126 ラアナフォーリの男の子
この子を招き入れるにあたり、一番の懸念すべきところはお兄様じゃなかった。
呪いの部族は、蜘蛛の眷属だ。そう、あの蜘蛛の。怒るかもしれないし、面白がるかもしれない。高確率で後者だけど。からかわれそう。
けど、魔王として、どんな種族だろうとお腹空いてる子供を見逃すわけにはいかない。こーゆー時、魔王の意識って邪魔だわー。
男の子は歩いている間、私の手を離さなかった。というか、こんなに異様な男の子が居るのに周りの人全然気づいてないんだけど。
そんなもんかな。
「……お姉ちゃん、ぼくの事怖くないの?」
「うん?怖くないぞ。私なら呪いだって撥ね返す自信があるからな」
「すごいね。ぼくを見たら、みんな逃げるのに」
「私は逃げないから、安心していいぞ」
男の子はこちらを見て、すぐに目を逸らした。
うーん、こういう子供って扱いづらい。まあ、とりあえず家に連れてって、三百四号室でお茶でも出すか。
屋敷に着くと、レーヴィが庭に居た。避けつつ三百四号室へ。多分こっちに気が付いてたと思うけど、見て見ぬふりをしてくれた。さっすが、大人!
男の子の向かいに座ると、私はにっこりとほほ笑んだ。あ、楽な格好に着替えたいけど……いいや。ここまで来ておいて着替えに戻るとか面倒くさい。
「お姉ちゃん、ご飯、欲しいな」
「あ、ああ。えーっと、どうすればいいんだ?」
「そこに居てくれれば、だいじょうぶ」
「……?」
私は力を抜いて椅子に座った。すると、突然の違和感。男の子の頭に白いウサ耳が生えたのもびっくりしたけど、何よりも血が抜かれているような感じがあった。
それに次ぐ脱力感。感情がコロコロ変わりそうになる。あー、こりゃ普通の人は無理だ。泣いたり笑ったり怒ったりを繰り返しそうだもん。私はどうにか固定できてるけどさ。
男の子は指先に集めた何かを口に運ぶと、ゆっくりと味わっていた。私は感情の固定を外す。……なんて表現だろう。
男の子はこくり、と飲み込んだ。その後私を見た男の子の眼には、どことなく精気が宿っていたような気がする。
「お姉ちゃん、すっごく美味しかった。やっぱり、お姉ちゃん、すごいんだね」
「そうか。美味しかったなら私も嬉しい。それで、お話をしてもいいかな?」
「うん、いいよ。でも、その前にお姉ちゃんのとなり座ってもいいかな」
「え、ああ、いいぞ?」
男の子はてとてと歩いてくると、私の真横に座った。そのまま私の手を握る。
ははは……。子供は苦手だけど、うん、段々好きになって来た気がする。何故だろう、私が子供だからかな?
「呪いから生まれて、今までどうやって生きて来たんだ?」
「言いたくない」
「名前はあるのか?」
「ないよ」
「どうしてあの森に居たんだ?」
「どうしてかな」
「……」
あ、扱いづらい……。
あの森で生まれたんだろうし、生きてきたのは周りに居る人の感情を少しずつ食べて生きて来たんだろうし。
ラアナフォーリ自体、繁栄する種族って感じでもないし、深入りしなくてもいいかなあ。
「お姉ちゃん、誰も、呪ってほしくないの?」
「ん?ああ」
「じゃあ、呪われた事があるの?」
「いや、ないな」
「じゃあ、どうして、ぼくが見えるの?」
……は?
私は呆気にとられてユアンを見た。だってユアンは見えて……って、ユアンは呪われた事があるんだったっけ。
そのユアンは男の子をじいっと見てるし。やばいな、ユアンの周りにユアンが好きな人が一人もいないって言う。
まあいいや、私がカバーしよう。
いや、そうじゃなくって。
「本当は見えない、と?」
「うん……感情、ある?」
「あるぞ。それはちょっと失礼だ」
「ごめんなさい」
男の子は素直に謝った。よしよし、謝ってくれるならいい子だね。
私は笑うと、詳しく聞こうと男の子の方を向いた。
「ぼくはね、感情の揺さぶりが激しいか、一つに固定されている人にしか、見えないんだよ」
「つまり?」
「呪われちゃったら、すごく怖くて感情が揺れるんだ。呪いたい人がいて、呪う前だったら、それしか考えられなくて固定されるんだ」
「……なるほど。だから、私には見えないはずなのか」
「でもお姉ちゃんしずかだし、見えてもおかしくないかもしれないよ」
「そうか?本当はそうでもないんだけどな……」
「お姉ちゃん、貴族の人なんだね。すごく大きい家だね」
おっと話が飛んだ。
いや、まあ子供っぽいっちゃ子供っぽいんだけど、脈絡のないトコは。けど、もうちょっと聞きたかったなー。
「貴族と言えば貴族だが、もっと上だよ」
「……貴族の人より上の人は、居ないよ」
「ユアン、言っても問題ない?」
「大丈夫でしょう。どうせ誰にも見えないようですしね」
「そう?」
男の子の方を向いて、私は、と言う。
男の子は無機質な目でこちらを観て、目を瞬いた。
「王様だ。魔王。話くらいは、聞いた事があるだろう?」
「……魔王様。あ、そっか。だから、見えるんだ……」
男の子はそれほど驚いた様子もなく、頷いた。っと、そこまで冷静?
なんかちょっと悔しいんですけど……悔しがるところじゃなくても悔しいんですけど。
私は苦笑すると、時計を見る。まだ時間はあるけど、この子どうしよう。
「どこか行きたいところがある?」
「ぼく、お姉ちゃんの隣に居たいな」
「……」
か、可愛い。
けどなあ、どうしよう。この子、私の周りに居る人には見えないだろうし……見えない?
えー、ホントに見えないのかなあ。
皆ちゃっかり見えてる気がする。感情とかそーゆーの全部すっ飛ばして見える気がする。エリアスが見えないの想像できないもん。
狐ちゃんは見えないかなー。呪いたい相手居ないだろうし(私とは仲良くなったし)。
えー?どうしよ。
「お姉ちゃんが困るなら、ぼく、外に居てもいいよ」
「え?いや、ああ、大丈夫だ。けど部屋は、一緒と言うわけにはいかないなあ」
夢魔が居るから。
そうだなあ、隣の部屋でもいいかな?この子小さいけど、一人で寝れるのだろうか。
「寝られるよ。朝、お姉ちゃんのお部屋に行くね」
「お?お、うん」
起こしに来たユアンが見るは子供三人がきゃっきゃと遊んでいる画。
……なんだ私達は姉弟か何かか?
でもずっと一緒に居るだけだと退屈だよなあ。何か遊べるもの渡してあげなきゃ。
「何が好きだ?何で遊びたい?」
「積木とか、好きだよ。四角と、三角が好き」
「……へえ」
大した意味はないんかな。
今度買って来てあげよう。あーっ!でもお金がない!家に在るかなあ。お兄様に聞いてみよう。
何て言う名目で聞こうかなあ。
『レーヴィが遊びたがってる』か『遊んでみたい』か。
後者だね。レーヴィは絶対積木で遊ぶタイプじゃない。そんなに大人しい子じゃないよね、あの子は。
「お姉ちゃん、これから何するの?」
「本でも読もうかと思っている。何か貸してあげよう、本は好きか?」
「……うん、好き。字は読めるよ」
「お、すごいな。じゃあ、簡単なのを貸してあげるから読んでいてくれ」
「ありがとう」
男の子は私が渡した簡単な本(絵本的なもの)を受け取ると、一ページ一ページ、じいっと見ながら読んで行った。
楽しそうで何より。
私は操作魔法の本を取ると、読み始めた。
男の子は私を見て、もう少し側に寄って来た。
閲覧ありがとうございます。
男の子の呼び名は後々決める予定です。まだ決めてないとかではありません。断じて。
次回、お兄様とお話します。