133 雨が降る
「うわあ、すごい雨」
三百四号室で窓の外を見ながら、呟く。
雨は嫌いなんだけどなー。全部の訓練が止めになっちゃうから、退屈してしょうがないや。
三百四号室に居るメンバーは、私、ユアン、アルト、レーヴィ。ユアンは私の後ろに立っていて、アルトは私の隣で絵本を読んでる。レーヴィは足を組みながら古書を読んでる。どこから取り出したのか眼鏡をかけてるから、文学少女っぽい。
お兄様からもらった回路の本を読んでたんだけど、難しいな。やっぱり、魔導具の事を専門的に勉強しなきゃだめか。
軽く読むだけでも分かる事はあるけど、二、三個回路が組み合わさっちゃうともうだめ。
わけわかんなくなる。
接続部分とか、どうなってんだって感じだし。
「儂は雨は好きじゃよ。森に恵みを齎してくれるからの。何度、喉が渇き天を仰いでいる時に救われた事か」
「……ぼくは、きらい。濡れるから」
「私は好きですね、あの方のところへ行かずに済むので」
あの方って、アイルズかな?ほんっと仲悪いよね~。
アイルズからもらった本は、実際にやってみないと分からない。けど、間違えたら爆発する恐れがあるので出来ないでいる。
それに、まだ実践には早いって言われてるしね。
私は六歳になって、魔力の可視化に力を入れたいと思ってる。
だから今度、レーヴィにコツを教えてもらおうと思ってるところ。レーヴィにとって完全に見えてはいないにしても、コツくらいは分かるかなって。
「この分じゃ、庭は大変じゃのう」
「でも花壇はバリアが張れるんだってよ?コナー君が言ってた」
「それでも、地面は濡れるわけじゃからあんまし関係ないじゃろ。足場が悪くなれば、木の手入れも大変じゃろうしのう」
「あ、確かに。コナー君大丈夫かなあ」
「……多分、部屋で、休んでるんじゃないかな。お姉ちゃん、これ、なんて読むの?」
「ん?ああ、『もたらしつくす』だな」
「ありがとう」
アルトは頭いいなー。一回教えた事は絶対に憶えるもんね。さすが私の……私に……私……が、見込んだ子だよ!
私はアイルズに貰った本を開いて、一つの魔法に目を止める。
水蒸気を消滅させる魔法。これがあれば雨は止むんだって。絶対やっちゃいけないけどね。
これは主に、湿気を取り除くために使われる。魔力をぶつけて無くすっていう手法なんだけど、詳しく言うと見えないくらいの蒸気になっただけ。
使えるのに変わりないけどね。
あ、そういえば。
「ユアン、ビサの訓練の話なんだけどね」
「ああ、はい。どうしました?」
「最近、ビサ、強くなってきてるでしょ?この前、ユアンの服斬ったし」
「何度か斬られていますね。ミルヴィア様と、剣では同格でしょう」
「うん。でね、私、次からは魔法で対抗しようと思うんだ」
「どういう事ですか?」
ユアンが訝しげに顔をしかめる。
剣を持ってる相手に魔法なんてズルいって思うかもしれないけど、魔法を捌く事によって瞬発力が身に付くだろうし、何より戦場で相手が剣士とは限らない。魔法使いだった場合の対処も、やっておきたいからね。
話によると、伍長のうち二人は魔法使いだって話だしね。
「ですが、そうすると……」
「私と剣で戦いたいって言うビサの願いはちょっと、だめになっちゃうんだけど」
「私は剣の方が良いかと思います」
「んん、じゃあ、実戦は剣で、修正とかは魔法っていうのはどうかな?」
「魔法の訓練をしたいのですね」
「……」
だって、私、剣より魔法が好きなんだもん。それにこのままだと、確実にビサに追い抜かれるし。
師匠の位置じゃなくてもいいんだけど。上に立ちたいわけじゃなくて、もっとビサを伸ばしたい。それに。
「私に勝ちそうになると一瞬、怯むのがイラつく……」
「ああ、確かにそうかもしれませんね」
遠慮してるわけじゃなくて、いいのか、師匠はもしかしたら手加減しているのかもしれないって思っちゃうんだよね。
それで私が勝った後、「さすが師匠」って笑うんだ。
こっちが手加減されて、気分悪い。
「わざとではないのですから、見逃してあげましょう」
「そうじゃない。格上に勝てないのが、問題なんだよ。私を倒せなきゃ、だめじゃん。師匠は倒せない相手じゃなくて、見習う相手なのに」
倒せていいのに。つーか倒してほしいんだけど。
それでその後、魔法を以て戦ってみたいっていうのが私の本音なんだよね。両方、自分の土俵じゃないっていうのを経験したい。
私が。
「……師匠?お姉ちゃんが、師匠なの?」
「ああ。弟子が居るんだ」
「……きっと、すごい人なんだろうね」
あ、今ビサのハードル上がった。
確実にそれを感じ取った。やば、子供の夢を壊したくない。夢なのか分からないけど。
「弟子は強いぞ、森一番を倒したのじゃから!儂よりすごかったんじゃぞ、森一番の魔獣は!」
「へえ……そうなんだ」
あ、また上がった。レーヴィが上げた。
い、いかん、もっと激しくビサを鍛えねば!
コンコン
ん、誰だろう。まだ夕飯じゃないし、エレナさんじゃないね。
訝しく思いながら、返事をする。
「はい。……あ、お兄様」
「ミルヴィア、コナーを知らない?」
瞬間、私の目が鋭くなり、辺りの温度が下がる。ユアンが警戒して、レーヴィが本を閉じ、アルトが私の手を握る。
コナー君。
「居ないんですか?」
「見当たらないんだよ。庭にも居ないし、自室にも居ないし……書類の確認に呼んだんだけど、エレナも知らないって言うんだ」
「小僧、それは本当であろうな?嘘であれば、儂が許さぬ。庭師は……儂の気に入りじゃ」
「嘘ではありません、夢魔様」
いつもレーヴィを前にすれば少し遠慮がちになるお兄様が、そんな余裕もない。
コナー君。
エルフ。『隔離者』。エルフのところから逃げ出してきた。逃亡者。
もし、雨で警戒が薄くなっていたとしたら。雨の中出歩く危険性は、知ってるはずなのに。
私、魔王のお気に入りの庭師。
どうやらその子は、魔法を使わないらしい――
「レーヴィ……気配、ない?」
「……く、確かに、確認は出来ん。じゃが儂の力の及ばぬところに居るのかもしれんし――神楽!?」
「ミルヴィア様、お待ちを!」
「ミルヴィア、何やってるんだ!三階だぞ!」
私は一瞬で窓まで駆け寄ると、窓を開けた。風に乗って雨が流れ込んでくる。
けど、知った事か。私は窓枠の上に立った。ユアンが私の手を掴んで、引き戻そうとする。
邪魔しないでよ。
「ミルヴィア様、雨の中での飛行は危険です。濡れますし、それに眼下が確認出来なければ見つけられないでしょう。私も手伝います故、どうか――」
「ねえ」
力強く引っ張ってくるユアンの手を、振り払った。ユアンの顔が一瞬、苦痛に歪む。
「ねえ、ユアン、お兄様の話聞いてなかったみたいだから、言うね」
私より低い位置にあるユアンの目を見下ろしながら、言う。
「コナー君が、屋敷から、いなくなったんだよ」
次の瞬間、私の体は宙に浮いていた。全員が窓に駆け寄る。
私は強く打つ雨の中、飛んで行った。
雨なんて、羽で弾き飛ばしながら。
閲覧ありがとうございます。
雨の中歩くのってすごく寒いですよね。
次回、コナー君編です。