なんだった。


「それに、戻って来れないから行くつもりないよ。戻ろうとしたら崩壊する。私が崩壊すれば、あなたも消えるよ」

「!?嘘!」

「本当。だから霊媒師のところに気安く行けないし」

「行かないで!お願い!」

「たまに来てくれるなら」


 もしかして:ツンデレ


 そんな画面が浮かび、すぐに振り払う。違うだろ、絶対。許さないよ。何を許さないのって言われても困るけど。


「別に構わないけど」

「ありがとう――あっ、繋がった!早く来て!」


 何が!?どこに!?

 そう思いながら、ベッドから下りてアルバムの方に駆け出す。ほんの数メートルだったけど、子供の体では走りにくかった。アルバムに向かってジャンプする。


「体が熱くなったら、来てよ!」

「分かっ…た…」


 アルバムに吸い込まれていく。次の瞬間、私はふわっとした感覚に包まれていた。ああ――戻ったんだなあ。


 私の短い、少しだけの家での時間は終わった。

閲覧ありがとうございます。

アルバムには色々と想いが詰まっているので、異世界への行き来には便利なんです。

補足です。魔力を流しても、普通なら地球に行きません。ですが、一瞬魔力が増えるのであまり望まれた喉の潤し方ではないですね。魔力が一瞬だけ増えると、体がバクハツするので。


次回は病院に行きます。

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