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128 冷たい怒り

 男の子を部屋に置いて行った後、私は静かに歩きつつ上の階を目指していた。

 傍から見たら殺人鬼に見えそう。手には氷塊を握っているし。感情的に、作っちゃった氷塊。消すのももったいないから持ってるんだけど、消した方が良い気がしてきた。

 消さないけど。


 カツン


 最上階にたどり着き、そっと一つしかない大きな扉に手を掛ける。

 さてと。

 私はそうっと手に魔力を込め、力を入れずに私の二倍はあろうかという扉を開けた。キイ、と音がし、続いてバタンと大きな音がした。

 中に在る何人も寝転がれそうなベッドから、二人、大人が飛び起きる。


「だ、誰だ!なんだ、こんな夜中にっ!家事か!」

「あなた、あなた!」


 ……くだらない。

 お兄様に仕事させといて、二人でぐーすか寝てるの?なにそれ。あなたがやる仕事は、それじゃないでしょ?

 何年、お兄様に仕事をさせて爵位を維持してきたの?何年?何十年?

 もしかして、お兄様が仕事してきてから、百年間?


 氷塊が溶けて滑る。その度に新しく凍らせて、その度に氷塊は鋭くなっていく。

 使うつもりはないんだけどね。


「私だ」

「ミルヴィアちゃん!?どうしたの、何かあったの?」


 ねっとりとした猫なで声。

 それが私の神経を刺激する。

 あんたも、旦那に言ってやれよ。仕事しろって、ちゃんと言ってよ。自分の息子が疲れてて、辛そうにしてるのに、無視?

 そんな、そんなので、魔族は平和だって言えるの?言い切れるの?


「お兄様は仕事しているのに、あなた方は何をしてるんだ?」

「何って、寝てたんだ!ドアを閉めろ、早く!」

「……」


 寝起きだから不機嫌なのかな?

 お兄様は不機嫌になる暇さえないって言うのに、何してんの?


「ミルヴィアちゃん?子供が親の指示を聞くのは、当たり前でしょう?ね、いいから寝かせて頂戴」


 何、それ。

 なんなの、あなた達。当たり前?

 あれ(・・)が、当たり前なの?何日も寝てなくて、ご飯も少ししか食べなくて、休憩も全然とらない。


「至急あなたが仕事をして、お兄様を休ませて」

「いいから出て行け!」

「早く、お兄様が、休める、環境を、作れと、言っている」


 部屋の温度が氷点下にまで下がった。さすがの二人も、震えあがってこちらを見る。

 どうしよう。武力行使、するか。

 けど、魔王と言う立場上それは出来ない。くっそ、今はそんな事言ってる場合じゃないでしょ!?

 お兄様が倒れそうなんだよ、お兄様が疲れ切ってるんだよ!?


「お姉ちゃんを泣かせてるの、おじさん?」

「ッ!?」


 後ろを振り返ると、男の子がぼやっとした闇の中に立っていた。ベッドに居る二人は当然のように気が付いてない。

 ちょ、どうやって来たの?確かに送ってきたはずなのに……。


「お姉ちゃんを虐めてるの、おじさんだよね?」

「違う」

「な、何が、ちが、ち、違うんだ」


 っ、言い返せない。

 男の子はつかつかと前に進んで行って、あっという間にお父様の目の前にまで迫っていた。

 な、何するの?呪わないよね、さすがに。


「おじさん、おじさん。……聞こえない、の?」

「こっちおいで!」


 ものすごく小さな声で言うけど、当然返事はない。

 ど、どうしよう。ハッキリ言ってさっきの怒りどっかに消えちゃったんだけど。


「聞こえないんだ。見えないんだ」


 男の子はベッドの上に乗って、身を乗り出すようにして小さな腕をお父様の額に当てた。細い指先から黒い靄を出す。

 私は駆けだそうとしたけど、周りに蠢く黒い靄のせいで進めない。お父様の眼が一瞬曇ったかと思ったら、目の前に居る小さな男の子を見てビクッと震えた。


「あ、見えた」

「お、おま、おまえ、誰だ」

「ぼく、そこのお姉ちゃんがだいすきなんだ。だからね、虐めるようなおじさんは、怒らなきゃいけないんだよ」

「やめっ!」

「やめろ!君は、そんな事しちゃだめだ!」


 男の子はゆっくりとこちらを振り返った。黒い目は生気に満ちていて、ちょっと驚く。

 私は男の子に対して、両手を開いた。

 すっごく嬉しいんだけどね、その気持ちは。けど、これは私がやりたいんだ。


「おいで」

「……」


 男の子はてとてと歩いて来て、私にぎゅっと抱き着く。同じくらいの背なんだけどね~。カッコ付かないよ。

 私は男の子と手を繋いで、お父様の方を見た。ガクガク震えて、お母様に支えられてようやく座れている。何の呪いを軽くかけたんだろう。


「ちょっとだけ、怖くなっちゃう呪いだよ。お姉ちゃん、嫌なの?」

「いや。あとでお話ししよう。今はあいつを私が怒る」

「わかった」


 男の子は頷いて、私の横に並ぶ。可愛い。

 私はお父様の方を真っ直ぐに見た。


「私は父上よりもお兄様の方がずっと好きだ」

「あ、あ、ああ」

「私は誰よりもお兄様を尊敬している」

「分かってる、分かってるから」

「分かっているなら、仕事をしろ。お兄様に負担をかけるな。お前が楽をするなんて、私が許さない。なんならこのまま、男の子がお前を蝕むのを止めなくても構わない」


 いや、構うんだけど。

 脅しだからね、脅し。

 私はお父様を、私のほうが背は低いけど、見下すように言い切る。


「だったら今すぐお兄様のところへ行って休めと言え!命令だと言い切れ!これ以上、お兄様を苦しませるな!」

「ッ!!!」

 

 お父様は飛び上がると、扉から外に出て行った。

 タフィツトに行ったのかな?……だったらいいけど。


「お姉ちゃん、すごいね」

「ありがとう、味方をしてくれて嬉しい。私は朝になったら、エリアスを呼びに行かなきゃいけない。私の部屋に居てくれるかな?」

「……それまで、一緒に居てもいい?」

「ああ、良いぞ。お話もしような。けど、寝なくていいのか?」

「うん。ぼくは、魔力の停滞は食事でなんとかなるから」

「分かった。じゃあ、寝たかったら寝るんだぞ」


 はあー、疲れた。

 っていうか、本当に今回は焦った。

 私らしくもない。いや、私らしいのかな?お兄様の事でここまで焦ったりするのは、私らしいけど。でも、強硬手段に出るのは私らしくないかなあ。


 えーっと、これから一度寝てるお兄様に安眠の真読魔法をかけて、ずっと寝ていられるように付き添って、朝になったらエリアスを呼びに行って。

 その間、この子は側に置いておこう。何仕出かすか分かんないし。

 なんだろう、物凄い子を拾ってきちゃったなあ。


 やばいなあ。

 お兄様に比べたら全然だし、やりきるつもりではあるんだけどさあ。


 今夜絶対寝れない。

閲覧ありがとうございます。

男の子はしばらく食べられなくて餓えてたところをすごく美味しいものを食べさせてもらえたので、ミルヴィアにべったりです。

次回、エリアスを呼びに行きます(男の子と)

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