129 助けを求む
あの後、お父様に命令されて倒れたお兄様を風魔法でベッドまで運んだ。お兄様に安眠の真読魔法をかけ続けた。お父様から積木のある場所を聞いて、男の子にはそれで遊ばせておいて。
レーヴィはすごく心配そうだったけど、部屋に居てもらった。ユアンは、珍しく私のところに来ない。
それだけで、ちょっとだけ不安。
どこに居るんだろう。三百四号室にも居なかったし、普通に考えれば自室だろうけど絶対行けない。
滅茶苦茶怒られる。
というわけで、永遠と節約してた魔力を使って真読魔法を朝までかけ続け、男の子は結局眠らず。
朝。
「もう朝か」
「……ちがうお兄ちゃんのところ行くの?」
「ああ。さっきのお姉ちゃんと待っててくれ」
「嫌だよ。お姉ちゃんと行くよ」
「ん~、いや、今から会うお兄ちゃんは怖い人だからな、会わない方が良い」
「こわいの?」
「すっごく怖い。笑わないしいつだって興味のなさそうな顔だ」
なんか本人のいないところで色々言ってるけど、ごめん。
男の子は、エリアスなら見えちゃう気がするんだよなー。霊魂族だからって言う理屈か、もしくはエリアスだからっていう一番説得力のある理由か。
男の子はぼやっとした目でこちらを見て、私の手を握った。
「ぼく、怖くないよ」
「んん」
確かに、この子は感情なさそうだしね。
ラアナフォーリってもっと普通っぽいイメージだったんだけど、明らかに異質だわ。
私は男の子の頭を撫でた。
しょうがないなあ、連れて行くか。いくらレーヴィでも、扱いきれるとは思えないし、何かあった時困るしね。
そういうわけで、早朝、聖ランディッド病院に向かっていた。……呪い矯正学校をなるべく避けて通りながら。
男の子はそれでも、ちらちら学校を見てたけど。
えーと、エリアス居るかな。どうだろう、ちょっと自信ないや。エリアスだったら余裕持って来てるだろうけど、かなり早い時間だし。
男の子がゆっくり歩くのでそれに合わせつつ、病院に着いた。ドデカイ門は閉まっている。
っちゃー、やっぱり早かったかあ。待つしかないかなー。立ったままになるけど、この子は平気かな?
「ミルヴィア?」
「おっ!」
救いの声が!
エリアスは門越しにこっちに気付いて私を見て……ないね。男の子ガン見してるよ。
それから目を細めて私の方を見た。あ、これやばい感じ?
エリアスは門を開けてこちらに来た。
「お前、なんでラアナフォーリなんて連れてるんだ?」
「さすがエリアス、気付くねえ」
「茶化すな。答えろ。どうしてだ?」
「森の中で餓えてたのを拾ったんだよ。大丈夫、躾はちゃんと出来てるから」
「……お前の周りには野獣が多すぎだ。どうやって束ねてるんだよ」
「どうやってだろ?私の人徳?」
ドヤァ、と見ると、カルテでぶっ叩かれた。痛い。
「……お兄ちゃん、お姉ちゃんを叩いちゃだめだよ。ぼく、怒るよ」
「……」
エリアスはじっと男の子を見た後、門の中に引き返していった。
それでも門は開けっ放しにしてる辺り、優しいねえ。
遠慮なく門の中に入って行く。男の子も、私に寄り添ったまま入った。うん、中は変わってないね。外も変わってないけど。
「何の用だ。ラアナフォーリに関してだったら引き取れ。今日は仕事が忙しいんだ」
「だろーねー。カルテ分厚い」
だからこそめちゃ痛かったんだけど。
おふざけはここまでにして、私はエリアスに対して大銀貨一枚を差し出した。エリアスの目が見開かれる。
「お兄様を助けて。足りるでしょ?」
「……どこから盗ってきた?」
「盗って来たわけじゃないよ。レーヴィに借りたの」
レーヴィ、何気にお金持ち。と言ってもこれが全財産らしいけど、お金を必要としない夢魔としてはすごいでしょ。っていうかあんな幼女がこんな大金持ち歩いてたら、即刻襲われるわ。
今までどうやって生きて来たんだ……って、実力か。
すごいな。
「カーティスを助けろってどういう事だ?」
「ずっと寝ないで仕事してた。私がお父様に抗議したから今は寝れてるけど、魔力停滞こそないけど、体調に問題があったら嫌だ。家に来て」
「……魔力停滞が無いなら、心配はいらないだろう。今日は本当に忙しいんだ。いくら金を積まれても、順番は順番だ」
そうだよね。
私は大銀貨を机に置くと、じゃあ、と声を出した。
「お薬だけちょうだい。……エリアスが来てくれれば一番だけど、しょうがない。体調を良くするようなやつなら、あるでしょ?」
「小銀貨六枚だ」
「足りるね」
借りてきてよかった。お金のやり取りはしっかりする。なるべく早めに返そう。
「外に診察を待ってる人が居る」
「一時間でも二時間でも、丸一日でも待つ」
エリアスは目を細めて、棚から小瓶を取り出した。私の手の平くらいの、本っ当に小さな小瓶。つまり五歳児の手の平ほどしかない。
「一滴で十分だ。水に溶かして飲ませるように。一日一滴、二週間分はあるが、隔日で飲ませればいい」
「了解。……ごめんね」
「カーティスは親には逆らえない。俺も余所の家の事に口出し出来ない。お前が言ってやれ。俺もスカッとする」
エリアスは最後に小さく笑って、私を追い出した。
門を出ると、男の子の手を引いて歩き出す。
よし、あとは帰るだけだね。
歩いてる間、手の中で小瓶を弄んでいた。中の液体、透明だけどトロトロしてる。シロップみたいだな。お店でコーヒー頼むと付いて来るやつ。コーヒー頼んだ事無いから使った事無いけど。
家に帰ると、ユアンが門の前に立っていた。
怒られるっ……ん?
あれ、勝手に外出したのに怒ってる気配がない。なんで?
「お薬、貰えましたか?」
「うん。怒ってないんだ」
「ええ、怒っていません。癪ですが、ラアナフォーリが居れば大丈夫でしょうしね」
「ふーん?強いんだ」
「呪えば弱体化出来ます。どんな強敵でも、平伏すでしょうよ」
「ユアンみたいに?」
「私は平伏せた事などありません。あなたの前だけですよ」
平伏せた事ないって、すごいな。要は負けた事がないって事でしょ?
私でさえめちゃ負けるのに。ユアンに勝った事さえないのに……ぐっ、悔しくなってきた。
今度リベンジしてやる。
「お兄様は、寝てる?」
「一度目を覚ましました。ミルヴィア様はと聞かれたのですが、職務放棄していると思われたくなかったので寝ていると言っておきましたよ」
「職務放棄って自覚はあるんだ」
私は深く頷き、屋敷の中に入って行った。
男の子は待っててくれないかなーと思ったんだけど、だめでした。付いて来るそうです。
いつまでも男の子じゃだめだし、ちゃんと名前決めないとなあ。
閲覧ありがとうございます。
エリアスは常時何かしらの薬を棚に入れてあります。病院に来られない種族も多いので(身長・体重の問題で)、薬で何とかなる場合薬を処方して終わります。
次回、お兄様の看病と男の子の名前。