庭師編 僕
今日はなんだか雨が降りそうだなあ。
朝三時半に起きて、カーテンを開けてそう思う。
カーティス様の元で働くようになってから、毎朝この時間に起きて天気を見る。花達が騒いでる頃だと思う。今日はどんな雨かな、って。
けど、あんまり雨に打たれると枯れちゃうから気を付けないといけないんだ。
いつもの服に着替えると、急いで朝食を食べる。庭に行く途中、ミルヴィアの部屋の前を通った。中から話し声が聞こえたので、もう起きてるらしい。早起きだなあ。
庭に出て、花に触れる。アールンというここらへん固有の花で、そだてるのが難しいから一般家庭ではあんまり育てられてないんだ。花を咲かせる瞬間に撒き散らす甘い香りは、嗅いだ人を幸せにするって言う祝福の効果がある。
花では珍しいタイプなんだ。
実は、ミルヴィアへの花束にも加えてあったんだ。あの後、宮廷から帰って来たミルヴィアが「赤い花が一番好きだな」って言ってたのが嬉しかった。
喜んでくれたなら、僕も頑張らなきゃって思う。
ええっと、大雨になるのかなあ。カーティス様に言って、バリアを張る許可を貰っておいた方がいいかな?
どうだろう、微妙。雨が降りそうだけど、少しの気もするしザーッと降る気もする。
僕、天気の事に関してはさっぱりだからなあ。
空を睨んでると、門がカシャ、と軽い音を立てた。反射的に振り向く。
「ビサさん!」
「ああ、庭師の」
ビサさんが来て、ちょっと驚く。いつもここを通っているっていうのは知ってたけど、会うのはたまにだったから。
「早起きですな」
「はい、今日は天気が怪しかったので早目に出てきました」
僕が困って笑うと、ビサさんはふと上を見上げて目を細める。
え……っと?
それが数秒続いて、ビサさんが笑顔を僕に向けた。鎧のような服も相まって、僕が憧れる兵士そのものだった。
かっこいいなあ。ミルヴィアがビサさんの事を好きなのも分かるよ。
「今日は昼ごろから大雨になる。四日は続くだろう」
「あ、ありがとうございます」
やっぱりビサさんの固有魔法はすごい。『隔離者』の僕なんかより、ずっとすごい。
だって劣っているから追い出された僕とは違って、ビサさんは優秀なあまり危険視された人だもの。僕よりかっこいいのは、当たり前。
それを前にビサさんに言ったら、魔王様であるミルヴィアの友達が一番すごいって言ってもらったんだ。それに、この庭も、素敵だなって。
僕にとって、庭を褒められることが一番嬉しい。
「ではな」
「はい、ありがとうございました」
カーティス様に許可を取った後は、雨が降ったらすぐにバリアを張って。カーティス様はタフィツトに居るかな。
僕は取りあえず庭に水を撒いてから、タフィツトに向かった。
途中、何人か僕を見て驚いたように目を見開いていた。僕みたいな子供がここで働くのは異例だから。
この視線は、ちょっとだけ怖い。僕が庭師として働いているから驚かれてるんだって分かっても、『隔離者』だって話した時の視線と似てるから。
カーティス様の執務室に着くと、ノックする。
「はい」
「僕です。コナーです」
「ああ、どうぞ」
「失礼します」
声をかけて中に入る。カーティス様は書類越しにこちらを見ていた。その書類の量は、前よりもずっと少なく見える。
……ミルヴィアが公爵様に言ったんだよね。
すごいなあ、公爵様に直訴できるだなんて。魔王様だから当然なのかもしれないけど、やろうとおもえるのがすごい。
僕の周りって、すごいなあって思える人がたくさん居る。
「どうしたの?」
「今日は曇りで、昼から大雨が降るそうなので、バリアの許可をもらいに来ました」
「ああ。ビサに会ったのかな?」
カーティス様は僕が緊張して色々すっ飛ばしちゃっても察してくれるから助かる。
この執務室、随分すっきりした。あれ全部が仕事だったって思うと、ゾッとする。
「分かった。いいよ。書類は僕が書いておくから」
「あ、すみません」
「ううん」
僕は書類の事とか、よく分からないから。
う、勉強しなきゃ。勉強は、好きじゃないけど。ミルヴィアだって頑張ってるんだから、僕も頑張らないと……でも勉強は嫌だ。
嫌い。
「最近、仕事はどう?上手くいってるかな?」
「はい、順調、です。添え木もあるので、それにラッドミストもなんだか少なくなってきましたし……なんででしょうか」
「さあ……どうしてだろうね。あとでミルヴィアに心当たりがないか聞いてみる」
「はい」
ミルヴィアなら、何か知ってるかもしれないしね。
僕はカーティス様と少しだけ話すと、執務室を出た。そういえば、最近こっちの庭の手入れしてなかったな。明日、やっておこう。こっち側は誰も庭を見ないけど、放っておいたらいろんな花が枯れちゃう。
それは嫌だから、ちゃんとやろ。
しばらく庭で動いていたら、雨が降ってきた。『管理室』に行って、バリアを展開する。ここは、空調も調節できるところで、レバーばっかりある。触ったら大変な事になる物もあるので、僕は花壇用バリアのレバーも滅多に触ろうとは思えない。
この青と緑を見間違えただけで怖いからね……。
僕も詳しく知ってるわけじゃないんだけど、屋敷に水が流れてきちゃうレバーもあるらしい。水道管がうんちゃらかんちゃらって言ってた。
僕は全部のバリアを展開すると、外に出て屋根のある部分を回って全部のバリアが展開されているかどうかを見回りする。
うん、大丈夫そう……あれ?
僕は首を傾げて、小走りで花壇に近寄った。濡れちゃったけど、どうせ今日は洗濯するから問題ない。
やっぱり、ここだけバリアが張られてない。どうして?どこかの感知器が壊れちゃったのかな……。
「こんなところに」
「まさか公爵のところに紛れているとは」
背中から聞こえた冷たい声。雨とは違う雫が背中に流れた。
嫌、嫌だ。
どうして、ここに。
けど振り向かなきゃいけない。このまま逃げるなんて、無理だ。だから、振り返った。
そこに居たのは鮮明な緑色の髪をした男の人が二人。耳が長くて、おそろいの木で出来たネックレスを付けている。びしょ濡れだけど、こちらを見下す視線が冷たかった。
なんで。
「っ、クロ……」
「クロアズ兄弟。聞いた事くらいはあるだろう。『隔離者』や裏切り者の執行を務めている。以後、お見知りおきを……俺のこの台詞を聞いて、生き残った奴等居ないが」
「兄さん、この子は魔王のお気に入りらしいけど?」
「知るか。我が部族に『隔離者』など要らない。神に呪われし忌み子。こんなところまで逃げて、まだ逃げている最中だというのに隠れてすらいない。愚かしい」
「そうだね。どうして堂々としているの?舞踏会なんかに出たら、僕らにだって伝わるさ。僕らの情報網が、そんなにがばがばだと思ってたの?」
この人達の言っている事が、よく、分からない。
――カーティス様に、言わなきゃ。領地侵入、だから。ちゃんと、捕まえてもらえる。
大丈夫。カーティス様が、取り逃すはずがないから。けど、足が、動かないよ。嫌だ。痛いのは、それにその視線は、嫌だ。
嫌だ、よ。
「はあ?こいつ、聞いてないのか?」
「しょうがないよ。怖いんだから。魔王のお気に入りだろうと、所詮その程度だって。期待した僕が馬鹿だったな」
クロアズ姉弟の弟の方が、濡れた髪を掻き上げる。優美な仕草だけど、そんなの気にならなかった。
そうだ、叫んだら、きっと、だれか来てくれる。
ユアンさんでもいい。きっと助けてくれる。エリアスさんでもいい。きっと捕まえてくれる。ミルヴィア――
「ミルヴィア……ッ!」
「は?」
「魔王の名前だね。蹲っちゃって、本当に怖いんだ」
「はん。この大雨ん中、来るわきゃないだろ。会話ができるのだって、この耳のお陰だぜ?まあ、お前には長い耳なんて必要ないだろ?」
エルフじゃないんだから。
聞こえたその言葉に、僕は、精一杯二人を睨み付けた。
とたん、僕の意識が、途絶えた。
閲覧ありがとうございます。
三章突入となります。
次回、ミルヴィアが雑談します。