庭師編 拷問
僕は、良く分からない廃屋の中に居た。
手足は拘束されていて、薄い半袖の肌着一枚しか着せられていないから寒い。壁に張り付くように、僕の体は座っていた。
埃っぽくて、息がしにくい。雨のせいで音がうるさいし、暗い。一応蝋燭には火がつけられているけど、それでもすごく暗かった。辺りには甘い匂いが漂っていて、意識がふわふわしてる心地だった。
っ、この甘い匂いは花の蜜の匂い。嗅ぎ慣れた匂い。だから大丈夫。
必死に自分を奮い立たせようとする。
周りを見渡して、僕は暗闇の中で立つ影を見つけた。
意識がぼんやりしてたのに、二人の男性を見た途端にはっきりと目が覚めた。
大丈夫、きっと誰か、来てくれるから。怖くない。僕は生きて帰るんだから。
「ここは山奥にある。城下町からかなり離れた場所だ。いくら魔王だろうと、徒歩では二時間半はかかるな」
「その間、執行は終わるよ。安心してね、魔王のお気に入りがエルフだなんて情報、漏らさないから」
「俺らから逃げられると思って逃げたのなら、愚かと言うには非情だ。その勇気、褒め称えよう。そして俺に殺される事を誇りに思え」
「……」
だめだ声が出ない。嫌だとか、言いたいのに、声を出したら懇願してしまいそうな気しかしない。
視界が滲む。泣いちゃだめだ。こいつらを喜ばせるだけなんだから、泣いちゃだめだ。
それでも、ぽろっとしずくが落ちた。唇を噛んで目を閉じる。
嫌だ、嫌だよ。
せっかくあそこから逃げたのに。あの視線から逃げられたって思ったのに。ミルヴィアと、友達になれて、僕の庭を好きだって言ってくれる人が居るのに。
「死にたく、ないよ……」
「はっ、今さら何言ってんだよ。お前は神に呪われた子だ。神さえ忌む幼子なんだよ。生きている価値などない」
「ま、僕は神の存在なんて信じてないけどね。けど、君の存在は誰も幸せにしないって言うのは同感だな。魔王の友達が欠陥品なんて、魔王の評判を下げるだけだよ」
そうかな。そうかもしれないな。
ミルヴィアは優しいから、僕なんかとも話してくれるだけかもしれない。ミルヴィアは友達だと言ってくれたけど、本当は迷惑に思ってるかもしれない。
嫌、ミルヴィアがそう思ってたなんて考えたくもない。
だってミルヴィアは、嘘を吐かないもん。
僕を友達だと思って無かったら、あんな、あんな口調で話してくれないもん。
僕は二人を睨み付けた。
「……ムカつく」
バシッと、鞭が振られた。顔ギリギリのところの壁に、鞭が当たる。
拷問の内容は、聞いた事がある。体は極力傷付けない。最後の一週間で、徹底的に傷付けるから。
それまでは、恐怖心を煽るような事ばかりする。免疫が付いて来たと判断したら、その時点から体への攻撃を開始する。
その内容を思い返しただけで、胸が痛くなって息が出来なくなって、怖くて押し潰されそうになる。
早く、早く、来て……。
「仕方ないから、今回はある程度体を傷付け、魂を傷付けた後は速やかに死刑に移行する」
「本当は目を潰したり骨を折ったりしたい。けど、しょうがないよね。魂を傷付けるだけでも相当な苦痛だから、何回かに分けてやれば……」
魂を傷付ける?
なんだろう、それは。聞いた事がなくて、それが怖い。僕は縄から抜けようと手を動かすけど、手を動かす事すらままならない。ものすごく頑丈に縛られているらしい。
それを見て、二人がクスクスと笑った。
「無駄。抜けれたとしても、魔法も使えず、武器もないお前にはどうしようもないだろ?」
「いっつも、魔王に助けられてたみたいだからねえ」
僕、だって、魔力が補充されれば魔法が使えるんだ。なのに、生まれた時から使えないなんて。
おかしいよ。僕が、何をしたの。前世で何かしたって言うなら、別の方法で償うから。
神様、神様が居るのなら、どうして僕が、こんな目に遭わなきゃいけないんですか。許して、下さい。
「嫌だ、死にたくない」
「はははっ、無様だなあ!それしか言えないのか?魔王の友達がそうじゃ、魔王も守るのは大変だろうな」
「兄さん、魔王はきっと、こんな子見捨てるよ。大方、ピンチになったとき敵陣に送り込むんだろう。人質だ。応じないためのね」
違う。ミルヴィアはそんな子じゃない。
「ミルヴィアはそんな事しない!」
大声で叫んだ。二人が少し驚いて、すぐに鞭が僕の足元に振られた。足先に少し掠って痛い。
「五月蠅いよ?黙ろうね」
弟の方が、僕の髪の毛を掴んできた。そして、鋏を当てて――切る。
ジャキッと音がして、髪の毛が床に落ちた。髪の毛が。ミルヴィアが、綺麗だねって言ってくれたのに。白くなっても綺麗だね、って。
悔しくて、悲しくて、唇を噛みながら弟の方を睨み付けた。
弟の方は手に付いた髪の毛をさっと払った。その後、手を叩く。触れるのが嫌だと言うように。
止めてよ。僕、緑がかったその髪が、少し気に入ってるのに。
「穢らわしい……どうしてこの役目、僕なんだろうね。体には触れたくないのに」
「しょうがないだろ、俺だとやりすぎちまうんだから」
「手加減してあげなよ。兄さんは鞭だけ振ってればいいんだから、楽だし」
「確かに。最後の止めを刺す時は爽快だぜ?」
ミルヴィア。
来てよ。来て、くれないの?
まだ数分しか経っていないのに、二人の余裕だというような態度を見てると、怖くなってくる。
そこまで、見つかりにくいの?ミルヴィアなら、見つけてくれるよね?
町の事はたくさん知ってるもんね?大丈夫だよね?地理も詳しいよね?
「さあて」
「執行を始めます」
そういって、二人は、鞭を振り下ろした。
閲覧ありがとうございます。
クロアズ兄弟は里では少し有名です。名前だけで、姿を見た人はあまりいないみたいですが。
次回、ミルヴィアがエリアスのところへ。