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127 怒ってるよ

 夜、私の隣の部屋に男の子を連れて行った後、私はタフィツトに向かっていた。何かあったらレーヴィに言うよう言ってある。

 まあ、レーヴィなら大丈夫でしょ。大人だし、子供の扱いにも長けてそうだしね。

 にしても、うちに来いなんて言ったけど、お兄様の許可取ってないんだよなあ。レーヴィも半ば強引に居座ってる。これ以上人が増えたら、お兄様の胃に穴が開くんじゃないかな。

 タフィツトの道中、メイドさんとかに全く会わなかった。多分お兄様が来ないように言ってるんだと思う。

 

 そんなときに私が行っても平気かなあ。寝てるかな。っていうか寝てるなら一番安心できるんだけど。

 また無茶して魔力停滞させてなきゃいいけど……あの腕輪頼みになってたら一番困るなー。取り上げた方が良い気がする。

 お疲れだと思うし、早めに切り上げよう。


 コンコン


「はい」


 いつもの部屋をノックすると、中から沈んだ声が聞こえてきた。え、そんなに疲れてるの?

 私はそうっと扉を開けて中を伺う。お兄様が書類と睨めっこして、こっちを見ない。見て下さいよー。あなたの妹ですよー。


「誰?あんまり重要な用事じゃないなら、あとにしてくれないかな」

「あ、じゃあ、あとでまた来ます」

「っ!」


 お兄様が顔を上げた。久しぶりに見たお兄様の顔は、目の下に隈が出来て、髪の毛がクルクルしてて、廊下から入って来た明かりに目を細めていた。

 ……寝てないどころじゃ、ないじゃん。


 私は唇を噛んで、中に入った。扉を閉めると、中は真っ暗で、『視界良好』をオンにする。その後、まだ呆気にとられてるお兄様の手を取った。腕輪は、してる。けど、魔力の循環が早すぎて壊れそうだ。

 これは、こんなに酷使する物じゃない。ご老人でも、ここまでは使わない。

 

 なんで!寝てって、あれほど言ったのに!


「お兄様」

「……ごめん」

「ごめんじゃ、ありません。今すぐ寝て下さい」

「いや、仕事があるから。あと一時間やったら、寝るよ。ミルヴィアはもう寝なさい」


 怒る気にすらならないって、どういう状況?

 やばいな。私、どうすりゃいいんだ?疲労軽減をしても、お兄様はまた無理するだけだし、かと言って無理やり寝かせても、起きてすぐ仕事をするだけだ。


「お兄様……寝て下さい。このままじゃ病気でぶっ倒れますよ」

「はは、大丈夫だよ。こう見えても体は丈夫だからね」

「……お食事は?」

「朝、パンを食べているよ」

「っ、休憩は」

「そんな暇がないからなあ」

「寝て、ないんですよね?」


 お兄様が苦笑したのが分かる。

 いや、私が人の事言えた義理じゃあないんだけどさあ。

 これ、全部公爵の仕事だよ?本当ならお父様がやって、その補佐をお兄様がやる仕事。つまり本来は補佐が付かなければとても出来ないような仕事量。

 詳しくは知らないけど、極秘の事や今の魔王の代わりにやっている事だってたくさんある。


 だって私は魔王の仕事は出来ないから、貴族の人達がやってくれてる。それに関して、私はすごく感謝してるし、魔王になったら恩返しも少しずつやるつもり。

 けど、これは、違うじゃん。

 無理してまでやって欲しいなんて思わないよ。増して、お兄様だよ。無茶する人だって事は知ってるけど、私が手伝えない、何も出来ないところでこんなに疲労困憊のお兄様を見るのは辛い。


「……今すぐベッド行きましょう。寝て下さい。仕事はお父様に任せて」

「だめだよ。これは僕の仕事だから」

「ッ!」


 ダンッ!

 

 私は地団駄を踏んで、お兄様を睨み付ける。お兄様は一瞬驚いた後、笑った。すごい疲れた顔で。

 あーっ!もう!


「お兄様が寝ないなら、お父様は、今、寝てるんですね?」

「うん。一番上の階で寝てると思うよ」

「……お兄様が今寝ないと言うのなら、いえ、お兄様がまだこれからもこの量の仕事を一人で続けると言うのなら」


 私は扉の方を振り返る。最上階……どれくらいで着くかなあ?

 ねえ、どれくらいだと思う?狼男のお兄様が、追いつけると思う?私そこまで足は速くないんだ。狼男なら、狼にならずとも追い付けると思うよ。

 お兄様だしね。


「今すぐお父様のところへ行き、思いをすべてぶちまけます」


 私の言葉に、お兄様が絶句する。

 最低。こんな私のお父様嫌だ。お父様?何それ。


 お兄様の方が、大事だっつーの。


「どうします?」

「……ミルヴィア、落ち着いて。いくらミルヴィアでも、生まれた恩があるだろう?」

「お兄様には名前を付けて頂いた恩があります」

「そうじゃない。父さんが怒って魔法をばら撒いたりしたら屋敷中が氷漬けになるぞ」

「何ですか、それ?」


 はっきり言って、狐ちゃんよりも強いとは思えませんね。

 何より、私今、怒ってるんですよ。屋敷中が氷漬けになるほどの強い魔法をあの人が使うって言うんなら、こっちはその氷さえも溶かして跡形も残らないように、あの人の部屋を焼きましょう。


「どうしますか」

「……分かった、仕事は止める」

「なら、その腕輪を返してください。使えたものじゃないでしょう」

「っ、だめだ」


 なんでですか?


「使わないなら、返してください。直したいんですよ。それでもユアンのプレゼントですから」

「……いや、もう少しだけ貸してくれ」

「嫌です」


 私は掴みかかるような真似こそしなかったものの、魔力開放もしないけれど、完全に怒っている口調だったかなあと自分でも思う。


「仕事、しないんでしょう?寝るんでしょう?だったら、邪魔だと思います」

「外した時の反動が心配だから」

「危ない薬じゃないんですからそんなものありません。さあ、返してください」


 返さないんですね?

 私は一気に、扉を開けて走り出した。お兄様が椅子から立ち上がる音が聞こえたけど、振り向かない。

 

 やばい。これは本当にだめだ。

 エリアスを呼ばないと。あの人を怒る前に、エリアスを呼ばないと、だめだ。けど、もうとっくに営業時間外だし、エリアスの家なんて全然知らない。

 どうしよう。どうすればいいの。あのままじゃお兄様、過労死するよ。一体何日寝ないで何日ご飯食べてないの?


 あー、涙が出そう。


「……お姉ちゃん?」

「おっ、と」


 自分の部屋の前を通ろうとした時、男の子が廊下に座っていた。

 なんでそんなところに居るのかなあ。

 私は笑顔で、男の子の前にしゃがんだ。


「寝ないとだめだろう?倒れてしまうぞ」

「……お姉ちゃん、なんでそんなに、悲しいの?」


 私の体がビクッと震えた。

 率直だなあ。やっぱり、分かっちゃうか。こんなんユアンには見せられないよ。


「なんでもないぞ。ちょっと、色々あっただけだ。さあ、寝ておいで」

「嫌だ。ぼく、お姉ちゃんが話してくれないなら、ずっと寝ないよ」


 可愛いなあ。けど、話せないよ。

 私は男の子の頭を撫でると、立ち上がらせて部屋のドアを開けた。


「寝ておいで」

「……お姉ちゃんに、お兄ちゃんが居るって本当?」

「え?あ、ああ、居るぞ」

「その人が、お姉ちゃんを泣かせてるの?」


 うおっ、ニアピン。

 私は苦笑して、頭を振った。男の子は私の目を真っ直ぐ見つめたまま、目を瞬く。


「じゃあ、どうして?」

「お兄様が仕事で疲れていてね、ちょっと悲しかっただけだ。今から、お父様のところで行くところだよ」

「……お兄ちゃんが仕事で疲れてて、なのにお父様のところに行くの?」

「そうだよ」

「じゃあ、お姉ちゃんのお父さんが、泣かせてるんだ」


 男の子は急に目を細めた。魔力の渦が、部屋の中に充満する。

 っ、え、なにこれ。


「お姉ちゃんを泣かせるの、だめだよ。ぼくが許さないよ」

「いや、今から行くだけだ。大丈夫だ」

「ぼくも行く。じゃないと呪うよ」


 私は男の子の頭を撫でた。

 お兄様の気持ち、わかった気がするなあ。

 私は行くの、止めないけど。この子に無様な姿は晒せない。私はにっこり笑って、男の子をベッドに連れて行った。


「私はもう寝るよ。あと、そんなんでも私のお父様だ。呪われたら悲しいから、止めてあげてくれ」

「……でも、お姉ちゃん、泣いてるよ」

「泣いてないさ。さあ、お休み」

 

 呪いはちょっと厄介で困る。レーヴィに言って、見てもらっておこう。


「君の気持ちはすごく嬉しい。けど、これは自分でやりたい」

「お姉ちゃんが?」

「ああ。私な、今、悲しいより怒っているんだ」

「……」

「だから、お父様を自分で怒る」

「……分かった、待ってるね」

「ありがとう」


 物分かりのいい子で、お姉ちゃん嬉しいよ。


 さてと。


 お兄様をあんなにさせた罪、どうやって償ってもらおうか?

閲覧ありがとうございます。

詳しく言うと、お兄様は一週間半ほど寝ていなくて、朝パンを食べているのは本当です。食パン一枚くらいですかね。

次回、ミルヴィアがお父様のところへ乗り込みます。男の子、何もしないんでしょうか。

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